表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
仲間とがんばる冒険者
29/163

命からがら逃げ出そう

「今日の報酬はいらないから」

 言い方がまずかったらしい。

 フィフィアの表情が曇ってから、そう気が付いた。

「いや、ちょっと手伝ってほしいことがあって」

 魔物の生態の調査をしたい。

 昨日は夜を徹して資料を読解した。

 興味深い記録もあったが結局、魔物についてあまりにも無知だと思い知らされた。

 だから今日の狩りは時間を割いて森の調査を並行したい。

 当然、討伐数が減るだろうから自分の分け前を辞退したのだ。

 以前のスキル検証実験で、俺の流儀を理解しているクリサリスは了承した。

 フィフィアも頷いた。

 二人の分はちゃんと稼ぐからと約束したが、表情が晴れることはなかった。


 看破2、探査3、射撃管制1、射撃2、

 隠蔽1、剣術1


 俺が現在取得しているスキルの全容だ。

 未解明の固有スキルを除いてこの数だ。

 一般のスキル所持者と比べて数が多い。

 これほどのカードを揃えていて稼ぎが悪いのなら、問題は別にあるはずだ。

 魔物の生態を解明してスキル群を効果的に運用するのが今後の課題だろう。

 正直に言えば、そういう小難しいことを考えるのは苦手なのだが。

「クリサリス、右の方向に行ってくれ」

 探査によって魔物を避ける。午前中は魔物の生態調査に使わせてもらおう。

 午後にまたグルガイルを狩る。二人分なら二十頭で十分だろう。


 わりと頻繁に使用しているせいか、探査の使い方が習熟してきた。

 探査には対象をある程度絞り込む機能がある。

 例えば魔物を探査の対象とする。

 すると脳内地図は赤い光点であふれかえる。

 これではかえって獲物を探しにくい。

 だから大きさで絞る。

 一概には言えないが魔物の危険度はサイズに比例する。

 中型犬以上のサイズを指定すると、赤い光点の数はぐっと減る。

 この切り替えは感覚的なもので試行錯誤するしかない。

 俺が探しているのは低リスクの魔物だ。

 理想を言えば小さくて弱くて換金部分が高価で、群れる習性のある魔物だ。

 さらに欲を言えば大人しくて動きが鈍くて逃げ出さないのがベストである。

 そんな都合のいい魔物がいたらいいなあ。

 そうしてさ迷っているうちに森の西側区画で変な反応を捉えた。


 あとから振り返ってみれば、それが偶然だったと分かる。

 まず大小問わず魔物を避けたこと。

 余計な時間を掛けたくないので探査を使って戦闘をすべて回避した。

 目的は魔物の生態観察だった。

 そのため冒険者があまり立ち入らずに荒らされていない西側区画を選んだ。

 魔物の数が少ないので稼げないそうだ。

 それらの積み重ねによる出来事だったのだ。


「なんだこりゃ」

 今までにない反応を追って森の奥に入ったら、奇妙な場所に出た。

 森の中に円形の広場があり、その中央に土の山がある。

 首を傾げながら二人に合図を送り、身をかがめる。

 土の山の高さと大きさは物置小屋ぐらいだろうか。

 むき出しの土の表面は加工されたように滑らかだ。

「鎧蟻ですね」

 クリサリスの指差す方向には、昆虫じみた生き物が十匹ほど徘徊している。

 ただし大きさは柴犬ぐらいだ。

「するとあれは巣か?」

 小山の内部には、さらに多くの魔物の反応がある。

 だが反応はもやもやして判別しがたい。

 一箇所に魔物が集中しているせいか?

