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第二百二十二話 夜中に押しかけてくるファンは誰だって嫌である


「婚約の話がまだ継続しているにしても、エガワとシラハの両家にとっては優先順位はかなり低い。あるいは、このまま消滅しても構わない程度の話だったのではないでしょうか」

「言われてみればそうよねぇ。お家間──貴族同士の婚姻って、当人だけの意思に関わらない重要な繋がりだけど、だったらどうして今まで放置してたのかしら」


 本当に大事であったら、ミカゲが飛び出した時点ですぐに人を差し向けてたいたはずだ。なのに三年間も放置し、ようやくロウザが足を運んできたのだ。確かに違和感がつきまとう。


「……もしかしたら、婚約云々の話は単なる口実ってことか?」

「可能性はあります。私たちに対してか、あるいはそれ以外に向けてか。ミカゲさん、どうでしょうか?」


 アイナから言葉を投げかけられるも、ミカゲは申し訳なさそうに首を横に振った。


「残念ですが、私にも計りかねます。ただ少なくとも、私を連れ戻しにきたという一点についてだけは確かなはずです。戯言は口にされても嘘は滅多に吐かない方です」

 いよいよロウザ達から話を聞く必要が出てきたという所で、今日はお開きになった。結論を出すにはやはり要素が足りない。この辺りを明確にしなければ、ロウザ達を説き伏せるのも無理であろう。



 ──ただ、状況は俺たちが思っている以上に早急に動き出すこととなった。


『相棒、起きてくれ』


 少なかった街の灯りも更に消える夜半。


 グラムの念話チャンネルが脳裏に響いた俺は、眠気まなこを擦りながらベッドから身を起こした。欠伸を噛み殺しながら、壁に立てかけてあるグラムを睨む。


「なんだよグラム。別に目覚ましは頼んじゃいねぇぞ。──って、外真っ暗じゃねぇか」

『文句はあとでだ。それよりもちょいと妙な気配がある』

「……おいおい、勘弁してくれよ」


 頭の中に届く声に冗談の色はなかった。これが安眠妨害の類で無いと察した俺は、急ぎ身繕いすると黒槍を手に取る。


『話が早くて助かるぜ』 

「それなりの付き合いだからな。本気(マジ)なのは十分伝わってるさ」


 腰に鉈を差し、お守りの短剣も帯びた所で、部屋の扉が開かれた。


「夜分に失礼します」 


 姿を現したのはミカゲ。寝巻きではなく剣を帯びた戦闘体勢。扉の先には、キュネイとアイナの姿があり、こちらも外に出る時の格好になっている。


「さすがユキナ様。既に気がついておられましたか」 


 俺の格好を見て称賛を口にするミカゲであったが、表情は真剣身を帯びていた。


「妙な胸騒ぎってやつだ。具体的にはまだなんもわかってねぇ」

「それで十分以上です。……先ほどからずっと、診療所の周りからよからぬ空気が漂ってきています」


 どうやら、グラムと同じものを彼女も勘づいていた様だ。俺だけではなく先にアイナやキュネイを起こしていたことから、深刻さの具合が伺える。


「アイナちゃん、分かるかしら?」

「いえ、私にもなんとも。ただ、お二人が言うのであれば、きっとその通りなのでしょう」


 キュネイもアイナも眠そうではあるが、我慢してもらうしか無い。ただ、俺たちの様子からただならぬ状況であるのは理解しているようだ。こう言う時の信頼感は本当にありがたかった。


 最初は俺もよく分かっていなかったが、徐々に肌に粘りつく不快感が増していくのが分かった。先日にも似た様な感覚を味わっている。森の中で、身を潜めたロウザ達とその一向に囲まれた時だ。


『どんどん気配が強まってやがる。こりゃぁばっちり囲まれてる』


 どこの誰さんだよ。


『顔見知りの類じゃねぇのは確実だ。少なくとも相棒たちのファンって線は皆無だろうよ』


 夜中に無言で家を囲むような輩がファンであってたまるか。断固としてお断りする。


 不意に、ミカゲが鞘を掴み、柄に手を乗せた。


「──来ますっ」


 短くも鋭い発声の直後、診療所の入り口がある方向から、荒々しく扉が開かれる音が響く。同時に他にも何かしらが破砕される音が聞こえてくる。おそらくは窓の類が力づくで破られたのだろう。


 そして当然の様に、俺の部屋の窓だって当然破壊される。


 部屋に飛び込んできたのは、どこか既視感のある外套を纏った正体不明の何某。


 望まぬ来訪者はこちらの姿を確認するなり、無言で剣を抜き放ち──。


「おらぁぁぁっっっ!!」


 正体不明の何某──襲撃者が駆け出すよりも早くに、俺が投擲した黒槍の石突が顔面にめり込んだ。少しばかり重量増加エンチャントを施したそれは、鈍器で力任せに殴られたに等しい威力だ。鼻骨を砕かれ血を吹き出しながら襲撃者は仰向けに倒れる。


「お見事」

「相変わらず容赦ないわね、ユキナくん」


 最初はミカゲ。次にキュネイが声を発した。


「穂先を向けなかっただけマシだと思って欲しいね」


 明らかにこちらを害するつもりであったのだ、恨み言は無しだ。念の為に、意識を失った襲撃者の足も踏みつけで折っておく。アイナが「うわっ」と顔を引き攣らせるが、この辺りもご容赦願いたい。


 診療所内が急に慌ただしくなる。今倒した襲撃者の他にも、誰かしらが雪崩れ込んできているのが響いてくる複数の足跡からよく分かった。


氷結の壁(アイスウォール)!」


 アイナが唱えた魔法によって部屋の扉が凍りつくと、彼女は俺たちを見渡す。


「これで少しは時間が稼げます。ただ、迎え撃つには診療所は流石に狭すぎますし、建物自体の被害も増えてしまいます。まずはここから脱出しましょう」


 提案に皆が頷くと、ミカゲが一足先に駆け出した。


「先行は私が。脱出路を確保します」


 剣を抜き放ちながら窓枠に乗ると、一息に外へと飛び出す。直後に、凍りついた扉が外側から叩かれる。どうにか破壊しようと何かしらをぶつけているのだろう。


「短時間での強度を優先しましたので、すぐには破られませんが長くは持ちません! 急いでください!」

「ああもうっ! 人の家だからって好き勝手しちゃって!」


 診療所のあちこちから聞こえてくる破壊の音を尻目に、アイナに促されてたキュネイは文句を発しながら窓から外に出る。彼女が完全に外に降りたのを確認してから、アイナが後に続く。俺は殿(しんがり)を務め、建物内からの追撃に備える。


「ユキナさん」


 アイナの声に従い、手元にグラムを引き寄せながら俺も窓から一気に外へ飛び出した。 


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