第百九十二話 盛られたようですが
未だにどんちゃん騒ぎが続く中で、俺は治療で世話になった部屋に戻ると、魔法具に明かりを灯しベッドに寝転がった。最高級のもてなしのために、安宿のそれとは比較にならないほどの柔らかさ程よい弾力さが心地よかった。光源の魔法具も上質なもので、光の強さを調整できるというものだ。
「お早いお戻りじゃねぇか相棒」
「やっぱり病み上がりだったか。あんまり酒は飲んでねぇんだが」
ニキョウと話してからしばらくはそのまま酒を楽しんでいたわけなのだが、さほどきつい酒を飲んだわけでもないのに体が火照ってきてしまった。回復したばかりと言うこともあり、大事をとって他のみんなよりも早めに宴を切り上げてきたのだ。
席を離れる際には、キュネイが部屋に来る旨を伝えてきた。やはり医者として気に掛かることもあるのだろう。なんか妙なほどにご機嫌そうに笑っていたのが気になるが。
「あっちぃ……」
火照った顔を手団扇で仰ぐが、熱は全身に行き届いており焼石に水といった具合か。ただ苦しいわけではなくむしろ体調は良いくらいであった。
「そういやぁ、結局リードのやつとはほとんど話せてなかったなぁ」
宴には当然、リードも参加しており、俺らからは少し離れた席に座っていた。行こうと思えば簡単に行ける距離であったのだが、遠間でふとした瞬間に目が合うとリードがすぐに目を背けてしまうのだ。おかげで尋ねるタイミングを逃し、そうこうしているうちに俺は部屋に戻ってきてしまった
「この前の今日だぜ。やっこさんも多少なりとも思うところはあるんだろ」
「そんな殊勝なタマかね、あいつが」
俺と目が合った時以外は、傭兵団の者たちと愉快に酒盛りをしていた。自身の暴走についてはさほど引きずっている風ではなかった。それもどうかと思うが。
「じゃぁ相棒におっぱい見られちまったからじゃね? どさくさで揉んじまったみたいだし」
「半分くらいはあいつの自業自得だろうが、あれは」
「ああいうのは何をおいても男が悪いって相場が決まってんだ」
グラムの言葉で思い出しかけ、振り切ろうと寝返りを打つ。だが酒精で少しばかり浮ついた頭にはいささか刺激が強かった。妙な気分が込み上げてきそうになる。
灯りの魔法具から発せられる光を弱目に調整し、俺はベッドに横になった。
「俺はちょっと寝る。キュネイが来たら起こしてくれ」
「あいよ」
──寝ると宣言はしたものの、体の火照りがどうも抜けずに一向に睡魔は来なかった。
悶々とした感覚を抱えたまま目を瞑り続けが、油断をするとリードのあらわになった豊かな双丘が脳裏に浮かび上がりそうになる。
その度にキュネイやミカゲ、アイナの双丘を思い浮かべて打ち消すのだが、結局はそれでまた悶々とする羽目になる。厄介な堂々巡りのできあがりだ。
だいたい、どうやってあれだけのものを隠していたのか。包帯か何かで締め付けてたにしたって限度があるだろうに。
「寝るんじゃなかったのか?」
「やかましい。声かけてくんなよ」
心中を見抜かれたようでグラムが揶揄ってくると、俺は目を閉じたままぶっきらぼうに言葉を返した。
「起こせっつったのは相棒だろ。キュネイが来たぞ」
眠れはしなかったが案外と時間は経過していたようだ。身を起こすと、あれほど騒がしかった宴の喧騒がほとんど聞こえなくなっていた。
「……あと、ついでだがリードも一緒に来てる」
「マジかよ。話がしたかったような、そうでもないような」
よろしくない想像をしていたばかりだけ合って、若干の気まずさがあった。ただ、このまま寝たふりでやり過ごすのもどうかと思い、黙して待つことになった。
少しして、部屋の扉がノックされる。
『ユキナくん、起きてる』
「起きてるよ、入ってくれ」
扉が僅かに開かれてキュネイが顔を覗かせると、俺は強い既視感を覚えた。
──こいつ、また何かやったな。
今のキュネイが浮かべている穏やかな笑顔と、それに似合わぬ怪しげな雰囲気。また俺の預かり知らぬところで企みをした時のそれだ。
自然と身構える俺に、キュネイがクスリとを笑みを溢す。
「あ、やっぱり分かっちゃう? 大丈夫よ、そんなに警戒しないで」
「前科とかあるからな……油断できねぇんだよ」
「私がユキナくんに損な企みをしたことがあったかしら?」
言われてしまえば結局はその通りなのだが。ミカゲの時はいい方向に傾いたし。
そのまま部屋に入ろうとするキュネイだったが、何かに引っ張られるようにして動きが止まる。彼女は「ちょっと待っててね」と言い残すと、一旦扉を閉めた。
『な、なぁ……やっぱりやめにしねぇかキュネイちゃん』
『あら、ここまできて怖気ずいちゃったかしら』
扉越しに、リードとキュネイの声が聞こえてくる。
『怖気ッ……いや、どっちかっつーと恥ずかしいんだよ! 似合わないだろ絶対!』
『自信を持ってリードくん。王都一の娼婦とまで言われた私の見立てを信じなさい』
『そりゃぁそうかもしれないけど……絶対に笑われるってこんなの』
『安心なさい。ユキナくんはこう言う時はちゃんと真っ直ぐに見てくれるから』
『……それはそれでくっそ恥ずかしいんだけど』
『もう……こぉんなに凄いのを持ってるんだから。もっとしゃっきりしなさい』
『ふひゃぁっ!? ちょ、キュネイちゃん!?』
外から随分と姦しい会話が伝わってくる。あいつら、丸聞こえだと言うことに気がついていないのだろうか。ただ、聞こえてくる内容からいまいち要領が得ない。
ミカゲやアイナと一緒というのなら色々と腑に落ちるが、どうしてリードと一緒なんだ?
