第二百一話 手間賃込み込みですが
相手の身元が分かっており交流のある相手であるなら、依頼を断る理由もない。俺はこの場で依頼の受諾をカランに伝えた。
出没した厄獣の詳細は残念ながら不明ながらも、村から王都まではさほど遠くはない。手に負えないような強力な個体であれば、無理をせず王都の組合に助力を請えばいい。
とはいえ、初めての指名依頼だ。加えて、厄獣を相手取るのであれば油断して良い道理はない。準備を整えた俺たちは王都を出発した。
──が、仕事に赴くのは俺を含めて三人だけ。
残念ながらキュネイは今回はお留守番だ。
「キュネイがいないと、やっぱりちょっとだけ不安は拭えないよなぁ」
村に向かう馬車に揺られる中、俺はぼやいてしまった。
正確にはキュネイは休みではなく、仕事があった。
最近は俺に同行してもらって傭兵稼業を手伝ってもらってもいたが、キュネイの本職は傭兵ではなく町医者だ。ユーバレストでの休暇で診療所を閉めていたこともあり、しばらくの間は本業の方に専念したいとのこと。
他にも、彼女が以前に勤めていた娼館への健康診断も行うとか。あそこは働いている女性への健康管理にも気を遣っており、娼婦を辞めた今でもキュネイは定期的に足を運んでいるのだ。
我儘は言えないし言うつもりも無かったが、やはり彼女の存在が一つの安心感に繋がっているのだと改めて思い知らされた。俺がこれまで無茶できたのは、間違いなく彼女がいてこそなのだと。
俺も多少の回復魔法は使えるが、応急処置程度だ。表面上の傷を塞いで出血を最低限抑えるのがせいぜいである。
普段はキュネイが携帯している鞄は、今はアイナが肩から下げている。中身はキュネイお手製の医薬品だ。
そのアイナだが、鞄を預かってから馬車に揺られている最中も、やけに鞄を気にしていた。
「どうしたアイナ。忘れ物か?」
「いえ、そうではないんですが、責任重大というかなんというか。ちょっと思うところがありまして」
言い淀むアイナであったが、しばらくするとまた口を開いた。
「携帯できる医療品の一通りは持たせてもらったんですが、これだけの量と質を揃えるとなると、三級傭兵が丸一月休みなしに働き通しでも賄えないくらいの予算が必要になります」
「マジか、そんなにするのかよ」
キュネイからは「いざという時は絶対に出し惜しみしないで」と俺たち三人へ口が酸っぱくなるほどに伝えられていたが、具体的なお値段に驚く。
余談ではあるが、元王族でありながらアイナの金銭感覚は案外庶民寄りだ。必要なところでは予算は惜しまないが、それ以外のところは倹約している。
ちなみに、食べ歩きに関してはアイナにとって『必要なところ』区分である。
「もしかして材料費が嵩んでたりするのか?」
キュネイに金銭面で結構な負担をかけているではと危惧していると、アイナは首を横に振った。
「薬の中には確かに、一部は希少な材料も使用されていますが、ほとんどが市場で手に入るものです。先日に私もキュネイさんと一緒に買い出しに出かけましたから」
鞄の中から、青色の液体が封入されているガラス瓶を取り出す。
「この薬は非常に効果の高い回復薬ですが、単に調合するだけであれば、私でもできます。ですが、この薬ほどの高品質なものは無理でしょう」
とすると──。
「手間賃──でいいのか。そいつが異様に高いって意味か」
「そうです。どれも非常に高い技術で調合されています。ここまで来ると、貴族や大商人が専属調合師としてお抱えにするレベルですね」
以前に作業の様子を見学させてもらった時は、その高い技術に驚かされたという。一部の精製には魔法を使っており、この分野に掛けてはアイナも及ばないらしい。
「成分の抽出や分離、それらを均等に混ぜ合わせる魔法技術──薬学や外科的な技術力に加えて、回復魔法にも精通しているとなると、王都内はおろか下手すると宮廷魔法使いでも数える程かもしれません」
「……出自のことがなけりゃぁ、本当に宮仕してても何らおかしくねぇってことか」
キュネイは何も、好き好んで娼婦をしていたわけではない。淫魔である彼女が生きていくには、異性の精気を取り込む必要があり、娼館で働くにはそちらの方が都合が良かったからだ。
今はその分の精気を俺一人からでも十分に賄えているが、付き合い始めた当初は必要に駆られていたとはいえ娼婦であった事によく後ろめたさを感じていた。ただ、それで他の娼婦を卑下したりはせず、むしろ健康診断を請け負うくらいには気にかけていた。
「……ユキナさんは気にならないんですか。キュネイさんがどうやってこれほどまでの技術を習得したのか。才能の一言で済ませるには少々違和感があります」
果たして、キュネイはどうやってそうした医療技術を学んだのか。
それは元を遡れば彼女自身の過去にも繋がっていく。
思えば、俺はキュネイの過去というものをあまり知らない。娼婦であった以前について、彼女の口からほとんど語られた事はない。
気にならないと言えば嘘になるが──。
「少なくとも、キュネイの口から聞くまでは進んで知りたいとは思わねぇよ」
惚れた女の過去を根掘り葉掘りと問いただすのが野暮であるのは、俺にだって分かる。第一、どんな過去があろうともそうした積み重ねが今の彼女を形作っている。なら、丸ごと受け入れる度量を持つ方がはるかに大事だ。
『相棒はその辺りのバランス感覚は絶妙だよな。伊達にハーレムを作っちゃいねぇな』
お前は褒めてるのかそれは。ハーレムって言われると悪いことをしている気がして仕方がない。
「──ですね。すみません。ちょっと無粋な事を聞いてしまいました。どのような過去があっても、今は私たちの大切な仲間である事には変わりないですから」




