第百九十三話 お前に奪ってほしくて……
R15指定な回です
砂糖をまぶしておりますので、用法容量を守って正しくお読みください
キュネイが部屋を出て行ってからしばらく、リードは俺の隣に腰を下ろしていた。どちらが促したわけでもなく自然とそうなったとしか言いようがなかった。
「俺さ、やっぱりお前のことが欲しいんだ」
やがて、とつとつとリードが語りだす。ふとした拍子に視線が絡み合い恥ずかしげに目を逸らすのを繰り返しながら。
「そ、その……勘違いすんなよ。最初は男だの女だのってのは抜きだった。ただ、お前みたいな奴が傭兵団で──俺の右腕になってくれたらすげー楽しいんだろうなって」
今の俺なら少しわかる気がした。なんだかんだでこいつと肩を並べて戦うのは、ミカゲが隣にいる時の心強さとはまた別の意味で楽しいと感じた部分があった。
「そう思ったらもう我慢できなかった。スレイを久々に本気で使ったせいでテンションがぶち上がってたしな。……まさか地面ごと蛇腹を引っこ抜かれるとはなぁ。ありゃぁ本当に痛快だったぜ」
くつくつと思い出し笑いをするリードは、笑ってから寂しげにため息を漏らした。
「けど、本気でぶつかって分かっちまった。俺の『強欲』程度じゃぁお前を繋ぎ止められねぇ。そいつを心底思い知らされた」
「でも、諦められないんだろ?」
「ああそうさ。簡単に諦められるくれぇなら最初からテメェをぶちのめそうなんぞおもわねぇ」
リードは結局のところ、己にどこまでも正直なだけだ。そういう点で言えば、もしかしたら俺たちは少し似ているのかもしれない。
「そんな話を、治療に来てくれたキュネイちゃんにしたんだよ。そしたらキュネイちゃん怒るどころか、なんて返したと思う?」
──ユキナくんをリードくんのモノにできないのであれば。
──リードくんがユキナくんのモノになれば良いのだ、と。
「元は王都で随一の娼婦だって聞いてるが……王都の娼婦はみんなああなのか?」
「それはキュネイがちょっと特異なだけだ」
「最初は何の冗談かと思ったけど、次の診察に来た時に山ほど衣装を持ってきて、ようやく本気だって思い知らされた」
ジンギンファミリーが関わっている娼館に赴き、調達したようだ。目を瞑ると、キュネイが嬉々としてリードを着飾っている光景が瞼の裏に浮かぶ。
「で、上手い具合にキュネイに乗せられて今に至ると」
こくりと、リードは恥ずかしげに頷いた。
俺は顔を手で覆ってしまう。もしかすると、キュネイはリードが女と分かってからずっと、この機会を狙っていたのかとさえ勘繰ってしまう。初対面の頃からはともかく、途中からは何となくではあるが考えていたのは確かだろう。
「…………実際のところ、リードはどう思ってんだよ、キュネイの提案ってのを」
「あの提案が何を意味するのか、理解できないほど俺も初心なおぼこじゃねぇし、分かってる。でなきゃ、こんな格好してここまでこねぇよ」
羞恥やらでなんやら、リードが両腕を抱いて体を縮こませる。すると自然の彼女の豊かな体つきが強調される形になり、腕に挟まれる柔らかい二つの山が主張を強めた。
「さっきの褒め言葉、死ぬほど恥ずかしかったけど、実は同じくらいに結構嬉しかったんだぜ? いかにも女って格好をするのは随分と久しぶりだったからな」
「今のお前を褒めない奴は、一人の男として致命な欠陥がある」
「そうか……へへ」
顔を赤ながらも、リードは嬉しそうに笑った。今の彼女を見て『蹂躙』と二つ名が付くほどの傭兵と分かる者はいないだろう。
「男の姿をしてたのは、その方が傭兵でいる分には都合が良かったからだ。傭兵団を率いるにもこっちの方が楽だったしな。だからってわけじゃねぇが、いつも欲しくなるのは女だった。手前よりも弱い男に抱かれるってのは論外だった」
これまでも娼館に足を運んだり、時には同業の女傭兵に声をかけたことはあれど、男とは一度たりとも夜を明かしたことはないとか。
「それに、喧嘩で男に負けるなんて久しぶりだった。蛇腹剣を手に入れてからは初めてだ。そういう点では……全然申し分ないんだが」
リードは言い淀みながら、困ったふうに頬を掻いた。
「ここまでお膳立てされながら言うのはちょっとあれだが、お前が欲しいってのは別に男女のアレやこれやじゃなかったんだわ」
「そりゃぁまぁ、最初から薄々は分かっちゃいたが」
どちらかと言えば、ニキョウが盃を欲した理由に近いのだろうということは察していた。だからといって気落ちするような話ではない。曲がりなりにも二級であり一流の傭兵に認められたという事なのだから。
「……でも、キュネイちゃんと色々と話して少しだけ気が変わった」
「うん?」
疑問に首を傾げる間もなく、リードは俺の肩を掴むとベッドに押し倒した。
