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第二百七話 関係にもいろんな形ってあるよなと


『お優しく聡明であられるロウザ様のお心遣いに感謝することだな。本来であれば、貴様らのような野蛮で愚昧な下郎が気軽に言葉を交わして良い道理はないのだぞ』


 高圧的な台詞からして、なんだか面倒臭そうな性格をしてらっしゃるのが読み取れる。


 グラムからしてみたらどうなんでしょうね。


ご同類(・・・)には違いないんだろうけどさぁ、ぶっちゃけ俺に言われても困るって。でも、これだったらまだ蛇腹剣(スレイ)の方が話がギリギリ辛うじて話が通じそうな気配はある』


 あれと比べられるって相当なもんだな。


『貴様らっ、今失礼なことを考えていただろう!』


 念話チャンネルの相手を限定していたというのに、こちらの心を読んだかのように蒼錫杖の輪がシャリンシャリンと響く。


「ははは、これは失礼。儂の周囲にいるものはどうにも過保護でいかん」


 絶え間なく鳴る蒼錫杖(トウガ)をロウザが掴むと、ぴたりと音が止まった。主従関係はきっちりとしているようだ。


「興味本位で聞くが、その槍をお前はどこで手に入れたのだ?」

「……王都の武器屋で、埃かぶって叩き売りされてたよ」


 そもそも今の黒塗りではなく、あの頃はそこらへんの槍と大差ない見た目だったし。


『いやいや。中古には違いなかったがそこまで安売り(セール)はされてなかったと思うぜ物自体は良かったからな!』


 ロウザの問いかけに答えると、グラムは妙に必死になって言い繕う。武器としてのプライド的なものがあるのかもしれない。

「ふむ……儂らのとはまた違った関係のようだな。それもまた一興か」


 俺とグラムのやり取りに、興味深そうに頷くロウザ。


 そんな中、俺とロウザの会話にミカゲとアイナが首を傾げている。ロウザ側の面子は特に何も反応はないのだが。


『あー、仲間には俺が喋れるって事実は伏せてあるんだわ。その辺りをちょいと汲んでもらえると非常にありがたい』

「……なるほど。あいわかった。いや、トウガの同類と相見えたことに少しばかり興奮してなぁ。配慮が足りなかったのはこちらのようだ。許せ」

『そんなっ、ロウザ様が謝罪する事では──』


 トウガが不服を漏らすも、ロウザが強く蒼錫杖を握るとそれ以上は口にしなかった。


 と、そこでアイナが手を挙げた。


「あのロウザ──さん。一つ確認しておきたいことがあります」

「なにかなお嬢さん……いや、姫君と呼んだほうが正しいか?」

「姫などと……私は一介の傭兵に過ぎません」

「そこらの女子(おなご)に比べて随分と気品があるのでな、どこぞの姫かと思ったが」


 アイナは俺たちの中で社交力は一番である。こういう時に自然な返しをする辺り、さすがである。逆に俺やミカゲが変な反応をしていないかヒヤヒヤする。


 こほんと咳払いをするとアイナが改めて口を開く。


「森にあった厄獣の痕跡はあなた方の手によるものだということはわかったのですが、このことを傭兵組合や村の方々へはどうお説明されるおつもりで?」


 いつもより、アイナの言葉に力が入っていた。どことなく妙である。


「お分かりだと思われますが、これは国の法律にも抵触しうる行為です。そちらのお考え次第では、然るべき所に報告せざるを得ないかと」


 元王族として、他所のお貴族様がアークス国内で好き勝手するのは気持ちの良いものではないだろう。この村の住人にだって要らぬ不安を抱かせたのだ。無理もないか。


「安心するといい。ちゃんとその辺りのことも考えている。なに、下手に取り繕うつもりはない。我らの行いを正直に伝えるとも」


「ん?」と俺とアイナは揃って頭に疑問符を浮かべた。




 まず最初に、ロウザは村長に謝罪をしたのだ。


「我が配下が『鍛錬』の過程で(そちら)の領域を一部とはいえ荒らしてしまった事をお詫びする」と。


 口上としては、ロウザの護衛集が長旅の最中に訛った腕を鍛えるために行った鍛錬で、森にその『跡』が残ってしまった。鍛錬を終えた(のち)にやって来た猟師が、それを見慣れぬ厄獣の仕業だと勘違いしてしまった。


 また、ロウザはその説明だけで納得するのも難しいだろうと、傭兵を呼ぶ為の依頼金と詫びを含めた慰謝料を村長に支払った。ロウザの真摯な謝罪に、村長は厄獣がいなかったことに安堵しこれを承諾。組合の方には勘違いであった旨を伝える書類と労いの手紙を俺に手渡し、変則的な形ではあるが依頼は完了することとなった。


「儂らが村にいらぬ迷惑をかけたのは、紛れも無い事実だからな」とはロウザの談だ。


 この顛末にアイナは少しばかり表情を苦ませたが、渋々と承諾。彼女としても下手に荒立てるよりも、波風立てないほうが良いと判断したのだろう。ロウザに悪意がなかったというのもあるだろうが。


「──ってことがあったわけよ」

「お疲れ様。大変だったわね」


 労いを口にしながら出されたお茶を飲むと、のし掛かっていた仕事の疲れが肩から降りるような穏やかな気持ちになった。


 王都に戻った俺たちは、まず最初に組合へ報告。村長のサインが記された書類そのものには不備はなく、カランは少し顔を顰めていたが受諾そのものはきっちり完了した。他に諸々の作業も行い、診療所に帰って来たのは日が暮れた頃であった。


 顛末を一通り聞き終えたキュネイは頬に指を当てて考え込む。


「ねぇアイナちゃん。どうしてそのロウザって人たちがこの国に来た理由を尋ねなかったの? 普段のあなたなら間違いなく話に出て来たはずなのに」


 アイナが手を上げた時、てっきりこの質問が出てくると思っていたのに、代わりに『落とし所』を口にした。これは俺も気になっていたのだ。


 俺とキュネイの注目を浴びる中、アイナは淹れたての茶を口に含み、茶器をゆっくりソーサーに置いた。


「少しだけ、時間が必要なのかと思いまして」


 誰にとってなのか──もはや言うまでも無いことであった。


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