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side braver13(前編)

勇者の回


「この度は本当にありがとうございました、勇者様方」

「いえ。実際のところ、僕らがしたことなんてたかが知れてますし……」

「そのたかが(・・・)で私はこうして今も生きてここにいるんです。謙遜なさらないでください」


 僕らに礼を述べるのは、仕立ての良い椅子に座る一人の少女。身丈には明らかに合わず、また初々しさも抜けきらない印象ではあったが、彼女はまだ十代半ばにして領主の座を引き継いだ貴族。正確に言えば、当主の座を正式に引き継いだのはほんの数日前。さらにその少し前までは命を狙われていた身であった。


 王都を出発してしばらく、僕ら勇者一行はある馬車が盗賊に襲われている場面に遭遇したのだ。作りの良さそうな馬車の周囲には既に護衛らしき者たちが血を流して倒れており、盗賊と交戦している生き残りは僅か。盗賊たちが馬車の扉に手をかける直前で、僕らの介入はどうにか間に合った。


 人間を相手に剣を振るうことにいささかの抵抗はあったが。


『彼らは自ら人の社会から外れた者たち。この場で逃がせば、またどこかで他の誰かが血を流します。それはあなたの本意ではないでしょう』


 レイヴァに促され、覚悟を決めた僕は無心で剣を振るった。


 少しして馬車の護衛と僕らを除き、動く者は誰もいなくなった。胸の奥底が凍りつく様な寒気を感じた僕の肩を、シオンとガーベルトが無言で叩いてくれた。あれがなければきっと、僕は今でも人を斬った感触を引きずり続けていただろう。


 ともあれそうして僕らが助けた馬車に乗っていたのが、今は領主の椅子に座っている少女フィンであった。


 事情を聞けば、フィンは父親の代理とし付近の村や町に視察に赴いており、その帰りだったという。本来であるならもう少し時間がかかるところであった、突如として父が危篤状態にあると言う手紙を受け取り、急ぎ戻るところで盗賊に襲われたのだ。


 僕らは、直前に訪れた村で荷物の配達を頼まれ、街道から少しズレた脇道を進んでいたのだ。ガーベルトが路銀の足しにと傭兵の依頼として勝手に請負い前金まで貰っていた。そのことでマユリに叱られていたのだが、まさかの幸運であった。普通に街道を進んでいたら、おそらくフィンは盗賊に殺されていた。


 ただ、フィンの馬車が盗賊に襲われたことについて、マユリは不審を抱いていた。この辺りは治安が良く盗賊が出没したと言う話は、直前に訪れた村を含めてあまり聞かなかったのだ。


 ──後に判明したことではあったが、盗賊に扮した刺客を差し向けたのは、フィンの兄であったのだ。


 フィンの父親は既に高齢であり、余命は幾許もないと医者に宣告されていた。そうなれば当然、跡取り問題が発生する。そして跡取り候補はフィンとその上に兄がいる。


 順当に考えれば兄が家督を継ぐと思われていたが、父親が指名したのはフィンであった。彼女はまだ十代半ばでありながらも聡明であり、父から仕事の一部を任されるほど。領地内の査察に出ていたのもその一環だ。


 対して兄は、決して無知蒙昧ではなく、貴族としての教養はあるものの放蕩気味で領民を軽視しがちなところがあったと言う。高齢に差し掛かってからできた待望の息子であったために甘やかしてしまったと、当主から聞かされた。


 その反省をもとに、フィンには少し厳しく教育をしたが、彼女は見事に父親の期待に応えてくれていたようだ。


 当主の判断は、領主の屋敷に勤める者たちや領民たちもおおよそが納得する内容であった――ごく一部を除いて。その筆頭は、言うまでもなく兄であった。


 フィンを領地に無事に送り届けた僕らは、こうして兄妹による跡目争いに巻き込まれることになった。もっとも、事を大きく荒立てたのは兄側であり、僕らはフィンを守る側だ。


 一時は僕が勇者としてフィンが領主に相応しいと主張できれば早かったかと考えたが、即座にシオンに却下された。確かに可能ではあるが、相手がなんら地位のない一般人であるならともかく、フィンは貴族だ。公明正大が是であるとしては勇者が特定の貴族に肩入れしたと言う事実が残れば、後々に要らぬ問題を引き起こすのは確実だと。


 だが、事態は急変を余儀なくされる。


 僕らが屋敷を訪れてから数日後に、フィンの父親はお亡くなりになってしまったのだ。シオンにも見てもらったが、寿命であったことは間違いないと。


 急ぎ当主を引き継ぐこととなったフィンであったが、正式の場で領民に跡を継ぐ旨を表明する必要があった。逆を言えば、それまでにフィンを排除することができれば兄が代わりに当主の席に座ることになる。


 ──兄はフィンを排除するためにいよいよ手段を選ばなかった。口の固い外部の者を秘密裏に雇い入れ、フィンを襲わせたのだ。ここでようやく、僕らはフィンと出会うきっかけであった盗賊の襲撃が兄の仕業であると確信したのだ。


 だが、そこで疑問が浮かび上がった。


 兄が差し向けてきた刺客たちはガーベルトの見立てでは単なる数の寄せ集めではなく、腕の立つ者ばかり。加えて装備の質も非常に良い。これだけを人員を雇い入れ装備を揃えるとなると、貴族の子息とは言え、遊び呆けていた息子が払い切れるはずがない。


 おそらくは兄の背後には後援者がいるとマユリは判断した。フィンも同じ考えだったようだ。


「……兄があの様な手段に出るとは、今になっても少し信じられません。確かに素行の良い人ではありませんでしたが──」

「我らとしても、この様な結末はいささか予想外でしたがね」


 少し陰りのある表情を見せるフィンに、シオンは肩を竦めた。少し無神経とも思える態度であったが、心境で言えば僕やマユリ、ガーベルトも似た様なものだ。


 ──驚くべきことに、フィンの命を狙った襲撃者の中に魔族がいたのだ。


事件はすでに解決はしてる模様。

次回で結末編

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