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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
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可愛い子には意地悪を!

 それからは三人で連携して狩りを始めた。


 いままで街中の近距離で使用していた射撃スキルを限界まで試し、その精度と射程距離が知りたかった。

 岩陰に隠れている魔物を探査で探し、射線を確保できる位置まで隠蔽しながら移動。

 弩で矢を放ったらクリサリスが突進、必要ならとどめを刺す。

 この丘陵地帯に住む魔物は群れを作らず、単体で活動している。

 しかも警戒心が強く、身を隠しているので狩りにくい。

 それでも昼ごろまでには小型の魔物を十匹ばかり獲得できた。


「今日はこのぐらいかな」

 今日は初日だし、無理をしないほうがいい。

 俺達は地面に座り込み、昼食を始めた。

「あ、いいなあ」

 干し肉と乾パンをかじっていたフィフィアが、俺のシルビアさん特製弁当に目を付ける。

「ひと口、ひとくちで良いからちょうだい?」

「よしなさい、はしたない」

 ねだるフィフィアを、クリサリスがたしなめる。

 俺は燻製肉を菜っ葉で包み、指で挟んでフィフィアに差し出す。

「ほら、あーん」

「あーん」

「ちょ、ちょっとフィー!」

 冗談だったのにひな鳥のように口をあけるフィフィア。

 俺は苦笑しながらフィフィアの口に燻製肉を入れてやる。

「っ! おいひい!」

 ひと口かみしめ、目を丸くするフィフィアに俺も満足する。

「そうか、良かった」

「クリスも食べてみなよ!」

「え、わたしは・・・いいわよ」

「遠慮しないで、ホラ!」

 それって俺のセリフじゃないか?

「ほら、どうぞ」

 ふたたび菜っ葉で包んだ燻製肉を差し出すと、もじもじと顔を赤らめるクリサリス。

 なにやら葛藤しているらしい彼女、やがて意を決したのか目をつぶる。

 いきなりカブり付いてきやがった!

 なんとか燻製肉を犠牲にして、あわてて指を引っ込める。

 指を食い千切られそうになった恐怖に肝を冷やしながら、一心不乱に咀嚼するクリサリスを眺める。

「とても美味しいですね!」

「そ、そうか? 好評だったってシルビアさんに伝えておくよ」

「噛むほどに次から次へと味がにじみ出てきて鼻に抜ける香りも良いし!」

「いったい何の肉かしら? 鳥? いいえもっとしっかりした味わいで・・・・」

 にぎやかに議論する二人を眺めながら、俺は肉じゃがを食べる。

 シルビアさんにリクエストした料理だが調味料がないので味は完全に別物だ。

 それでも食感が似ているので、なんとなく懐かしい。

「頭硬鳥モドキのもも肉だよ」


 頭硬鳥モドキは二本脚で走る魔物の一種だ。嘴はあるが翼はない。一般的には禿ドリと呼ばれている。

 見かけが好きではないと言う人は多い。簡潔に言うと羽根が抜け落ちた裸の鳥だ。生々しい鳥肌である。

 大型犬ほどの体格で頭がやけに大きくテカテカとしている。そして硬い。頭にだけまばらに羽毛が生えている。

 生理的に受け付けないと毛嫌いする女冒険者も多いらしい。

 人間を見つけると発達した太ももで疾走し、跳び上がって頭突きをしてくる。とにかく頭がでかくて、それに硬い。

 なんでも頭蓋骨は加工すると新人冒険者用の兜になるそうだ。俺が目を付けたのはその肉だ。

 独特の臭みがあって食肉としては見向きもされず、頭と霊礫を回収されれば、その身は放置されている。

 臭いはともかく味は悪くないと思った。

 だから俺はシルビアさんと相談し、塩漬けなど色々な加工を試みてみたが、どうしても臭いが消しきれず、残ってしまう。

 ならば、その臭いを活かすことはできないか。

 俺は頭硬鳥モドキを燻製してみることにし、その独特の臭みと相性がいい燻煙材を探し回った。

 時にはこれは、と思うものもあったが、大半は悪い意味で相性が良すぎ、凄まじい悪臭を放つ塊になってしまった。

 近所迷惑を懸念し、街の外で試験を繰り返す俺を、巡回中の兵士が尋問することもあった。

 その時は、凄まじい異臭を放つ燻製肉に恐れをなした兵士は逃げ出して事なきを得たのだが。

 そしてようやく最高の燻煙材に出会うことが出来たのだ!


「・・・とまあ、そこからまた苦労話が続くのだけどね。それはまた今度にしよう」

 二人とも慣れぬ素材の魔物料理を口にしたせいか、ショックで口もきけない状態だ。

「禿ドリが・・・・」

「・・・・こんなに美味だなんて」

 悔しさと嘆きが入り混じった声が聞こえてきた。

 俺は昼食を終え、地面に寝転がった。

 空が高い。一眠りすることにした。


「わたし・・・ヨシタツさんに汚されちゃった」

「おい」

「信じていたのに」

 うつろな目でなじられた。人聞きが悪い。

「でも、良かっただろ?」

「ひと時の快楽に溺れた自分の浅ましさが恨めしいよ」

「また満足させてやるさ」

「きっともう貴方を拒めないんだわ。騙されていると知りながら・・・」

「なんの話をしているの!」

 後ろにいたクリサリスが、顔を真っ赤にして怒鳴る。

「料理だろ?」

「料理の話よ?」

 ぐっと言葉に詰まるクリサリス。

「話の流れからして、燻製肉のことしかないだろう」

「そうよ。禿ドリがあんなに美味しくなるなんて、詐欺みたいだと思ったけど。きっとまた、ヨシタツさんに魔物料理で騙されるんでしょうね」

「もっとおいしいのを作って、二人の舌を満足させてみせるよ」

「楽しみだわ」

 そして二人同時にクリサリスを見詰める。

 彼女は羞恥に顔を染め、俺たちを追い越してズカズカと先に進んだ。

 その背を眺めながら思わず呟く。

「初心だな」

「ウブね」

 俺とフィフィアは顔を合わせ頷き合う。

「分かる? 彼女の可愛さが?」

「分かるとも。あの恥らう可憐さ、正直背中がぞくぞくする」

 俺とフィフィアは手をがっしりと握り合う。

「同志ね!!」

「ああ、同志だ!」

「誓いの言葉を、ヨシタツさん! あの宴の夜にシルビアさん達三人と誓ったような、魂が震えるような言葉を!」

「いいとも。こんなのはどうだ」

 俺は息を吸い込み、朗々と唱える。

「可愛い子には意地悪を!!」

「最高よ、素敵だわ!」

 俺たちは拳を振り上げ、天に向かって吼える。

『可愛い子には意地悪を!!!』

 下衆極まりない誓いだ。

 旅をさせないどころか、裏切り者には死を、みたいだ。

 クリサリスは振り返り、涙目で俺たちを睨んだ。

 さらに速度をあげ、俺たちから距離をとる。

「あなたのせいよ」

「おまえのせいだよ」

 俺たちは罪をなすりつけ合い、決別した。


 誓いなど、道を違えばむなしいものだった。

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