『鈍いなぁ相棒。それはそれとしてこっからは念話も視覚も切るから、ごゆっくりな〜〜』
どこまでも他人事のグラムから、念話が途切れる感覚。
眉を顰める俺であったが、扉が再び開かれた。
「お待たせユキナくん」
キュネイが部屋に入ってくると、扉の外に向けて手招きをする。
しばらく息遣いの音だけがしていたが、やがてゆっくりと姿を表す。
それを一目見た瞬間、俺の心臓は痛みを伴うほどに強く高鳴った。
現れたのはリードに違いなかったが、その姿は傭兵然とした粗野なものではない。
千人がいれば千人が美女と頷く艶やかな装い。女性の象徴とも言える豊かな乳房を申し訳程度の布で隠し、程よく鍛えられながらも肉感のある下半身の大部分を惜しみなく晒している。左目の眼帯はむしろ、謎めく神秘的な印象すら与えるほどだ。
「どうかしらユキナくん。率直な感想は」
「……キュネイに出会う前だったら、一目惚れするくらいに似合ってる」
俺の忌憚のない言葉に、下手に入った時点でただでさえ赤かったリードの顔がさらに赤みを増した。この時から、俺は彼女をもう男として見ることはできなくなった。たとえ男の洋装をしたところで認識を変えようがない。
「正直でよろしい。良かったわね、リードくん」
「────────ッッッ」
微笑みかけながらキュネイが肩に手を置くと、耐えられないとばかりにリードは俯いてしまう。俺もつられて顔を伏せてしまう。
動悸の早る胸に手を添えながら、俺はふと違和感を覚える。
先ほどから──部屋に戻ってからどうにもおかしい。酒の酔いは一向に冷めず、時間をおくごとにどんどん体温が上がっていくような感覚だ。
「ところでユキナくん、体の調子はどう?」
「どうって……別に悪くないが。いや、身体が妙に熱いっつーか火照ってる感はあるけど」
不意の問いかけに正直に答えると、キュネイはうんうんと満足げに頷いた。その様子に、俺はようやく気がついた。宴の際に、彼女が俺に酒の酌をしていたことに。
「キュネイ、まさか──」
「うん、ユキナくんが飲んでたお酒に盛ったわ」
医者が患者に媚薬を盛る事案勃発。この体の火照りは酒精に酔っているのではなく、媚薬で発情しているのか。
「遅効性でそろそろ本格的に効いてくる頃じゃないかしら。まぁ媚薬と言ってもちょっとムラムラして精力がつく程度のものだから安心して」
「どのあたりが安心要素なのか問い詰めたい気分だよ」
艶やかな美女となったリードを前に、理性の糸がチリチリと悲鳴を上げていくのがわかる。精神的のみならず、肉体的にも揺れ動いている最中だ。
さすがの所業にキュネイを軽く睨みつけるが、彼女は小さく苦笑すると俺に近づき額に口付けをした。
「少し強引なのは認めるわ。でも、このくらいしないとユキナくんもリードくんも意地を張っちゃうでしょ。だからちょっとだけ背中を後押しさせてもらったわ」
キュネイは俺の頬を撫でると離れ、そのままリードの隣を通り過ぎると部屋の扉に手をかけた。
「後は二人でごゆっくり」
そう言ってキュネイは扉を閉め去ってしまった。
後に残されたのは、俺とリードの二人だけだ。
この状況がキュネイにお膳立てされたものであるのは十分すぎるほどに理解できた。だがどうして彼女がこんなことをしたかまではまだ分かっていなかった。
たわわの時点で勘の良い読者の皆さんは察していたでしょうね。
甘い話ですよ。




