第百九十話 気づいていたようですが
伏線についてのお話
キュネイの診察によれば、全身に骨の亀裂や筋肉の損傷があったが、特に酷かったのが脇腹の傷であった。もう少しでも戦いが長引けば、本当に傷口から内臓がこぼれ落ちて大変なことになっていたらしい。
そんなこんなで絶対安静を言い渡された。治療が終わるまでの間、ベッドから一歩たりとも動くことを禁じられ、身を起こすのも誰かの介助が絶対だとキュネイに言い渡された次第だ。
もし聞かなかったら、精気を根こそぎ吸い尽くして物理的に動かなくするとまで言われた。医者としてのキュネイには絶対に逆らえないなと思い知らされた瞬間だった。
ただ面会謝絶まででは無かったようで、寝たきりの俺の元には事後報告やら世間話やらで誰かしらが訪ねてきており、状況の推移を把握するには十分であった。
だが、何よりも確認しておかなければならないことがある。
「お前、リードが最初から女だって分かってたのか?」
「ええ。どのタイミングで教えるかちょっと迷ってたし、ちょうどよかったのかしら」
さも当然とばかりに、キュネイは俺の脇腹に清潔な包帯を巻き直しながら問いかけに頷いた。思い返せば、初めて会った時からキュネイはリードからの好意はやんわりと拒絶をしながらも、純粋な交流に関しては前向きだったように感じられる。
カルアーネとの最初の抗争が会った日も。
「やたらとリードの傷を気にしてたのって……」
「そりゃぁ傭兵稼業に負傷がつきものなのは百も承知してるけど、だからって女の子が自分の傷に無頓着なのもダメでしょ?」
なんでも、キュネイが娼婦として働いていた時も、男の装いをした女性の客を相手にしたことが幾度かあったようだ。やんごとない身分の者もいれば、リードのように傭兵もいたらしい。
『そういやぁ、最初にリードに言い寄られた時「あなたのような人と一夜をともにした事はある」っつってたな』
かつての経験か、あるいは淫魔としての直感か。キュネイ自身も正確な判別はできないが、おそらくその両方が初対面であるリードの性別を見抜いていたらしい。
「別に隠してたわけじゃないんでしょうけど。前に相手をした傭兵さんも他の傭兵に舐められないように男装をしていたわ。かといって、心底から女を捨てていたわけじゃ無いのよ」
「……アレの場合、単に面倒くさかったって気もするが」
「両方じゃないのかしらね」
リードともみくちゃになって地面に転がった時、手のひらに妙に柔らかい感触が触れたのを思い出す。おそらくはキュネイ並みに豊かなアレをガッシリ掴んでしまったのだろう。直後にぶん殴られたわけだが、リードが女性であるならあの怒り具合も理解できなくはない。よくもまぁあれだけご立派なものを押さえ込んでいたもんだ。
「ところでリードの方はどうなってんだ。別の部屋で寝てんだろ?」
「あの子もユキナくんとはまた違った意味で安静が必要ね。外傷はほとんどなかったけれど、とにかく脳が極度に疲弊していたわ。私が診察する時以外はほとんど寝ているみたい」
もし仮に、ある日突然に俺に新しい三本目の腕が生えたとする。だがぶっちゃけ俺は三本目を満足に動かせる自信がない。人間だって、赤ん坊の頃から訓練することでようやく手足を満足に動かせるようになる。突然腕が生えたからと言ってすぐに動かせる筈がない。
ましてはリードの見せた咬滅せし八岐大蛇は八本。これだけの数を動かすとなると、想像するだけで頭が痛くなる。
「心配しなくてもいいわ。ユキナくんと同じで、深刻な負傷はないみたい。あと二日もすれば日常生活は問題ないくらいに回復する見立てよ。どちらも傭兵稼業を再開するにはもう少し時間がかかるでしょうけど」
「頼まれても、しばらくは働きたくねぇなぁ……」
「でしょうね。外も中もほぼ傷は塞がったけど、念をとって今日一日は大人しくしていてね」
包帯を巻き終えたキュネイはベッドから立ち上がると、最後に投げキッスを残して部屋を出て行った。
誰もいなくなった寝室で、俺はベッドに改めて横になりながらグラムに声をかける。
「まさかお前よりも早くキュネイが気が付いてたなんてなぁ」
「仕方がねぇだろ。妙だとようやく分かったのは、リードが眼帯を外した時からだ。本当はあの時に相棒にも伝えようとしたんだが──」
奇しくもちょうどその瞬間にバエルが乱入し、流れで戦闘が再開してしまった。以降はずっと伝えるタイミングを逃し、最後の最後で慌てて俺を制止したというわけだ。
「しかし、まさかバエルとワイスを取り逃すハメになるとはなぁ」
「文句はリードに言ってくれ。あいつが暴走したせいで、それどころじゃなくなったんだからな」
倒れていたはずのバエルとワイスは、いつの間にか影も形も失せていた。俺とリードが派手に戦っている最中のどさくさに紛れて逃げたのだろう。
加えて、二人が倒れていた場所からその付近は、俺が大魔刃に絡みついた蛇腹を地面ごと引っこ抜いた拍子に一緒に捲れてしまい、血の跡を追うのは不可能になってしまっていた。
「あいつら、またどこかに隠れて悪さをすると思うか?」
「魔族といえど、あの傷だ。簡単に復帰できるかは分からんね。ただ、今回の件を考えるに、似たような形で潜伏してる魔族ってのが他にいても不思議じゃぁねぇな」
「できる事ならもう会いたくはねぇ」
「相棒、王都の一件で相当に目の敵にされてるっぽいからなぁ」
あの二人だけではない。きっと、王都の混乱に乗じて各地に潜んでいた魔族が一斉に蜂起する算段だったのだ。そいつを根幹からぶち壊した俺らが恨まれるのは当然なのだが。
「だからだよ。次にかちあったら確実にまた殺し合いになるじゃねぇか」
「前回も今回も、一歩間違えりゃぁ相棒が死んでたかもしれないしな」
「それもあるが──」
俺は自身の手を見る。思い出すのは、魔族の腕を切断した時の感触だ。肉と骨を断ち切った手応えは、数日経ってなおも俺の手に深くこびり付いていた。
「進んで経験したいものじゃぁないな、ああいうのは」
「相手が魔族でもかい?」
「いざという時は躊躇うつもりはねぇし、身内を傷つけられたら落とし前はキッチリ付けさせる。ただその辺りは、誰が相手でもやることは変わらないさ」
俺と俺の大切なものを傷つけるような奴であれば、人間で魔族でも等しくぶちのめす。
自身の覚悟を固めるように、俺はグッと拳を握りしめた。