「鎧蟻はそこそこの買取価格でしたね」

 クリサリスが呟く。

「そうなのか?」

「はい。鎧蟻の霊礫は品質がよく、さらに外殻が素材として利用できます」

 久々に看破を発動する。

 思うところがあって、最近は他人に使用していない。


 名称:大鎧蟻

 年齢:9ヶ月

 種族スキル:警戒網


 今までに見たことがないスキルだ。

 ニュアンスとしては甲殻トカゲの索敵と同系統だろうか。

 だとしたらこれ以上接近しないほうがいいかもしれない。

 名前はアリだが、俺の知っているアリとは似ていない。

 どちらかと言えばイナゴだ。

「硬そうだな」

 身体を覆う殻が陽光に反射して黒光りしている。

「はい。攻撃するなら胴体の継ぎ目か、頭を潰すらしいです」

 背中や脚に威嚇的な突起物が生えている。

 体当たりでもされたら痛そうだ。

「狩りますか?」

 うーんどうすべきか。

 霊礫が小さくても数がいるからそこそこ稼げるだろうが。

 だけど、なんとなく嫌な感じがする。

 特に虫嫌いではないが、あの大きさだとちょっと不気味だし。

「やめておいたほうがよくないか?」

「鎧蟻はそれほど手ごわくないらしいですよ?」

 気乗りしない俺にクリサリスが言葉を重ねる。

「あと巣の所在を知らせるとギルドから金一封が出るらしいです」

「じゃあそっちで」

「やりましょうよ」

 フィフィアが発言する。そう言えば今までずっと黙り込んでいた。

「しかし」

「大丈夫よ。わたしが一発あの巣にぶちかまして蒸し焼きにしてやるわ」

 彼女にしてはずいぶんと好戦的な発言だ。

「いったん戻ってギルドに報告してから出直しても」

 出来れば鎧蟻の情報を確認したい。初見の魔物を相手にするのは恐い。

「大丈夫、必ず仕留めるから!」

 勢い込むフィフィア。

 俺はクリサリスの顔を見詰める。

「いきましょう」

「二人がそう言うなら」

 二対一なら従うべきだろう。強硬に反対してチームワークを乱すのも危険だ。

「じゃあ俺とクリサリスが防御するから。フィフィアは自分のタイミングで」

「はい」「わかったわ!」

 フィフィアのやる気がみなぎっている。

 今朝から落ち込んでいたのでひと安心なのだが。

 俺とクリサリスが前に出て剣を構える。

 フィフィアが背後で魔術スキルの発動態勢に入った。

 目標は前方の巣とおぼしき小山。

 周囲を徘徊する鎧蟻は魔術スキルが着弾したあとで対処を

「気付かれた!!」

 一応、距離は置いていた。

 木立の奥から様子をうかがっていたが、警戒している様子はなかった。

 なのにいきなり、鎧蟻がこちらに迫ってきた。

 風向きでも変わって臭いが届いたのか、それとも

「警戒網か!?」

 フィフィアのスキル発動が感知されたのか!

 確かギルドの受付嬢にもそんなスキル持ちがいた。

「関係ないわ!」

 フィフィアが叫ぶ。背中に熱風を感じた。

 俺とクリサリスは左右に退避した。

 その間を、大きな火の玉がごうごうと直進する。

 こちらに迫る鎧蟻数匹を巻き込み、小山に直撃した。

 紅蓮の炎が小山を包み、盛大に燃え盛る。

 凄まじい威力だ。よほど気合を入れたのだろう。

 俺とクリサリスは生き残った鎧蟻を迎え撃つ。

 数メートル先で鎧蟻がジャンプする。

 やっぱりイナゴじゃん!

 俺の初撃は、鎧の突起物に当たってはじかれた。

 鎧蟻を地面に叩き落したが生きている。

 舌打ちして跳びかかってきた二匹目の鎧蟻を避ける。

 横を通り過ぎようとした鎧蟻に剣を振り下ろす。

 外殻の継ぎ目を狙い、上下半身を切断した。

「いったんかわせ!」

 俺のアドバイスが聞こえたのかどうか。

 クリサリスも避けてから滞空中の鎧蟻を始末する。

 俺は地面に落ちた鎧蟻を踏みつけた。

 剣の柄を逆手に持ち、狙いをつけてから切っ先で頭を刺し貫く。

 その間にクリサリスは二匹目を仕留めた。

 フィフィアの攻撃を逃れたのはこの四匹だけだった。

 俺は一息つき、鎧蟻を拾い上げて袋に入れる。

「・・持ってかえるの?」

 フィフィアが嫌そうに顔をしかめる。

 クリサリスも同じだ。

「すみません、私もそれはちょっと」

 どうやら二人とも、俺の企みに気が付いたらしい。

「いや、結構いけるんだよ」

 なにしろイナゴだ。イナゴとくれば

「佃煮と言ってね。俺の故郷でよく食べられているんだ」

 ちょっと大げさに言う。実を言うと俺もそんなに好きではない。

 特に脚の部分の食感がいまいちだ。醤油もないし。

 だけど何事もチャレンジだ。

「しかし派手にイッたなあ」

 小山の炎は次第に鎮火してゆく。

 全部蒸し焼きにするといった言葉は本当だった。

 探査でも反応はうかがえない。

「ざっとこんなものよ!」

 スキルの反動で疲れた様子だが、フィフィアは意気軒昂だ。

 完全に復活した彼女にクリサリスも苦笑する。

 さて、後は熱が冷めるのを待ってあの山を崩してみるか。

 中に幼虫でもいれば、また食材に出来るかもしれない。

 二人の嫌がる姿が目に浮かぶようで、そっと忍び笑いを漏らした。



 そうして浮かれる気分の裏で、先ほどの嫌な感じはまだ残っていた。

 元の世界で、蟻の生態は興味の対象だった。

 種類によって違う多様な社会性と能力に驚嘆した。

 彼らの作る社会が帝国と表現されるのを思い出した。


 探査を全開にした。

「ヨシタツさん?」

「静かに!!」

 俺はしゃがみ込み、地面に手を添えた。

 その行為に意味があるのか、自分でも分からない。

 少しでも効果があればと、藁にでもすがる思いだった。

 チャンネルを次々に切り替える。

 違う、違う、違う、違う、こうじゃない

 地面など存在しない

 探査は物質を選択的に透過する

 街中なら壁さえも通り抜ける

 違う、そうじゃない

 地形にとらわれるな、探すべき場所は

 地下だ!



