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第百九十一話 盃らしいですが


 ほどもなく、俺とリードは無事に完治のお墨付きを貰うことができた。戦闘行為は控えるように言われたが、それ以外では多少激しく動いても問題はないと。


 そんなわけで。


「待たせたな野郎ども! 待ちに待った宴だぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 ──うぉぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!


 ニキョウの盛大な音頭に伴って、居合わせた全ての者が酒の注がれた杯を掲げて大いに盛り上がる。酒場の窓が震えるほどの大声量は、皆がどれほどにこの瞬間を待ち侘びていたかを表していた。


 宴のお題目は当然、カルアーネファミリーとの抗争に勝利し再びジンギンファミリーがユーバレストの裏社会の頂点に君臨したことの祝勝会だ。


 ジンギンの者たちはすぐにでも始めようと盛り上がりかけていたが、ニキョウがこれに待ったをかけた。此度の抗争における最大の功労者を差し置いて酒盛りして良い道理はない。加えて、今日この時に至るまで、手下の全員に禁酒を言いつけたのだ。またそれに倣い、傭兵団の面子も従い、断腸の思いで酒を絶っていた。


 皆が皆、宴が始まることを心の底から──本当に切実に待望していたのが、開幕の様子で窺い知れた。一人残らず、杯に注がれた酒を一息に飲み干すほどだ。なんかもう、単に酒を飲みたいだけになってやしないだろうか。


『宴なんぞ大概が酒を飲む為の口実に決まってんだろ』

「だよなぁ……」と馬鹿騒ぎを始めた者たちに囲まれながら、俺は質の良いフカフカのソファーに腰を下ろして杯を傾けていた。一応は主賓ということで一番良い席を用意され、テーブルの上にも最高級の代物(さけ)が並んでいた。


「皆さん、昨日まで抗争中の時よりもピリピリしていましたからね」

「ユキナ様を差し置いて酒盛りをするなど言語道断──と呼ぶには少し躊躇いが出てくるほどに殺伐とした雰囲気でしたよ」


 一緒のソファーに座るアイナとミカゲが諸々に呟く。俺が動けない間に、後処理で色々と動き回ってくれていたようだ。どうにか報いようと動くと、結局は彼女たちに世話になってしまう。その辺りを非常に申し訳なく感じる時もあるが。


主人(あるじ)の役に立つことこそ何よりの誉れです。お気になさらずに」

「いつだってユキナさんに大切に思われるのは分かってますしね」


 相変わらずミカゲとアイナがいい子すぎて涙が出てきそうになる。これからも精進して彼女たちに相応しい男にならなければと強く思った。


「でも、これでようやくユーバレストでの騒動に区切りがついたって実感が湧いてきたわ」


 キュネイは隣に座り、空になった俺の杯に酒を注ぐ。完治のお墨付きとはいえ、病み上がり俺が無尽蔵に酒を飲まぬようにとのお目付け役だ。此度の宴においては、俺の飲酒管理は全て彼女に一任する形だ。これにはミカゲもアイナも素直に同意していた。



「よぅ、飲んでるか兄弟!」 


 すでに出来上がりつつあるニキョウが大笑いをしながらやってくる。グラムがザルと称するほどの大酒飲みが宴が始まった序盤で酔うはずもない。実際のところは雰囲気に酔っているのだろうが、


「飲み比べには付き合わねぇからな。こちとら病み上がりだ」

「祝いの席でそう堅いことを──ってぇ本来は言うところだが、お医者さんには従わねぇとな」


 笑顔のキュネイを前に、ニキョウは素直に引き下がった。もとより強く勧めるつもりもなかったのだろうが、彼女の迫力に気押されたのも少しはありそうだった。


「ところで兄弟。例の話、少しは考えてくれたか?」

「またその話か。お前もしつこいねぇ」


 酒を勧めるのとは別件で、ニキョウはグッとテーブルに身を乗り出した。


『例の話』というのは、ニキョウがまさに口にしている兄弟(・・)の件だ。


「しつこくもならぁ。あんなの見せられちゃぁ是が非でも盃を交わしたくもなるってぇもんだ」


 最初は前の酒の席で勢いのままに出てきたが、ノリや冗談ではなく正式に『兄弟の杯』を交わしたいとニキョウが申し出たのだ。


 俺がまだベッドから動けない時にも、何度か訪ねてくる度に決まって真剣な眼差しを向けながらこの話を出してくる。


 しかも、だ。


『対等どころか、ニキョウが下ってんだから、相棒もちっとは躊躇うか』


 マフィアの間では、関係を結ぶにあたってこうした『盃』を交わすことがあるのだという。その場合に取り決めた『分』の采配によって上下関係が生まれ、血の繋がりに等しく──あるいは更に強固な結びつきが生まれる。本当はもっと深い話のようだが、この辺りの説明はグラムが要約してくれた。


