第百九十六話 トゥクンしたようですが
ところで、と。ルデルは店内をキョロキョロと見渡す。
「銀閃の話が出たからついでに聞くけど、今日は愛しの恋人たちと一緒じゃないのかい?」
「…………四六時中常に一緒じゃなきゃいけない決まりなんてねぇんだ。一人で朝食を食ってもいいじゃねぇか」
「それはそうなんだけど」
口では言いつつも、少しばかり眉間に皺がよるのは止められなかった。今のは本音と建前が半々くらいだ。実際のところは少し違う。
遡ること、ユーバレストを脱する直前まで。
休暇の延長期間も消化し、王都に帰る時が来た。
見送りにやってきたのはニキョウとリード。そしてそれぞれの手下や団員が数名だ。当初は総出でやらかしそうな雰囲気だったので、人数を絞ってくれと頼んだ次第だ。
他の三人はすでに馬車に乗っており、俺は最後の挨拶をしていた。
「またユーバレストに来ることがあれば頼ってくれ。兄弟にはジンギンファミリーが全力で歓迎させてもらうぜ」
「一応、合法的なの頼む」
「わぁってるよ。良き客には良き計らいを。悪しき客には悪しき出迎えがジンギンの鉄則だ」
俺たちは笑みを浮かべて互いに握手を交わした。
それからリードの方を向く。
「俺たちは一旦はお別れだ。ナリンキを隣国まで移送しなきゃならねぇかえらな」
「要らない心配だろうが、道中は気をつけろよ」
「もちろんだが……惚れた男に心配されるってのは案外悪かねぇな」
リードは仄かに頬を赤らめながら言った。今の彼女は、以前の様相よりも女と分かる格好をしていた。全体像はそのままだが、豊かな胸を隠さず自然体となった。
「実は結構窮屈だったのでいい機会だった」とは本人の談である。改めて見ると、よくもまぁこれだけご立派なものを隠していたものだ。窮屈というのも非常に頷ける。
「どうした、もう俺のコレが恋しくなったか?」
俺の視線に気がついたのか、リードは少し前屈みになると腕を組み己の胸の豊か具合を見せつけるポーズを取る。
「顔を真っ赤にしてなければ、もっと様になってただろうな」
「くっ……やっぱりこういうのはまだ慣れねぇ」
「キュネイあたりに吹き込まれたんだろうが、あんまし無理はすんなよ」
初めての晩から昨日の夜まで、隙があれば積極的にこうしてアピールをしてくる。当人的には、キュネイたちに比べて付き合いが断然短いところを、どうにか追いつこうと色々しているらしい。最初はドギマギしたが、リードの一杯一杯な様子をみているとむしろ微笑ましく思えてくる。
「……でも、せっかく恋人になったってのに、すぐに離れ離れだと寂しいじゃねぇか。他の三人に比べて、遅れに遅れてるんだ。ちょっとくらい無理はする」
恥ずかしげにモジモジするリードに、不意打ち気味で胸が高まってしまった。
──なんだろう、この湧き上がってくるような感情は。
最初は酷い出会い方で火花を散らしたもんだが、今はこうして可愛らしい反応を見せてくる。その際に妙なときめきを抱いてしまう。
『まぁあれだ。いわゆるギャップ萌えってやつだ』
意味は分からなかったがなるほど、腑に落ちる言葉であった。
「ユキナ?」
リードの声にハッとなり、感慨深さに浸っていた頭が現実に引き戻された。誤魔化すように頭を掻いてから俺は口をひらく
「別に今生の別れじゃないんだ。移送が終わったら、改めてアークスに来るんだろ?」
「ああ、しばらくアークスに拠点を移すつもりだ。絶対にまたくるから。待っててくれ」
「楽しみにしてるよ」
先ほどニキョウとしたように、今度はリードと握手を交わし、俺は馬車に乗ろうと彼女に背を向けた。
「────ユキナ!」
と、馬車の側まで来たところで、背後からリードに名を呼ばれる。何事かと振り返った途端、俺は間近まで駆け寄ってきていた彼女に顔を掴まれると、強引に引き寄せられた。
「んんっ!?」
至近距離には目を瞑ったリードの顔と、触れ合う唇。突然の口付けに驚かされる。
「ちょ、リードさんっ!?」
馬車がガタリと揺れると、アイナが窓から身を乗り出す。しかし、リードは構わず口吸いを続け、じっくり俺の唇を堪能してから「ぷはっ」と息を吐きながら離れた。俺の唾液で濡れた自身の唇をペロリと舐め取り、リードは顔を真っ赤にしながら強気な笑みを浮かべる。
「俺がいなくても寂しがるんじゃねぇぞ『ダーリン』。またな♪」
馬車に乗っている三人でも手振りをすると、リードは最後に投げキッスを俺に向けると小走りに離れていった。
『あの娘、なかなかに情熱的だねぇ』
もはや上京したばかりのお上りさんではない俺も、今の不意打ちには顔を赤らめてしまった。
「………………」
「────ハッ!?」
並々ならぬ圧力に肩を震わせ、慌てて向いた先では、アイナが馬車の窓越しにこちらを機嫌悪そうなジト目で見据えてきている。ミカゲとキュネイはそんな彼女と俺を交互に見遣って肩をすくめていた。
あの一件があってからというもの、馬車で帰ってくる道中も王都に戻ってからというもの、アイナの機嫌が一行に治らないのである。
今回のことで判明したのだが、アイナは意外と嫉妬深い一面があるらしい。
抱きしめたり頭を撫でたりすると、顔はムスッとしていながらも、むしろ「もっと!」と言わんばかりに体を擦り付けてくる。まるで気難しい猫を彷彿させる。それはそれで可愛いのであるが、いい加減に笑顔を見せてほしい次第である。
もちろん、この辺りの事情をルデルに懇切丁寧語るつもりはない。
「今日はアイナとキュネイはお買い物ってことで朝から出掛けてるよ。ミカゲの方も鍛錬だとさ」
で、一人炙れた俺は、寂しく野郎と顔を付き合わせながら朝食を頂いていたというわけ。
『俺がいることも忘れんなよ』
相方のセリフを聞き流しながら、俺は食後の茶を飲んだ。




