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第二百十二話 やはり兄妹らしい


 組合に足を運んだ俺は早速カランの部屋に向かった。


 本当にここに来る回数が増えたなと、軽く思っていた一分後。


 ソファーに腰を下ろし、苦虫を潰したような顔になる俺の対面には、扇子で自身をあおぎながら笑みを浮かべるロウザの姿があった。


 俺が部屋に入る前より待ち構えており、部屋の持ち主であるはずのカランは、今の俺ほどではないにしろ渋い顔で立っていた。


 当然、ロウザの座るその背後にはゲツヤが控えている。まだほとんど会話という会話すらしていないのに、俺が入室してからずっとこちらを睨みつけくる。


 カランに座るように促されて腰を下ろしてからというもの、俺もロウザも無言だ。


 いつまでも黙っていては何も始まらない。


 俺は息を吐いてから、カランに目を向ける。


「カランさんよ。こいつぁどういった状況なんだ。俺はあんたに呼び出されて来たんだが、なんでこいつ(・・・)らが──」

「貴様っ、またもロウザ様に不敬な口をっ」


 ゲツヤが歯を剥き出しにして憤るが、俺も眉間に皺を寄せて睨み返す。こうも敵意を向けられれば、俺だって少しくらいは腹が立つというものだ。


 今にも飛び掛からんとするゲツヤを、ロウザが無造作に手を挙げて制止した。


「控えろゲツヤ」


 ロウザが相手でなかったにしろ、挑発をこうも軽く受け流されると調子が狂う。


「このような輩に──」


 ギリっと、俺のところまで聞こえるほどに歯を噛み締めるも、ゲツヤはそれ以上はしてこなかった。怒りを内側に溜めながらも(あるじ)の命令にはきちんと従うあたり、直情的なところも含めてミカゲの兄なんだなと改めて思う。


「先日ぶりだなユキナ」

「本当にな。こうも短期間でまた(ツラ)ァ合わせるとは思っていなかったよ」


 再び会うにしても、もう少し期間が欲しかったところだ。期間があったところでもう一度会いたかったかと問われれば答えに迷うけども。


 ただ、完全にあれっきりで良かったと聞かれれば、こちらには否と答える。


「今日はミカゲは別件だ。一緒じゃなくて残念だったな」

「急かしたのはこちら側だ。残念ではあるが、責めるのはお門違いだろう」


 にこやかに答えるロウザ。ミカゲに話を聞いたからだろうか、どうにもその笑みの裏に意図があるように勘繰ってしまう。


 俺が内心に小さな警戒を抱いていると、ロウザは扇子をパチンと閉じた。


「儂らの身の上は、おおよそミカゲから聞いたのだろう。その上でのこの態度とくれば、むしろ儂としては気持ちが良い。やはり、お前に頼むのが良さそうだ」

「話がまっっったく見えてこないんだけど?」


 一人で納得しているロウザに俺は思わずツッコミを入れてしまう。と、咄嗟にゲツヤの反応を伺うとこちらは目を瞑り精神統一のようにゆっくりと呼吸していた。


 そこでようやく、タイミングを見計らっていたカランが口をひらく。


「こちらのロウザ──殿から、(ユキナ)への依頼だ。王都に滞在する期間、護衛を頼みたいと」

「護衛って……護衛?」


 俺はまたもはゲツヤの方に目を向けてしまう。めちゃくちゃ大きくゆっくり呼吸しているが、眉間の皺が峡谷さながらに深く刻まれていた。俺への憤りは精神集中しなければ抑え込めないほどなのか。


 と、ゲツヤのことは置いておこう。


「いいのかよ、これ」

「……組合の規則としては問題ない。彼は正当な手続きに則り、君に依頼を発行した。もちろん、受諾するかは君の意思次第だがな」


 答えるカランは非常に悩ましげだ。


 先日の厄獣の一件、俺はロウザの用意した筋書きにしたがって組合(カラン)に報告をした。だが、彼も伊達に組合の幹部を担ってはいない。俺の報告の全てを、額縁通りには受け取っていないはずだ。別れ際の表情からそれが伺えたし、俺も否定はしなかった。


 ロウザが単なる他国(よそ)の道楽坊ちゃんでないのは、カランだってもうわかっているだろう。それでも口を挟めないのは、ロウザが表面上とはいえ筋をきっちり通しているからだ。


 その上で堂々と組合に依頼を出している辺り、面の皮の厚さはかなりのものだ。 


「あんたも大変だなぁカラン」

「言っておくが、そちらが引き込んだようなものだからな」


 今のは藪蛇だった。ちくりと責め立てる言葉に刺されて俺は少し肩を落とした。俺やミカゲの事がなければロウザがこの国(アークス)にくることは無かったのだ。他人事ではない。


 組合に筋を通しているとなれば、依頼についての承諾は完全に俺の意思に依存することになる。相手は王族とはいえ他所様の国だ。自国のそれら(・・・)から出される依頼に比べれば断りやすい。


 まずは純粋な疑問を投げかける。


「…………護衛、いるのか? 免許皆伝の腕達者がそこにもういるだろう」


「腕達者」のところでゲツヤの眉間がちょっと緩やかになる。


 ロウザは腕を組むと相槌を打った。


「そこまでミカゲに聞いていたか。まぁお前の言うとおり、我が懐刀(ゲツヤ)の腕に疑いを挟む余地はない。此奴が率いる護衛集もまた、実力者ばかりだしな」


 狐耳がピクピク動き、尻尾も小刻みにワサワサさせるゲツヤ。こういったところもミカゲと似ている普段は落ち着いているが案外と感情表現が分かりやすい。


「とは言うが、なにぶん慣れぬ土地だ。勘の無い地では、万全を喫していようとも綻びが見えんものだ。違うか?」

「……間違ってはないな」


 言っていることは理に叶っているが、ロウザの護衛はゲツヤだけではない。この場にいるのは一人だけだが──。


『相棒もお察しの通り、組合の外に散らばってちらほらとこっちを監視してやがるぜ』


 これだけの人数が守っているのだ。易々と隙を晒すようには思えない。加えて、ロウザの傍らには常に蒼錫杖(トウガ)がある。今まさにグラムが感知したように、その索敵能力は相当なものだ。ここに俺らを加えるのは些か過剰に感じられる。


「お前らの実力はあの魔法使いのお嬢さんも含めて、全てとはいかないにしろ多少は知れたからな。入り口の受付辺りでウロウロしている有象無象よりかは、遥かに心強い」


 今のセリフだけで組合に所属する傭兵の大半を敵に回すな。


 

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