 話が出てきた最初は対等の『五分』かと思っていたのだが、ニキョウが申し出たのは、四分六の盃。驚くのはニキョウが四で俺が六。つまりは俺が(うえ)の立場であることだ。


「兄弟の──ユキナって人間の漢っぷりに心底惚れ込んじまったんだ。漢が漢に惚れちまうった時点で、どちらが上かなんぞ語るまでもねぇのよ」

「ユキナ様の勇姿を間近で見れば当然かと。その辺りを弁えているあたり、ニキョウはやはり見込みがありますね」


 ちびちびと酒を口に含みながら、しれっとミカゲが口を挟んだ。ニキョウが盃に拘るのも、彼女が俺の配下になりたいと望んだ心境に近いものがあるのだろう。


「勘違いをさせたくはねぇが、盃を交わしたところで兄弟に後援(ケツモチ)をしてもらおうなんぞケチなことは考えちゃいない。兄弟がジンギンファミリー(おれたち)を頼ってくれるってんなら、盃云々を抜きにしていくらでも協力させてもらう。いやさせてくれ」


 言葉の至る所から滲み出る力強さに、ニキョウがどれだけ本気であるかが伺えた。


 意見を聞こうとアイナに目を向けるが、彼女は無言で首を横にふる。俺自身が決めることであると、言葉もなく告げていた。キュネイも微笑みながらお酌をするだけで口出すをするつもりはないようだ。


『相棒、そろそろ観念しな』


 グラムのニヤけた声に、俺は頭を掻いた。


 実のところ、俺はこの気持ちの良い粋な漢が好きになっていた。男気が良く喧嘩も強い。付き合いは短いが、ファミリーの面々から立場を抜きにしても深く慕われているのが見て取れる。


 そんな人物からこうも真正面から気持ちをぶつけられて、無碍にできるほど枯れているつもりはなかった。


 ニキョウが真っ直ぐに見据える中、俺は一息をついてから(グラス)に注がれた酒を煽った。ここから先は素面(シラフ)で口にするのは少し小っ恥ずかしかったからだ。


「……年上の野郎に兄貴(アニキ)とか呼ばれたら背中が痒くなる。せめて呼び方は兄弟(・・)のままにしてくれ」

「──っしゃぁぁぁ!」


 俺が発した言外の同意に、ニキョウは心底嬉しそうに両の拳を握りしめた。勢いよく立ち上がると、馬鹿騒ぎの最中である酒場に向けて、大声を張り上げた。


「野郎どもっ、聞けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ニキョウの声に、乱痴気騒ぎであった酒場が一瞬にして静まり返った。全員の注目が集まったのを確認すると、更に声を発する。


「この俺、ニキョウ・ジンギンは黒刃ユキナと四分六の盃を交わす許しを得た! 今この瞬間を持って、ジンギンファミリーはユキナとその一行の傘下に入る! 文句がある奴ぁは名乗り出ろ! 俺が直々に根性を叩き直してやる!!」


 緊張感すら伴う静けさに、俺は思わず唾を飲み込む。 その直後、ジンギンファミリーの面々の全てが両膝に手を置き、頭を下げた。


「「「よろしくお願いしやす、ユキナの叔父貴(おじき)!」」」 


「お、(おう)。よろしくお願いしやす」


 一糸乱れぬ同調した動きと声に気押され、反射的に返事をしてしまうのであった。


盃云々はふわっと受け入れてください

とりあえずユキナがニキョウの兄気分になってジンギンファミリーが傘下に入ったって思っていただければいいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 親分(=父親)の兄弟だから叔父貴か、なるほど まあ手駒が増えるのはいいこと
[気になる点] ほどもなく、俺とキュネイは無事に完治のお墨付きを貰うことができた。 俺とリードは かな?と思ったけど 俺はキュネイから のがしっくりくるかな?
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