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第百九十五話 優秀な『耳』


 中々に波瀾な休暇を終え、王都に戻って少しの日数が経過した。


「聞いたよユキナ君。ユーバレストでも随分と活躍したようじゃないか」

「現れるなりいきなりだな、おい。って勝手に座るなよ」


 昼間の飲食店で朝飯を食ってたところ、前触れもなく現れたのは以前に依頼を共にしたルデルであった。こっちが許すまもなく向かいの席に腰を下ろすと、そのまま店員に注文する始末。


「はっはっは。僕と君の仲じゃないか。遠慮は無しだろ?」

「そいつはきっと、先に席に座っていた俺のセリフだ」


 朗らかに笑うルデルに半眼を向けてしまう。やつは全く気にせずに、店員が運んできた朝食を食べ始めたので、もはや文句を言う気も失せるというものだ。


 しばし朝食を堪能し、一通りを食べ終えたところで改めてルデルが口を開いた。


「今回は中々に大物を仕留めたようだね。僕は別件で忙しかったら無理だったけど、そうでなければ是非とも件の抗争とやらに参加したかったよ。もちろん君たち側でね」

「耳が随分と早いな。一般にはまだ伏せられてる情報だぞ、そいつは」

「僕の『耳』は少しだけ優秀だってことさ」


 ルデルは己の耳を指差しながら得意げだ。きっと、独自の伝手や情報網があるのだろう。 


 ──残念ながら、ユーバレストの一件を完全に隠蔽することは不可能であった。


 元々の算段では、騒動をユーバレスト内部で納め、諸悪の根源であった悪徳商人(ナリンキ)を極秘裏に隣国に移送する手筈であった。


 正直、やろうと思えば不可能ではなかった。


 しかし、そこに待ったをかけたのはアイナだ


 理由はバエルとワイスの存在。


 これを伏せることは、ひいては人類全体への大きな不利益につながる。なぜなら、魔族が人間に擬態し社会に忍んでいた事実がユーバレストだけとは限らないからだ。今もどこかの街に姿を偽った魔族が潜んでいるかもしれない。


 ……中には友好的な魔族もいるかもしれないが、だからといって完全に伏せてよい話でもない。


 しかし、バエルらの存在を説明するには、関わることになった経緯──ナリンキの雇われであった事も明かさなければならないのだ。


 俺たちやリードの間で話し合った結果、ナリンキがユーバレストに潜んで暗躍していた事実は組合に報告。だがナリンキの身柄そのものは、当初の予定通りにリードが元からの依頼主である隣国に移送することとなったのだ。


 隣国はアークスに自国の失態を晒すことになるが、ナリンキの身柄そのものは確保できる。おそらくは隣国とアークスの間で協議が行われ、ナリンキの尋問から得られる魔族関連の情報を共有するという流れになると、アイナは予想していた。


「ナリンキは裏社会ではかなりの大物だ。もしアークスへ本格的に進出してきていたら、かなり厄介なことになっただろうね。水際で防げたのは行幸だよ。どうせなら、身柄もこっちに引っ張ってくれば大金星だったろうに」

「それだと、手柄が全部俺だけに集まっちまうだろうが」

「あの蹂躙のリードが絡んでたって話だし、贅沢すぎるか」


 ナリンキの大捕物は、俺たちだけでもリードたちだけでも失敗していただろう。現地組織であるジンギンファミリーと手を組んだからこそ成功した大仕事であった。俺だけの手柄にしてはあまりにも不義理がすぎる。


「そういえば、ニキョウ・ジンギンと義兄弟になったとも聞いたね」

「完全に非公開のはずなんだけどな、それは」

「安心してくれ。喧伝するつもりはない。俺の胸の内に秘めておくさ」

「是非ともそうしてくれ」


 今回の件を受け、国軍がユーバレストに査察部隊を派遣するようだが、裏社会の組織であるジンギンファミリーにも疑いの目が向けられる可能性はあった。が、その辺りはユーバレスト警邏組織の隊長と交渉し、弁明させる約束を取り付けた。


 ユーバレスト警邏組織の隊長は、ナリンキに買収されて半ば言いなり状態であった。組織内部に警邏の兵士に扮したナリンキの手下も紛れ込ませていたようで、かなりやりたい放題の状態であったらしい。俺が危うく拘束されかけた時に絡んできた兵士も、そうした者の一部であったのだろう。


 おそらく今回の件で隊長は責任問題で更迭にされるのは間違いなかったが、ナリンキとのつながりが露見すればそれだけでは済まない。最低でも牢屋送り、もしかすればもっと重い処罰が降るかもしれない。


 ニキョウから示された交渉という名の脅しに抗えずに、隊長は素直にこちらの要求を飲んだのである。


「しかし、君もついに裏社会デビューか」

「それだけ聞くとすごく人聞きが悪い」

「まぁでも、ニキョウ・ジンギンは今時は珍しいほど、昔気質の任侠だって話だよ。ユーバレストの外にも名が知れるくらいにね」

「ああ、やっぱり。なんか俺の中にあるマフィアとは違うとは思ってたけど」

「初出はともかく、今のマフィアのほとんどは、弱きからむしり取る側だからねぇ」


 俺が知るマフィアっていうのはやはり、ルデルが言った様な輩のイメージが強い。治安のいいここ、アークス王都でも裏に入り込めばよからずの組織に行き当たる。大抵は良い噂を聞かないし、素人が迷い込めば骨の髄までしゃぶり尽くされると。


 元々、マフィアというのは、法では対処できない悪辣から人々を守る者たちの自警団が発祥らしいし。主な収入はみかじめ(・・・・)というなの護衛代だったとか。今はとっくに形骸しているのが悲しい現実だ。


「もしニキョウ・ジンギンがそういった屑であれば、君も杯を交わそうとは思わないか。実際のところ、ニキョウ・ジンギンはどう言う人間だったんだい?」

「大酒飲みで騒ぐのが大好きな野郎だったよ。あと、対人戦に限ればミカゲも認めるくらいに腕達者だ」

「そいつはすごい。ちょっと会ってみたくなったよ」


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