第二百二十三話 夜天の襲撃
俺が地面に着地するのとほぼ同時で、ミカゲが迫っていた襲撃者の一人を斬り捨てていた。案の定、外にも人が配置されていた様だ。
『相棒!』
グラムの叫びと意図を反射的に読み取り、ミカゲに駆け寄り傍の虚空に向けて槍を旋回させる。ギンっと硬質な音と反動が響く。具体的には分からなかったが、ミカゲを狙った何かがどこからか飛来してきたのだけは分かった。
「余計だったか?」
「いえ、助かりました」
俺の槍もより早くに、ミカゲは既に物体が飛んできた方に目を向けていた。手を出さなくても彼女なら対処できていたかもしれないな。
ただ、こうも暗いと次は防ぎきれる保証はない。
「照らします! 光源!」
杖を掲げて頭上に光を解き放つアイナ。以前にも使った灯りの魔法だ。闇夜に包まれていた辺り一面に光が差す。
「っ、そこっ!」
照らし出された中、付近に建つ民家の屋根を鋭く見据えると、キュネイが投擲ナイフを放った。屋根の縁には弓矢を構えていた外套姿があり、その肩に刃が突き刺さる。
傷は浅かったのかすぐにナイフを抜き取るが、程なくして体の動きがぎこちなくなる。
「麻痺薬を塗り込んだナイフよ。死にはしないけどしばらくは動けないわ」
ついには屋根から転落してしまった。屋根の高さはそれほどではないが、衝撃で骨の数本はは折れたに違いない。
「うわっ、痛そ」
「致死性の毒でないだけマシよ。ユキナくんだって、ちょっと手心加えてるでしょう」
「分かってたのか」
もっとも俺の場合、黒槍を投げる前にグラムに指示されてなかったら、そのまま穂先で襲撃者の顔面を貫いてた。こういう時の頼れる制止役だ。
『思い切りが良すぎるのも考えもんだけどな!』
王都が襲撃された時は本当に一刻の猶予も無い事態であり『敵』から事情を聞き出す余地は皆無であった。だが今回は、俺たちが襲われた理由を探る必要がある。襲ってくる奴らの何人かは話を聞ける状態にしておかなければならない。
「……ですが、ここから先は難しいでしょうね」
ミカゲが剣を構えながら冷たく言い放つ。理由はわかっている。
外の騒ぎに気がついたようで、診療所の内部に押し入った奴らも他の場所で待ち受けていたのも含めて、周囲に集まってきていた。明かりに照らされているだけでもざっと二十人近くは現れている。下手するともっといるかもしれない。
「あらあら、ここはいつから貧民街の紛争地帯になったのかしらね」
「えっと……ブレスティアの治安はそこまでひどく無いはずですけど」
「ものの例えよ。本気にしないで」
アイナとキュネイが、意外と余裕のあるやり取りをしている。元王族と元娼婦が随分と場慣れしたものだ。
心強さを背に受けつつ、俺とミカゲは各々の得物を構えながら襲撃者たちの動向を伺う。今はこちらを警戒しているのか動きはないが、ふとしたきっかけでいつ攻撃は始まってもおかしくはない。
「単なる強盗ってわけじゃぁ無さそうだ」
「おそらくですが、訓練を受けている者の動きです」
「本職に命を狙われる理由なんぞ思いつかないんだが?」
「奇遇ですね。私もですよ」
これがなんら障害物のない大平原であれば、周囲の被害は気にせずに攻撃ができる。重量増加やアイナの範囲魔法を使えば一網打尽も望める。
しかし──。
『気配的にミカゲと正面から一対一なら余裕だろうが、こうも数に差があるとな。しかも周りは民家だから派手な攻撃はできねぇし』
人が住む街中であれば威力のある攻撃を使えば確実に被害が出る。だが一方で、相手にはその縛りがないと見ていいだろう。状況的にこちらが不利であるのは否めない。
『これだったら、野生の森でやり合った方がまだマシだな』
内心ではグラムに同意しつつも、この状況でとやかく口を重ねた所で意味がない。今はこの場をどうにか乗り切りきるのが先決だ。
しかし本当にこいつらは何者だ? さっきも口にしたがまるで心当たりがない。
『おいおい、とてつもなくでけぇ心当たりがあるじゃねぇかよ』
グラムの思わせぶりな台詞に片眉が吊り上がる。
詳しく問いただそうとする前に、襲撃者たちの放つ殺気が膨れ上がった。些細な切っ掛けで破裂するほどの緊迫感が肌を突き刺す。今は問答に気を回している余裕ではない。
「私が斬り込みます。皆さんは後衛を──ッ」
ミカゲが低く身構え敵陣に向けて駆け出そうとするが、
「そこまでだっ!」
彼女が飛び出そうと言う寸前で、聞き覚えのある声が夜天に響く。
俺たちは──そして襲撃者も含めて、反射的に声がした方に目を向ける。
「貴様らが求めているエガワ・ロウザの首級はここにあるぞ!」
蒼の錫杖を携え、ゲツヤと配下たちを引き連れた狼の男が威風堂々と姿を晒したのだ。




