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第二百十一話 囁く声


 ロウザとの邂逅を経てから早三日後。


 俺は馴染みである武具屋に赴いていた。


 用事は、装備の点検であり、ついでに世間話に花を咲かせるのが常だ。


 先日に起こった色々を話すと、爺さんは顎鬚を撫でながら呆れた風に息を吐く。


「ついこの間に騒ぎに巻き込まれたと思いきや、もう次の騒動か。お前さんの周りはほんと話題に事欠からんな」

「他人事みたいに言ってくれるなよ爺さん。これでも難儀してんだからよ」

「はっはっは。若いうちの苦労は買って出ろというじゃろうに」

「こんなの特売でも買いたくねぇよ。むしろ売り払いたいね」


 声をあげて笑う爺さんに俺はジト目を向けた。グラムの事を知っているという意味では、キュネイたち以上に気の置けない仲だ。遠慮も何もあったものではない。


「しかし、今度は意思を持った錫杖か──」


 慰安旅行から帰ってきてから、一度(ここ)には来ており、リードと蛇腹剣(スレイ)のについては既に伝えてある。


「案外、面倒を引き寄せてるのはお前さんじゃなくて、グラムの方なのかもしれんなぁ」


 あ、やっぱり? だと思ってたんだよなぁ。やはり騒動の種は俺ではなくグラムなのかもしれない。


「相棒、そこで嬉しそうな顔をされると俺ちゃんだって傷つくぞ」

「お前、どんだけ粗く使っても傷つかねぇじゃん」


 鉄のように固いものを散々叩いてきたし斬ってきたが、黒槍の切先は未だに刃こぼれ一つ起こしたことがない。念のために爺さんの整備を頼んでも、手を付けるところがないとつっかえされる始末だ。もっとも、当人としては「人で言うと肩や腰の凝りが解れていく感じで、とても気持ちが良い」とのこと。どこに凝りがあるかは全くの不明である。


「心な! 俺ちゃんの(ハート)はガラス細工のように繊細なんだよ!」

「邪竜に踏み潰されても壊れなさそうな頑丈なガラス細工だな」

「おぃぃっ!? あまり酷いこと言うと、夜な夜な相棒の枕元でシクシク泣いてやるからな! 寝不足を覚悟しろよ!?


 あと、キュネイたちとイチャコラしてる時に恨み節吐くぞ!」


「それは本当にやめてくれ。分かった、俺が言いすぎた。悪かったよ」


 半ギレしたグラムの脅しに屈し、俺は両手を上げて降参した。


 調子に乗るから絶対に言ってはやらないが、俺にとっては既に無二の相棒なのだ。時折に冗談を口にしつつも、グラムを手放すつもりなんて毛頭なかった。


 俺たちが言い合っていると、爺さんが少し真面目な顔をして口を開いた。


「実はの。スレイとやらの話を聞いた後に、馴染みの魔法使いに調べ物を頼んだんじゃ」

「宮仕だった頃の同僚だったか。会ったことはねぇけど」


 爺さんは王城に勤めていたお抱え鍛冶師だった過去がある。馴染みとは、その時代に一緒に城で勤めていた者たちのことだ。俺が愛用している邪竜の角で作られた大鉈も、爺さんと彼らの合作だ。


「とうの昔に引退して、今は暇してる道楽もんじゃ」

「爺さんと同じだな」


 この店だって半分は爺さんの趣味でやってるようなもんだし。


「やかましい。──んで、一線を退いてはいるが、王城に勤めとる魔法使いにゃまだまだ顔が効く。そのつながりで過去の文献をな」

「またなんで──って、改めて問うまでもねぇか」


 俺と爺さんは揃って、壁に立てかけてある黒槍に目を向けた。


「え、俺?」

「オメェが覚えてねぇの一点張りだから、わざわざ爺さんが昔の人脈を当たってまで調べてくれてんだろうが。もっと自覚しろ」


 蛇腹剣(スレイ)蒼錫杖(トウガ)の聞いてもいつも答えをはぐらかされている。だが、完全に何も知らないということはないはずだ。


「直接目にしたことはないが、聞いた限りではグラムやスレイとやらが宿している力は並大抵を遥かに超えておる。そんなものがもし複数存在しているとなれば、何らかの形で記録が残っていても不思議ではない」


 グラムの竜滅の大魔刃(バルムンク)


 スレイの咬滅せし八岐大蛇(ダーインスレイヴ)


 形はまるで違うが、どちらも凄まじい力には違いない。そしてそれらを、俺やリードではない過去の人間が同じく発現した可能性は大いにある。どちらも一度見れば記憶に刻み込まれるほどに衝撃であったはず。目にした光景をそのまま書に記した誰かしらがいるかもしれない。


「王城の書庫には、百年以上も前の古い本が保存されてるってアイナが言ってたな」

「中には閲覧に許可が必要な禁書もあったりするが──その辺りは何とかなるじゃろ」


「何とかなる」で済ませられるあたり、爺さんの知り合いとやらが昔は相当に位の高い魔法使いだったのだと伺える。でもって、そんな人物と知り合っている爺さん当人もやはり相当に腕の立つ鍛冶師だったのだと改めて実感する。


「いやぁ……お手数をお掛けする。俺も悪気があって喋れねぇわけじゃぁないんだよ。いや本当に。でもなんか……すまねぇな」


 そこで畏まられると、揶揄うことすらできないだろうに。


 聖痕を刻まれた時や大魔刃を顕現した時のこともある。何かしらの明確なキッカケが無ければ思い出せないような仕組みを、グラムの製作者が仕組んだのかもしれない。


「悪いな爺さん。手間ぁ掛けさせて」

「儂が興味本位で勝手にやってるわけじゃ。恩を感じるなら、今後とも贔屓しとくれや」

「わぁってるよ。今度は菓子折りでも持ってくるよ」


 そこで俺は立ち上がると、立て掛けていたグラムを背中に帯びる。


「そろそろお暇させてもらう」

「なんじゃ。今日はせっかちじゃの」

「この後、カランのとっつぁんに呼ばれてんだ」


 朝一で診療所に傭兵組合の職員が伝言を届けにきたのだ。至急、カランの元に来るようにと。一つ前の呼び出しでは手紙であったのに、今回はわざわざ人を寄越してきた。それだけ大事な要件という事だろう。


 今日は元々、爺さんのところに来るつもりだったので、先にこちらへ寄らせてもらったのだ。


「んじゃぁ装備は任せたぜ」

「万全にしといてやるから待ってろい」


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