第二百十八話 案外分かりやすいらしい
ロウザはゲームを終えるまでに、俺が先日の依頼で得た報酬以上の勝ちを得ていた。たった一晩の、わずかな間で稼ぐにはあまりにも破格な金額だ。
「わっはっは! いやぁ勝った勝った。今日は近頃でも珍しいくらいに大勝ちしたわい!」
店内酒場のカウンター席に座るロウザは、酒を煽りながら上機嫌に大笑いをしていた。
「そりゃぁようございましたね」
俺はといえば、直々の指名でロウザの隣に座り、彼と同じ酒をチビチビと飲んでいる。普段足を運んでいる酒場では滅多にお目にかかれない高い酒だが、ロウザの奢りということでご相伴に預かっている。正直にいうと、ものすごく美味い。
「これこれ、黒刃の。酒が進んでおらんぞい。もうちょいと盛り上げんか。依頼主を気持ちよく持ち上げるのも護衛の役目だろうに」
「それ護衛の役目じゃねぇからな絶対に。飲むけどさ」
すでに気分を良くしているロウザにバシバシと肩を叩かれて、俺はグラスを傾ける。このノリはどことなく、ジンギンファミリーのニキョウを思い出す。建前は仕事中なので、飲むペースは控えめだ。ここで酔い潰れでもしたら、ロウザはともかくゲツヤが怖い。
この際だ。俺は気になっていたことを口にした。
「いいのかね。一国の王子様が博打好きってのは」
「心配には及ばんよ。興じるのは趣味の範囲内。儂が手前で稼いだ金に限っている。その辺りは流石に弁えているとも。その稼いだ金も、博打で得たものだがな」
「どれだけ強いんだよお前」
俺もロウザが勝負をしている場面を見させてもらった。絵札遊びは軽く遊んだ程度の経験しかなかったが、そんな俺でも分かるくらいにロウザは強かった。
他の客が強い役を作った時はかなりの確率で勝負を降りていたし、逆に弱い役であろうとも時には強気に出て、相手が降りるように仕向けたりもしていた。特に上手いと思ったのは、この『駆け引き』の部分だ。
「こいつは持論だが、博打のコツはいかにデカく勝って、上手く負けるかだ。チャンスを逃さず、引き際を誤らなければ派手に損はせんよ」
「そいつは本当に達者の奴だけが口にできる台詞だと思うぞ」
ただ、今の言葉はストンと妙に腑に落ちる。流れが悪い時に下手に足掻くよりかは、スパッと諦めて次の機会を狙うというのは理に叶っていた。
ロウザは新しく酒を頼み、一口含んでからまた語り出す。
「儂はこう見えて、帰来の怠け者でなぁ。汗水垂らして働くのはどうにも性に合わん。そういうのは他のものに任せるに限る」
「次期国王様とは思えねぇ発言だな」
「何も先頭に立つばかりが王ではない。仕事なぞできるやつに任せれば良いのだ。これもまた、王に求められる度量よ。命じた者が、命ぜられた者の成す結果に責任を取れば良いのだ」
そういう考えたかもあるのか。ちょっとだけ目から鱗が剥がれ落ちるる気分だ。
「欲を言わせて貰えば、次期王座というのも返上したいところだ。金を払うから誰かが変わってくれないかと考えている。可能であれば、儂は好きに飲んで食って暮らしたい」
「ちょっと名言っぽい台詞をすぐに台無しにしないでくれねぇか。俺の感心を返せよ。駄目人間の思考だぞ、そいつは」
「その通り。将軍家の人間に生まれていなければ、とうの昔にどこぞの路地裏で無様に野垂れ死んでおったろうよ」
笑いながらいう台詞じゃぁないだろう。
「面倒くさがり屋だからな、儂は。だから博打は良い。生きるも死ぬもサッと終わる。お前らに払ったあれこれも、今夜で十分に回収できた」
「……まさか、最初からその為だったのか?」
「純粋な好奇心と半々だ」
転んでもタダでは起きないというか、抜け目がないというか。油断してると、時折に出てくる鋭い発言がより強く響く。
「王都の賭場に興味はあったし、現地に詳しい人間がいるのであればちょうど良かった。ここまで質の良い場に案内されたのだけは予想外だったがな」
俺たちが酒場で盛り上がっている最中、キュネイは「私もちょっと遊んでくるわ」とどこかのテーブルに行ってしまった。彼女なりに気を使ってくれたのだろう。
「元とはいえ裏の人間を相手に堂々とした立ち回り。加えてあの美貌と器量の良さ。医者としての腕も達者なのであろう?」
「キュネイがいなきゃ、俺は二度三度は死んでるよ」
本命の護衛役はここから少し離れた位置で待機をしている。空気を読んでというよりは、酒の入ったロウザに絡まれたくないからかもしれない。
少し問題なのは、ゲツヤのそばにミカゲがいる事だ。彼女も護衛として遠目から俺たちを守る役に徹したようだが、あえてゲツヤの近くにいなくてもいいだろうに。何かあった時の意思疎通を考えれば間違ってもいないのだろう。
「ゲツヤとミカゲが気掛かりか?」
「……まぁな。俺はミカゲのことはよく知ってるつもりだが、兄についてはミカゲから聞いた限りだ」
「無理もないか。あやつらは互いに、頭にクソがつくほど真面目な上に口下手。加えて今は儂の護衛という仕事の最中だ。穏やかな談笑とはいかんだろうよ」
否定を口にしつつも、ロウザはどことなく楽しげだ。賭場を訪れてからずっとこの調子だが、酒が入ってさらに一段階上がっているらしい。
「互いに積もる話もあるだろうし、儂が王都にいる間に、機会を設けたいとは考えている」
「案外、部下思いだな」
「上に立つものは、下の者を労い感謝する義務がある。それ以前に、あの二人はお目付役であると同時に、もっとも気の置けない友でもあるからな」
「しかしミカゲのやつ。儂には相変わらず辛辣だが、お前への懐きぶりには驚かされた。人とはああも変わるものだとはな」
意外な発言に、俺の眉尻が少し上がる。その反応を見たロウザが杯を揺らしながら言った。
「当人は隠していたようだが、儂らのような獣人種は感情が表に出やすい。あやつはその中でも特に分かりやすいからなぁ」
と、ロウザは自身の狼耳を指差した。言うとおり、ミカゲは感情の起伏が狐耳や尻尾に出やすい。気を許した相手には特にその傾向が顕著だ。
「あまり人付き合いが得意では無いからな。ミカゲが故郷を遠く離れた地でも、心を許せる者が出来たことは昔馴染みとして嬉しい限りだ」
そう呟くロウザは、出会ってから見たことのないタイプの穏やかな笑みを浮かべていた。