「逃げろ!!!」

 俺はフィフィアを肩に担いだ。

 以前と同じように。あの上級魔物からの逃走劇と同じように。

「ヨシタツさん!!」「いったい!?」

「クリサリス、走れ!」

 疑問の声を封じる。

 答えている時間はない。

 答えはすぐ背後に現れるはずだ。


「あっ」

 肩の上でフィフィアが声を漏らした。

 背後にある、あの小山から出現したものを見たのだろう。

 地下から這い上がる、数百匹の鎧蟻の群れを。

「ヨシタツさん、あれは!」

「分かっている!前を向け、振り返るな!」

 見なくても分かる。探査を使えば目で見える以上に詳細が分かる。

 だから走れ。

 俺は腰から麻痺毒の入った革袋を取り出すと、中身を地面にぶちまけた。

 効果があるかどうか分からない。

 やらないよりはマシだ。

 殺虫効果がなくても臭跡が誤魔化せれば御の字だ。

 俺たちが走る地面の奥底にも彼らの帝国は広がっている。

 幾重にも張り巡らされた地下迷宮だ。

 俺たちは彼らの領土に入った侵入者であり、攻撃者だ。

 地上にあったのは巣ではなく、おそらく砦だ。

 そこを破壊されたのだ。全軍で迎え撃つだろう。

 今も地面の底では鎧蟻が走っている。方向は反対だ。

 小山にある出口に向かっている。

 だとすると出入り口は一箇所なのかもしれない。

 これは朗報だ。向かう先でいきなり地面からわき出ることはない。

「ごめんなさい、ごめんなさいヨシタツさん!」

 フィフィアが泣いている。背後の光景にショックを受けているのだろう。

 きっと黒い川のような鎧蟻の群れを目の当たりにしているはずだ。

 それらが自分達を追っているのだ。

 恐怖に錯乱しても不思議ではない。

「ごめんなさい!」

「フィフィア?」

「こんな、こんなつもりじゃなかったの!」

「フィフィア、大丈夫だから」

「ヨシタツさん嫌気がさしたんじゃないかって思ったの!」

「はい?」

「だからいろいろ調べているんだって!ヨシタツさんならひとりでも稼げるから!」

「ねえちょっと聞いてくれないか?」

「私たちだってやれるんだって!力を合わせればもっと強くなれるって!」

 俺はフィフィアを肩に担いでいる。

 女の子の扱いとしてはどうかと思う。

 お姫様ダッコ?無茶言うな。

 剣は鞘に戻してある。無剣流発動中だ。

 つまり片手は自由だ。

 パン!

「ひゃああ!」

 ちょうど顔の横にフィフィアの尻がある。

 パン!パン!

「ひひゃ!ひひゃい!!」

「クリサリス、ヤツラはまっすぐにこちらに向かっているか!」

「いえ!先頭の列が乱れています!」

 尻が邪魔なのでクリサリスに確認してもらう。

「先ほど私たちが通った場所を避けているみたいです!」

 ありがとうコドクガエルさま!

 こんど石像を作ってお奉りします!

 ですからなにとぞ私たちにご加護を!

 俺は麻痺毒を与えてくれた両生類に祈りを捧げた。


 どれほど走っただろうか。

 足が棒になりそうだ。

 だけど止まることは出来ない。

 距離は離したが、まだ鎧蟻達はまだ諦めていないようだ。

 シツコイ!

 大部分は巣に戻ったようだが、一部隊は追撃中だ。

 だが山場は越えたようだ。あとは体力の続く限り走るのみ。

 喉が焼けるほどに渇いている。

 ほとんど惰性で走っている。

 地面の草に足をとられた。

 とっさに身をよじって、フィフィアをかばう。

「ぐええ!」

「きゃああ!」

 あまり上手くいかなかった。

 彼女の尻と腿の下に両腕を差し込み、多少衝撃を和らげたくらいだ。

「ヨシタツさんだいじょうぶ!?」

 ゼエゼエと息を整えるのがやっとで返事ができない。

「わたしが代わります!」

 クリサリスがフィフィアを引き剥がす。

「ひとりで走れるわ!」

 良かった、多少回復したらしい。

 これなら何とか逃げ切れる。

 そう思って立ち上がろうとしたら、膝が笑ってまた倒れ込んだ。

「三分だけ時間くれ」

 その位の余裕はあるはずだ。

 それに追跡部隊だってそろそろ諦めてくれるはずだ。

 距離を測ろうとして探査を発動する。

 この先にだって魔物がいる可能性がある。

 そうだ!上手くやれば追跡部隊を押し付けることができるかもしれない。

 俺は期待して探査範囲を広げる。魔物なら小型でも大型でもいい。


「うそ、だろ?」


 前方に魔物の反応があった。

 乱れていた息が一瞬、止まる。

 魔物の数は五体。

 それは、いい。

 数だけなら厳しいが、なんとかやり過ごせる。

 だけど、その反応の大きさが。

 中級魔物クラスだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