第二百六話 偉い人のようだが
今話を書くにあたり、前話の一部をちょっと修正しました。
危険な厄獣はあまりいないとはいえ、森の中で長話をするわけにもいかず、俺たちは一旦村へと戻った。当然、問題の一行もつれてである。
森から戻ってきた俺たちが覚えのある一行を連れていることに村長は驚きつつも、空気を察したのかあまり詳しくは聞いてこなかった。気遣いに感謝しつつ内密の話ができるところが無いかを尋ねると、村の中央部にある教会を提案された。ゴブリン襲撃事件の際に立て籠りに使った場所だ。
勤めているのは司祭とシスターが一人ずつ。俺たちの顔を覚えていたようで事情を話すと快く場所を提供してくれた。
「いやはや儂の我儘に付き合うてもらってすまんなぁ、かっかっか」
蒼の錫杖を持つ獣人は、礼拝堂の一席に緩く腰を下ろすと、軽快な笑いを発した。
エガワ・ロウザ。
ここから遠く離れた異国のやんごとないお家の出身で、次期当主の座にあるという。余談だが、犬耳に見えるのは実は狼のそれであるらしい。ミカゲ曰く、その辺りで間違って触れるとかなり冗談にならないとか。
結論だけを述べれば、此度における厄獣の討伐依頼はこのロウザ一行が仕込んだ策であり、全ては俺たちをこの村へと呼び寄せるためだ。
「この村に来たのは偶然ではあったのだがな、村のものに聞けば何かとミカゲらと縁があるというではないか。であれば、困り事があればお前らに依頼を出すのではと考えたのだ」
村の猟師が森を回る順路を調べ上げ、そこから少し離れつつも目につく位置に工作を施し近辺に生息しない厄獣の痕跡に仕立て上げた。
よくもまぁこんなガバガバな計画を思いつくもんだ。実際に俺たちに依頼が回ってきたから良かったものの、全く別の傭兵が来たらどうするつもりだったのだ。
「なぁに、その時はその時に考えるさ。傭兵に銭を握らせるもよし、手頃な厄獣をどこからか連れてくるもよしだ。金だけは家からたんまり持ってきたからな」
などととんでもないことを言いながら、どこからか扇子で自身を仰ぎ大いに笑う。どこまで本気なのか……どこまでも本気だったら尚更に性質が悪すぎである。
「おい、あの坊ちゃん、かなりやばくないか?」
「あの方の破天荒ぶりは今に始まったことではありません」
ミカゲもなかなかに苦労しているようである。
でもって、その隣──の後ろで膝をついて控えているのが。
「それで、あの剣士が」
「私の兄者──白刃月夜です」
こうして落ち着いて見てみると、白い毛並みの耳や尻尾を抜きにしても顔たちがどことなくミカゲに似ている。彼女を男らしくしたらそのままゲツヤになるかもしれない。
シラハ家──つまりミカゲの実家は、ロウザの生家であるエガワ家を代々に守護してきた武家──こちらでいう騎士の家──であり、いわばロウザとシラハ兄妹は幼馴染の間柄なのだという。
「覚えのある剣筋にもしやとは思っていましたが、まさか本当に兄者だったとは」
ゲツヤとミカゲは幼い頃から父親より剣術を指南され、幾度となく手合わせもしてきた。顔を隠していたために当初は判別できていなかったものの、剣を交えているうちに相手がゲツヤである可能性に至り始めていたようだ。
「兄者はロウザ様一番の護衛を仰せつかっており、護衛衆の統括を任されております」
ゲツヤの他に外套を被って俺たちに襲いかかってきたものは全員ロウザの護衛であり、当然ではあるが獣人であった。合わせて十名近くいたが、この場には三名ほどしか同席していない。他の者たちは斥候や遠目からの護衛などと各々散っているらしい。
大雑把な人物紹介をどうにか飲み込んだ俺は、ロウザに尋ねる。
「んで、エガワさんちのロウザさんが一体全体、何でこんな回りくどいことをしでかしたんだ? ミカゲを探してたってんなら、素直に王都で待ってりゃ良かっただろうに」
「貴様っ、ロウザ様になんたる無礼な口をっ!」
「おぉぅっ!?」
それまで黙していたゲツヤが唐突に激昂し、俺は泡を食ってしまう。そのまま剣を抜かんばかりの形相を浮かべるミカゲの兄に、当のロウザはやんわりと手で静止する。
「よいよい、儂が許す。エガワ家の権力が及ぶのは遠き故国のみよ。今の儂は諸国を漫遊する一介の若造に他ならん。そう目くじらを立てるな」
「……ロウザ様がそうおっしゃられるなら」
変わらずゲツヤは険しい視線を俺に向けてくるが、ロウザに従い渋々と口を注ぐんだ。
「話の腰を折ってすまなんだ。儂の護衛の美点は生真面目であることだが、玉に瑕なのは生真面目であることでなぁ。多目に見てやってくれ。言った通り、下手に畏まる必要はない。普通に接してくれると、儂としても肩肘はらんで助かる」
おたくの護衛、めっちゃ睨んできてますけどね。ミカゲに横目で見ると、彼女は肩をすくめつつも首を縦に振った。ロウザの言う通り、いつも通りで良いらしい。
「さて、今の質問だが、簡単な話よ。黒刃とも呼ばれているお前の実力の程を試したかったまでよ」
「俺の?」
「そうよ。我が親愛なるミカゲが忠を置く者の実力。元婚約者としては気になるのも当然とは思わないか?」
やっぱりそこに行き着くのか。
以前にミカゲが話してくれた事がある。
彼女は親の都合で他家に嫁がされそうになったのを嫌がり、家を飛び出したのだと。
その相手というのが、このロウザという男だったのだ。
「それで、結果のほどはどうなんだよ」
改めての問いかけに、ロウザは顎を撫で、俺の黒槍を見ながら面白げに頷く。
「この場でゲツヤに命じ、斬首に処すほどの愚昧で無いのは確かなようだ。少なくとも、その黒い槍の所有者であるならば、一角の人物であるには違いない」
さりげなく恐ろしい発言を聞いた気がするが、今は置いておこう。
俺が感じ取っていたように、ロウザも感じ取っていたようだ
傍に立てかけてある錫杖がシャリンと輪を鳴らした。
『我が名はガトウ。代々エガワ家に受け継がれし当主の証。その鈍い頭にせいぜい叩き込んでおくが良い』
……持ち主と違った意味でこちらもやたらと偉そうだな。実際にどちらも偉いんだろうけども。




