第二百二十一話 詳しく話を聞きたいようだが
ロウザを賭場に連れて行ってから幾日かが経過した。
その間にもロウザの王都観光は続いており、当人はいたく堪能している様子であった。俺としても、特に目立った問題が起こっていない事は嬉しい限りだ。
ただ一方で、全く見通しの立たない懸念に頭を悩ませていた。
「やっぱりこのままなぁなぁで済ませるのは難しいよなぁ」
本日の観光案内を終えて診療所に戻った俺は、テーブル席の背もたれに寄り掛かりながらボヤいた。
「有耶無耶で済ませられる話なら、そもそもアークスまで来てないでしょうに」
「私のせいでご迷惑をおかけします」
キュネイからの呆れが混じった言葉を受けるも、俺よりも先にミカゲが頭を下げながら返答していた。銀髪の旋毛を目にして、キュネイが慌てる。
「って、ミカゲのせいじゃない──とは言い切れないのが難しいわね。責めてるわけじゃないのは分かってちょうだい」
「お気遣い感謝します」
珍しくアワアワするキュネイと、どこまでも申し訳なさそうに肩を落とすミカゲ。ロウザがきてから何度も繰り返された光景に、俺とアイナは揃って小さなため息を漏らしてしまう。
懸念というのはいうまでもなく、ロウザ一行が王都観光にやってきた目的。
既に、ミカゲがゲツヤより伝えられた話。そして俺がロウザから告げられた内容も含めて全員で擦り合わせはしている。彼らがミカゲをサンモトに連れ戻す為にアークスにやってきたというのは間違いない。
考えるまでもなく、ロウザ達にはミカゲを諦めてもらい、サンモトに帰国してもらう必要があるのだが。ここ数日間でどうにも進捗がなかった。
「そもそも話を切り出すタイミングがねぇんだよ」
「兄とも、あれ以降はほとんど会話ができていません。人の多い外を出歩く場合は、警戒を務めるので会話する余地が失われるのですが」
「多く聞き出す好機ってのが、賭場に行った日が最後だったってことか」
ロウザのやつ、あんな話をした後だってのに、今日も存分に観光を楽しんでやがったからな。ミカゲからも話を聞いていなかったら、もしかしたら俺の聞き間違いじゃないかと勘違いするくらいに、ちっとも話題に出てこないのだ。酒飲み話の様な軽いノリで切り出されてもそれはそれで困るが。
「いっそうのこと、また賭場に連れてって、口を軽くさせるか?」
先日に足を運んだ場所以外にも、王都には賭場があるのはキュネイから聞いている。その辺りから良い感じに流れを持っていけば改めて話ができるかもしれない。
「それはちょっと難しいわね」
キュネイは悩まし気に額に手を当てる。
「あの人たち、昼間の観光が終わってユキナ君たちと別れてから毎晩、王都各所にある賭場を渡り歩いてるらしいわ」
「なにをやってんだあいつら!?」
「本当にねぇ」
困ったふうに肩をすくめるキュネイ。いよいよ俺たちが護衛として雇われてる建前が脆く崩れ去ってしまった。
「でね、なんとなく予想はついてるでしょうけど、やっぱりどこの賭場でも大勝しちゃってるのよ。おかげで横の繋がりで、すっかりロウザくんの顔も知れ渡っちゃって。そろそろ彼、いろんな店から出禁にされるかもしれないわ」
賭場の儲けは胴元の手数料。つまりは客が遊べばそれだけ賭場に金が流れていくが、中には店側と客が戦う形になる遊戯もある。前者はともかく、後者で客が大勝ちすれば当然、賭場の収益は減る。理屈ではわかるのだが、
「どれだけ勝ちに勝てば出禁くらうまでになるんだよ」
「ロウザ様、サンモトでは悪質な賭場を破産に追い込むまで勝ち続けたこともありますから。最後は逆上した胴元の極道が刃を抜いたのでこちらも応戦し、結局は大立ち回りでカタをつけましたが。──あれはなかなかに骨が折れました」
「ちょっと気になってくるだろうがその話。詳しく聞かせてくれ」
「ユキナ君、論点がズレてるから……」
ミカゲの語った内容に興味を唆られて身を乗り出したが、キュネイに嗜められる。
話を戻せば、つまりは賭場を話し合いの切っ掛けとしては使えないという事だ。
「……まさか、それを見越して賭場を荒らし回ってたりは?」
「していない──とは断言できませんが、なんとも……。サンモトにいた頃でも、あの方の考えるところを読み取るのは困難でしたから。おそらくは、今現在もそばにいる兄者であっても同じです」
気まぐれなのかあるいは算段があるのか。こうなってくると、話に聞くちゃらんぽらんな行動は、策を巡らせた時に悟られない為の陽動に思えてくる。
『その辺りは一度考え出すとキリがないからやめときな。俺的には、陽動とただの愉快が半々ってところだな』
どちらにせよ考えるだけ無駄というわけだ。
ところで、先ほどからアイナがずっと黙り込んでいるのに気がついた。
見やれば、目を瞑り顎に手を当てている。
彼女がこうした素振りをする時は、決まって事態の核心に近づいている。ミカゲもキュネイも気がついた様で、アイナが口を開くまで黙して見守る。
しばらくそうしていると、やがてアイナは目を開いた。
「……ロウザさんはどうして今になってミカゲさんを連れ戻しにきたのでしょうか」
「そりゃぁミカゲが婚約者だからだろうさ。お家同士の話らしいし」
「だとしても、やはり腑に落ちません」
アイナがミカゲに目を向ける。
「故郷を飛び出したのは三年前でしたよね、ミカゲ」
「ええそうです。海を渡った先の港町で傭兵となり、路銀を稼ぎながら王都に来たのが二年前です」
「なるほど……であればなおのこと。どうして『今』なのでしょうか。ミカゲさんが故郷を出てから既に三年の時間が経過してるんです。その間にサンモトからの追手があったという話はミカゲさんの口からは聞いていません。あれば絶対に話していたはずです」
「それは──っ、確かに」
アイナに指摘されて、ミカゲがハッとなる。少なくとも彼女の記憶にある限り、この三年間でサンモトからの接触はなかったといことの証左だ。




