第二百十四話 伸び伸びしているらしい
ひょんなことからロウザの身辺警護──という名の王都観光案内を請け負うことになったわけであるが、雇い主が一番最初に求めた行き先は意外な場所であった。
「ほほぅ。ここがお前らの居候先か」
「おたくが泊まってる宿に比べりゃ質素だろうが」
「その辺りに文句を垂れるほど狭量ではないつもりだ。案内を頼んだのはこちらであるしな」
手始めにとばかりにロウザが申し出たのは、俺たちの住居──つまりはキュネイの診療所であった。興味本位もあるのだろうが、しばらく世話になる以上は念の為、居場所を把握しておきたいとのこと。
ロウザ側の希望ではあったが、ある点においては俺にとっても好都合でもあった。
「ただいま」
「おかえりなさいユキナさん」
扉を開いて最初に出迎えてくれたのはアイナであった。今は診療所の手伝いをしている時間帯のようだ。
「って、ミカゲさん? お仕事の方は。それに──」
予定ではまだ王都に戻ってきていないはずのミカゲ。加えて、後ろに続くのはロウザとゲツヤ。事情はまだ把握できずとも、何かあったことだけは察してくれたようだ。特に慌てることもなく、頷きの一つで対応してくれた。
「後で詳しく話す。それよりもキュネイは?」
「キュネイさんなら奥の診察室にいますよ。先ほどまで患者さんを診てましたけど、今なら空いているはずです」
「りょーかい」
軽い手振りを交えて礼を述べて、奥の診療所へと進む。
「……初めて会った時から気にはなっていたが、あのお嬢さんはもしかしてお前の恋人に相違ないのか?」
「相違ないな」
ロウザの問いかけに、俺は恥ずかしさを頭を掻いて誤魔化しながら肯定した。今だに、この手の質問を受け答えする時は照れてしまう。
「ほほぅ……やるな黒刃。新気鋭の傭兵とは聞いておったが、あれほどの器量持ちと恋仲とは。羨ましい」
いたく感心しているロウザであったが、ここで困ったことに気がついてしまう。
『ミカゲが相棒に忠誠を誓ってるのは周知の事実だが、ここに恋人関係が追加されたとあっちゃぁ反応がちと怖いな。──特に後ろにいる狐のお兄さんが』
このまま続けてミカゲについて聞かれたらどうしようか。答え方を間違えたら、診療所で流血沙汰が勃発しないだろうか。
「補足しておきますと、これから会うキュネイ──先生も、ユキナ様と恋仲でありますゆえ、気軽に口説かれぬようにお願いします」
「なんと!?」
先手を打ってミカゲが上手い具合に補足を挟み込んだ。ロウザが驚いたおかげで、質問を入れる時間がなくなった。
診察室の前まで来ると扉をノック。勝手知ったるものではあったが、念の為に。
『はぁい、ちょっと待ってて下さいねぇ』
やはりノックして正解だったようだ。
少し待ってから中から促され、俺は扉を開いた。
「あ、おかえりなさいユキナくん」
「ただいま」
笑顔で出迎えてくれたキュネイは、診療用に着ている白衣の襟元を直すところであった。俺たちが扉の前にきていた時点ではおそらく、薄着であったに違いない。仕事は辞めたがキュネイにとっては普段着のようで、診療所内での私的な時間は扇情的な娼婦姿で過ごしているのだ。
俺たちはもう慣れたものだが、今回は部外者がいる。キュネイは気にしないのだろうが、いきなり目の当たりにすれば客の方が驚くだろう。
俺たちの後に続く見慣れぬ二人に、キュネイは「あら」と口に手を当てた。
「もしかして、この前話に出ていた」
「ああ。ミカゲの故郷のお偉方。しばらく観光案内をすることになった」
「……また妙な事になったみたいね」
あえて深く追求しないのはキュネイなりの気遣いか。
俺には困ったふうな笑みを浮かべていたキュネイだったが、次には男女問わずに魅了する微笑みをロウザたちに笑いかけた。
「初めまして。この診療所で医者をしているキュネイと申します。以後、お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に。儂の名はロウザ。こちらは護衛のゲツヤ。いやぁ、アイナ嬢のこともあって多少なりとも覚悟はしていたが、まさかこれほどまでとは。お会いできて光栄だ」
妖艶な白衣の女医で、尚且つ浮かべる笑みは蠱惑的とくる。部屋に入った時点で伸びていたロウザの鼻の下が、キュネイの挨拶で更に長くなった。ただ気持ちはわかる。俺も初めての頃はそうだったからな。主君のだらしない姿にゲツヤが小さく溜息を漏らしていた。
「おっほん!」とミカゲが大きな咳払いをすると、ロウザがはっと我に帰った。
「はっはっは。いやサンモトでも稀に見る美女を前に、ついつい気が緩んでしまった! まったくもって黒刃が羨ましい限りだ!」
頭に手を当てながら、分かりやすいほど大笑いして誤魔化すロウザ。その背中に、ミカゲとゲツヤの冷たい視線がザクザクと刺さっていた。やっぱりこの兄妹、仲が良い気がするぞ。
「すまんなキュネイ先生、お忙しいところにお邪魔をして。ミカゲがこちらの世話になっていると聞いて、どうにも気になってしまってなぁ」
「いえ、お構いなく。もし王都に滞在中に何かありましたら、いつでもお立ち寄り下さい。この診療所でできる範囲でしたら、誠心誠意対応させていただきますので」
「おお、これはかたじけない。何かありましたら、是非ともお世話になりたいですなぁ」
またもやロウザの鼻の下が伸び始めた。これはもうこいつがだらしないというよりも、キュネイがすごいのか。彼女の醸し出す雰囲気や言葉が、ガッツリとロウザの心を掴んでいた。
『アイナとはまた違った意味で、対人関係での経験値が凄いからな』
さすがは王都でトップを張っていた元娼婦。お偉方の転がし方というものを十分以上に心得てるようだ。




