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第百九十七話 時期が悪いようですが


最後の一口を飲み終えたところで、俺は代金を懐から取り出し立とうとするが、それにルデルが待ったをかけた。


「ちょっと待ってくれないかな。実は君に会ったら伝えておこうと思っていた情報があってね。席を立つのはこれを聞いてからでも遅くはないさ」

「……どう言った風の吹き回しだよ」

「前々から言っているじゃないか。僕は黒刃のユキナのファンだって。純粋な親切心さ。それが嫌だって言うのなら、僕の朝食に付き合ってくれたお礼だ」


 勝手に席に座って勝手に食べ始めたのはお前だろう、とは口にしない。この程度では結局、ルデルにとってはどこ吹く風であろう。浮き掛けていた腰を椅子に戻すと、顎で先を促す。


「まずは軽い方から。君のお友達である勇者くんの旅は面白いことになっているようだ」

「勇者の旅が軽い方って……」

「君にとってはってことさ」


 世界を救うための旅路ってことになってるはずなんだが。


「旅の途中でどうやらある貴族の跡目争いに巻き込まれたようだが、そこで彼らも魔族と交戦したらしい。もっとも、こちらは決着がつく前に事態が収束したようだがね」

「あっちでも魔族が出たのかよ」


 しかも、最初はただの人間として紛れ込んでいたらしい。俺らが危惧していた事態がいよいよ現実味を帯びてきていた。ただ、あちらも魔族は倒せなかったらしいが。


「……なんでまた中途半端なことになってんだ?」

「なんでもなにも君が原因さ」

「俺?」


 その魔族というのは、レリクスが味方していた貴族の令嬢と対立していた令嬢の兄に雇われていたのだが、派遣元はなんとナリンキだったのだ。令嬢の兄を次期当主に仕立て上げることで、アークスで商売を始める先駆けにしようと目論んでいた──と考えられている。


「この辺りについては、まだ推測の域を出ていない。移送先でナリンキが尋問されて証明されるだろうけど、大片は間違ってないだろうね」

「あの豚商人、ユーバレストだけじゃなくてそっちにまでちょっかいかけてたのか」

「というか、今は露見してないだけでもっと手広くやってただろうね」


 令嬢兄に雇われつつも、実際の資金源はナリンキだったのだ。それが捕まってしまったのだからもう仕事どころではない。魔族を含む雇われ達は即座に撤退を決め込み、後に残されたのは丸裸になった令嬢兄だけだ。


「これを伝えたからと言って君が具体的に何かをするとは思ってないけど、一応はね」


 レリクスの近況を聞けたのはありがたかった。ナリンキを捕まえた影響が勇者の旅(あちら)にまで波及するとは思いもしなかったが。

「で、ここからが本題だ」


 ルデルはテーブルに両肘をおくとグッと乗り出した。


「これは人伝(ひとづて)に聞いた噂なんだけど……近頃、君の恋人を探している者がいるらしい」


 なるほど。レリクスには申し訳ないが、個人的にはこちらの話の方が勇者の道程に比べて重要だ。俺にテーブルに腕を置いて改めて耳を傾ける。


「自慢になるが、あいつら滅法の美人だからな。んで、具体的には誰を探してるんだ?」

「ミカゲさんだよ」


 腕も立つし美人だし器量も良い。数奇な巡り合わせで、彼女と共にコボルトキングを討伐した日が何やら遠い過去のようにも感じられる。実際に結構な時間が経過してはいるが、今でも鮮明に覚えている。


 あの出来事が切っ掛けで、グラムが黒槍の姿となり、俺の物語が一気に巡り出したようにも思える。


 とはいえ、だ


「ミカゲは腕利の二級傭兵だぞ? あいつのことを探してるって人なら割とたくさんいそうだけどな」


 繰り返しになるが、ミカゲは常識的な感性を持つ者にとってはとんでもない美人の部類に入る。加えて、女性的な特徴もこれでもかと備えている。男は言うに及ばず、彼女に憧れて傭兵になるという女性もちらほらといるとも聞く。ミカゲを一目でも見ようと訪ねる者がいるのはなんら不思議ではない。


「まぁそうなんだけどね。ただ、探している人たちにちょっとだけ気になる点がいくつかあってね。だからこそ、この情報を君に持ち込んだのさ」


 つまり、そいつらは単なるミカゲの熱狂者(ファン)ではないと言うことか。


「なんでも、探している人たちは複数人の集団で、しかも全員がこの国では珍しい獣人って話だ。これだけでもちょっとしたもんだろ?」

「確かに気になる集まりには違いないな」


 この国に住んでいる人間のほとんどは人種であり、獣人種はかなり少ない。千人人が集まればそこに一人混ざっているかどうかと言う程度。とはいえ皆無ではない。王都の傭兵組合にだって、ミカゲ以外の獣人傭兵が通っているのを幾度か見たことがある。


 ただ、全員が獣人の集団というのはかなり珍しい。


「特に、ここからが重要だ。流石に噂話と人伝だから色々な尾鰭がついているんだけど、共通してるものが一つある。その集団の中にいる一人は、ミカゲさんと同じく白毛の狐種。しかも腰には彼女と同じような細身の剣を携えていたって話さ」


 なるほど。ここまで気になる要素が揃えば、単なる『道楽者』と片付けてしまうわけにもいかない。これはミカゲにも確かめておくべきであろう。


 獣人の一括りで分かるかは不明だが、己を訪ねてくるという条件に加えて、一人は己に似た容姿の者とあれば何かわかるかも知れない。


 と、道理ではそうなのであるが。


「しかし、よりにもよってミカゲか」

「……もしかして、何か都合が悪かったかい?」

「色々教えてもらったのはありがたいんだが、ちょっと時期(タイミング)がなぁ」


 どうしたものかと、俺は頭を掻いた。


 ──実は、ユーバレストに帰ってきてからというもの、ミカゲの様子がちょっとおかしいのだ。思い詰めたような素振りを見せたかと思えば、ふらりとどこへ行ってしまう。一応、毎日ちゃんと帰っては来るのだが。

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