第二百三話 空気が悪いようですが
未確認の厄獣の調査及びに討伐が今回請け負った仕事。
村長から説明を受けてからもまだ太陽も高く登っている時間帯であったため、俺たちは早速森に向かった。まずは厄獣ないし獣が付けたという痕跡を調べる事に。
復興作業の仕事で来た時に、木材の調達で森には幾度か足を運んでいる。多少なりとも知った地形であり、目的地までは迷うこともない。
「ユキナさん、どうなされたんですか?」
「さっきから居心地が悪いっつーか、妙な感じだ」
森に入ってから少しして、アイナが気遣うような声をかけてきた。どうやら仕草や素振りに出ていたようだ。
先ほどから肌にまとわりつく違和感が拭えない。気候は陽気で過ごしやすい筈なのに、不快な生温い空気の中を歩いているように思えてくる。
グラムからの反応はない。周囲に、こちらを敵視する存在が潜んでいる気配はないようだ。
今回の件を除けば、ゴブリンの襲撃以降で危険な厄獣が出没した気配は無かったらしい。その時に滞在していた傭兵や兵士からもその手の報告は上がってこなかったという。
だからと言って気を抜いていいわけではないが、集中しきれていないのが現状だ。必要であれば厄獣を討伐しにいく道中ではあまり宜しくはない。どうにも嫌な緊張感だ。
気になるのは自身のことだけではない。
「……………────」
俺たちより少し先を歩き、辺りを警戒しているミカゲ。こちらはやけに肩肘張るっているように思えた。表情は窺えずとも、背中越しにピリピリとした雰囲気が空気越しに伝わってくる。アイナにも目を向けると、首を横に振る仕草だけであった。
実はこれまであまり触れてはいなかったが、村に到着してからというものミカゲの様子がおかしかった。最近はどうにも悩みがあるのは分かっていた。私情を仕事に持ち込むようなタイプでないので大丈夫とは思っていたが、楽観視もできないかもしれない。
『こういう時にキュネイがいてくれると、上手い具合に調整してくれるんだがなぁ』
王都を出発してから、キュネイという存在の偉大さを再確認させられるのは何度目だろうか。帰ったら普段から多分に世話になっていることも含めて感謝を述べないと駄目だな。
もっともその為には五体満足で仕事を終えなければならない。気持ち悪いだなんだのと理由があろうとも、無理にでも気を引き締める必要がある。
「アイナ、万が一の時はフォロー頼むぞ」
「もちろんです」
きゅっと可愛らしく手を握りしめ気合を入れるアイナ。あまりにも可愛いので頭を撫でてやりたくなったが、控えめに軽く肩を叩くにとどめた。
しばらく歩いていると、村の猟師が厄獣の痕跡を見つけた場所に辿り着く。
道中では厄獣に襲われることもなく順調であったが、逆に不気味なものを感じてしまう。
俺が辺りに木を配る傍ら、アイナとミカゲが厄獣の痕跡を調べる。
木の幹に穿たれた大きな傷跡。村民から聞いた限りで、この辺りに生息するとされている厄獣のサイズでは、これほどのモノは作れないだろう。彼らが不安を抱き、改めて傭兵に依頼を出すのも頷けた。
「どうだミカゲ。何か分かったか?」
槍を肩に担ぎいつでも臨戦に移れる状態を維持しつつ、傷跡を調べる二人に問いかける。ミカゲは傷跡を見据えながら顎に手を当てて考え込む。思案している……というよりかは、迷いに近いものを抱いている印象だ。
「もし本当にこの大きさの爪ないし、それに類する部位を持つ厄獣がいるのであれば、討伐すべきなのは間違いありません。たまたまどこからか流れてきた個体かもしれませんが、だとしても放置していればやがては村に危険が及ぶ可能性は大きいでしょう」
無言のミカゲの代わりに、アイナが抉れた木の全体を眺めながら答える。
「残念ながら、私の今の知識ではどのような厄獣であるかは判別不能です。とりあえずこの傷を作った部位に毒が含まれないというのは確かですね。木の幹に変色も見当たりませんし」
となると、本腰を入れて調査をする必要が出てくるか。しばらく村に滞在する必要も出てくるだろう。その辺りの可能性も考慮して村長とは話を付けている。
『相棒、ちょっといいか』
担いでいたグラムから神妙な念話が伝わってくる。この声色だけで、俺の警戒度が一段階上がった。
『どうにも妙な雰囲気だ。森に入ってから相棒も居心地悪そうだったが、実は俺もだ。何もなけりゃぁ黙ってるつもりだったが、ここにきてだんだん強まってやがる』
単なる気のせいで片付けるわけにもいかなくなったようだ。
俺は目立たない程度にゆっくりと、だが深く呼吸する。合わせてアイナに目配せすると、こちらが感じているただならぬ気配が伝わったようだ。両手に杖を握りしめると、いつでも魔法を準備できる態勢を整える。
「……私の故郷に伝わる兵法の一つに、厄獣に扮して伏兵を潜ませるというものがあります」
そんな中で、ずっと沈黙していたミカゲが口を開いた。
幹の傷跡をなぞり、付着した木片を指先で弄る。
「肝心なのは、潜んでいる存在を誤認させることです。想定と事実、認識の差異を用いて、致命の一撃を狙うというもの。他にも、殺した兵を厄獣にやられたように仕向けるというのもあります」
俺とアイナは息を呑んだ。彼女がこの状況で故郷の話をするのか、分からないほど馬鹿でも愚鈍でも無かった。
「実際に用いられた戦場に赴いたことはありませんでしたが、偽装の方法は教わっていました。
この傷跡も、巧妙に真似はされていますが人の手によるモノです」