覆い被さった彼女が浮かべるのは、獲物を前に至福を抱く獰猛な肉食獣の笑み。寸前までは百人が認めるほどの美少女が見せるには凶悪でありつつ、ただそうであっても彼女の野生的な美貌をさらに際立たせていた。
「中途半端は俺の沽券が許さねぇ。俺がお前のモノになるってんなら、それこそ全部をくれてやらなきゃ気が済まねぇ。俺がお前の全部を欲したようにな」
「お前が自分の強欲を我慢する代わりに、俺がお前の強欲を背負えってことか」
「実に言い当て妙だ」
リードの整った顔立ちが、熱い吐息が頬に触れるほど間近に迫る。これは……単に羞恥の類で昂っているものではない。
「……お前もキュネイの媚薬を飲まされたのか」
「自分で飲んだんだよ。こうでもしねぇと俺自身、踏ん切りが付かなかった。お恥ずかしい限りだが、男とするのはこれが初めてでね」
俺とは違い、リードは自分の意思で媚薬を飲んだ。つまり、彼女は覚悟を持ってしてここにいて、俺をベッドに押し倒している。
「……本音を言えば、俺はお前のことは嫌いじゃない。けどそいつは友情的なアレだ。お前が女だって分かってからもそいつは変わってねぇ」
俺の言葉に、リードがムッと顔を顰めた。この状況での発言にしては弱腰が過ぎていると感じたのだろう。
「けどな」と、俺はリードの肩を掴み返し、強引に上下を入れ替える。俺がベッドにリードを押し倒す格好だ。
「今の俺は、リードにすごく興奮してる。そんな格好で迫られて、女にああまで言われて、何の反応もしないほど俺は枯れちゃいない」
媚薬による後押しは確かにあるのだろう。だがそれがなかったとしても、俺はリードにたまらなく魅力を感じていた。
「ただ、この昂りが単なる肉欲なのかそうじゃ無いのかまでは分からない。このままの状態で先に進んでいいのかは、ちょっと迷っちまう」
俺だって故郷にいた頃の経験なしではない。すでに幾度も女性と体を重ねてきている。だがそれらは全て、想いを伝え合い、更に深い繋がりを求めた結果。ただ肉体の欲に任せたことはなかった。そのことが、俺に待ったを掛けていた
「はっ、そんな事か」
俺なりに真剣に悩んでいるというのに、リードは呆れたふうに鼻を鳴らした。
今度はこちらが顔を顰める番であったが、そんな俺の両の頬を掴むと、リードは強引に自身の顔に引き寄せ──唇を合わせた。
ただただ、重ねるだけのオママゴトのような口付け。
目を見開いて驚く俺を余所に、顔を離したリードは引き攣った笑みを向ける。
「どうだ、興奮したか?」
「後二秒くらい続けてたら我慢できなかった」
「だったらそれでいいじゃねぇか」
リードは俺の左手を掴むと、仰向けでも形を崩さない自らの豊かな胸に導く。手の平に伝わるのは、どこまでも指が沈み込む柔らかさとしっかりと押し返す弾力の二律背反に加えて、確かな存在感を主張する小さな塊。おそらくは
この世で最も男を魅了する女性の象徴。
「剥き出しの男と女の間に、理屈だ建前なんぞ今はいらねぇ。手前の赴くまま、抱く欲のままにすりゃぁいいんだよ」
心臓の鼓動が痛いほどに高鳴っているのを自覚しながら、左手からはリードの動悸が早っているのも分かった。俺と同じく、彼女も昂っているのが分かった。羞恥を上回る情熱が今のリードを支配している。
「女を前にしてグッときたんなら、そいつで十分だ。恋だの愛だのってのは後からいくらでも付いてくる。少なくとも、俺と黒刃の間はそうだ。違うか?」
「……ああ、違いない」
体は燃えるように熱くなっていたというのに、浮ついていた気持ちがストンと収まるところに落ちたように感じられた。だがそれは極めて冷静になったという意味ではない。嵐の前の静けさであり、理性の糸が切れる直前の空白。
俺は目を瞑りながらリードと唇を重ねた。先ほどのものよりも深い口付け。俺なりの踏ん切りがついたことへの意思表示だ。
繋がった唇を離すと、リードの潤んだ目が俺を映していた。
「黒刃……」
「ユキナだ。雰囲気が台無しだろ」
「……そうだな、ユキナ」
三度目の口付けは互いを引き寄せあった。
両者の距離が零になった、余分なものが一切合切削ぎ落としたキス。これから始まる事への期待や不安。胸中に渦巻く狂おしいほどの欲が、どれほどのものか。
息を吐くのも忘れるほどの接吻を止め口を離せば、水気を失った唾液が別れを惜しむように繋がり、やがては重力に惹かれてリードの胸元を汚した。
「ユキナ、奪い尽くしてくれ。俺がもうお前の所有物だって、心の底から分からせてくれ……」
──囁く願いに応え俺はリードに覆い被さり、彼女を余す事なく貪ったのだった。
これまでの甘々じゃなくて、ほんのり苦味とコクがある感じをイメージして仕上げました。




