第二百十話 仲良きことは心が潤う
ロウザについては一旦いいだろう。
「と、ゲツヤとの兄妹仲はどうだったんだ? 正体を隠しながらとはいえ、あちら側はお前と認識しながらも結構本気でやり合ってたように見えたけど」
「……私の方は本気でしたが、兄者の方はおそらく手を抜いていたでしょうね。思い返した限りで、あの人の剣には殺気がありませんでしたから」
こいつはあまり口に出して良い話題じゃなかったか。見るからにミカゲが落ち込むと、キュネイとアイナから責めるような痛々しい視線が向けられた。
「いいのですお二人とも。兄者についても話しておく方が良いでしょうし」
俺を咎める彼女らそう言い、ミカゲは頭を振って気を取り直した。
「免許皆伝を頂くと言うことは、ゲツヤさんも剣の腕は相当なものなのでしょうね」
「それはもう。同世代で皆伝の許しを得ているのは、兄者ただ一人です」
シラハ道場の師範であるミカゲの父も、ゲツヤの歳の頃にはまだその域には至っていなかったと。シラハ家の歴代でも有数の才能を持っているのは確実だという。
シラハ家は元々、エガワ家の配下の中でも特に信頼が厚く、戦乱の世では常に先陣を切って勇敢に戦ってきた。剣術道場を開いたのは、長い戦が終わりエガワ家の平定がなされてからの政略争いを嫌がり、政から身を引いたのが切っ掛けだとか。
ただエガワ家との繋がりは依然と健在であり、時折は第三者としての御意見番としても重宝されており、直接政治には関われないもののその声は無視できないの。そして、将軍家の子が剣術を学ぶ際には決まってシラハ剣術道場に出されるのだという。ロウザがシラハの道場に通うようになったものこの流れだ。
「以前にお話しした通り、私が故郷を飛び出したのは望まぬ婚約と、勇者の仲間に憧れです。ただ、剣を最初に握ったのは兄者の真似事でした」
「みんな、何かを始めるって時は大体そんなもんじゃないかしらね」
ごっこ遊びがやがては明確に形を帯び始める。ミカゲも頷いた。
「兄者とは……少なくとも幼少のみぎりは仲が良かったと思います。ただ──私が家を出るまでの数年間ではよくわかりません。私が剣士を志すのを、父と一緒であまり良い感情を抱いてはいなかったようですし」
「お兄さんは、ミカゲとロウザさんの結婚には賛成だったってことかしら?」
「おそらくは……ですが。実際にその辺りについて話す機会はあまり。そもそも、兄者は口数の多い性格ではありませんでしたから」
そうか? ロウザと話してる時はかなり割って入ってきた印象が強い。主人を相手に無自覚に不敬な口を聞いた俺に対し、我慢ならなかったといえばそれまでだろうが。
「護衛頭になったのは私が家を出る直前でしたが、それ以前より我々兄妹はロウザ様の側仕えのような立場にありました。まぁあの頃からロウザ様はヤンチャぶりは健在でして、兄も私もあの方に振り回されてばかりでしたが」
語るミカゲが微笑みを浮かべているのは、少なくともその頃の思い出は悪くないものだったのだろう。
「ただ今にしてみれば、あの頃から父は私をロウザ様の元に嫁がせるつもりだったのかと」
「実際のところ、ミカゲはその辺りどう考えていたんだ?」
「非常に手の掛かる『兄』という認識が強かったですね。とても婚約者とは──」
端的かつバッサリであった。問いかけた俺は愉悦が込み上げるよりも先に、ロウザが気の毒に思ってしまうくらいに。そのくらい、ミカゲの表情には迷いがなかった。キュネイもアイナも似たような気持ちなのか、半笑いだ。
「最後にお会いしたのは三年前ですが、あの頃に比べて兄者の実力は相当に磨かれていたようですね。私も旅の最中や王都についてから経験を積んだつもりですが、先頃の立ち合いでは歯が立ちませんでした」
善戦してたように見えるが、と喉まで出かかったがどうにか飲み込んだ。俺たちの中で一番実戦慣れしているのはミカゲだ。彼女が認めている以上、外から何を言ったところで下手な慰め以上にはならない。
不意に、ミカゲが「クスッ……」と音を漏らした。
「ただ、悔しくはありつつ、良かったとも感じてもいるのです」
「やっぱり、血を分けたお兄さんと久々に会えたからかしら?」
「もちろんそれもありますが……兄者の剣は私にとっての憧れでしたから」
困ったように頭を掻きつつも、ミカゲは照れくさそうに笑った。
「彼我の差を突きつけられる形にはなってしまいましたが、以前の兄よりも強くなられた事がどうにも嬉しくて」
実はお前、お兄ちゃん大好きっ子じゃないだろうか。憧れのお兄ちゃんにはいつまでも強いお兄ちゃんでいてほしいってやつじゃん。
「────(だきっ)」
キュネイは徐に席を立ち上がると、ミカゲを己の豊満な胸に埋めるように抱きしめた。
「あの……キュネイ? どうして急に私を抱きしめるんです?」
「ミカゲは本当に可愛くていい子だなって。お姉さん、ちょっと感じ入っちゃった」
愛おしげに頭を撫でてくるキュネイに、ミカゲは半ばまで顔を埋めながら、なすがままにされる。すると、無言でアイナが立ち上がるとキュネイとは反対側からミカゲを抱きしめて撫で始めた。ちなみに顔は非常にゆるくなっている。
「あ、アイナ様っ!?」
「ごめんなさい。諦めてください」
「何をですか!?」
仲間二人にもみくちゃにされ、戸惑いつつもミカゲはされるがままだ。彼女たちの仲の良さは、俺も見ていて胸がほっこりしてくる。
『美女三人が戯れている光景は心が潤うな』
然り、である。




