彼女たちとの護衛契約
今日からまた、冒険者に復帰だ。
ベラの件から1ヶ月以上が過ぎた。
その間、熱が出たりといろいろあって、だいぶ体力が落ちてしまった。
傷がふさがった頃から、俺は運動不足で衰えた体力の回復に専念した。
街を散歩したり、あるいは一人で小型の魔物を狩ったり、魔物料理の開発にいそしんだりもした。
魔物料理に関してはそれなりの成果を出したが、身体は本調子に戻っていない。
身体の一部にちょっと引きつるような感覚が残っている。
一人では、下級以下の魔物を狩りに行くのでさえ正直不安だった。
「ヨシタツさん!」
悩みながらギルドの扉をくぐると、俺に気が付いたフィフィアが駆け寄ってくる。
その後ろからクリサリスがついてきた。
「ああ、おはよう。これから出掛けるのか?」
「はい。今日は南門から荒野に出かけるつもりです」
「身体はもう大丈夫?」
フィフィアが心配そうに俺の身体を見詰める。
彼女たちには詳しい事情は話していない。
街でチンピラに絡まれ、喧嘩になったと言ってある。
時々見舞いに来てくれたりもした。
「ああ、もう大丈夫。ところで最近の稼ぎはどうだ?」
「さっぱりですね。北の森に入れないのがきついです」
クリサリスの返答。例の上級魔物はいまだに北の森を徘徊しているらしい。
彼女たちといったん別れ、受付のデインさんに話を聞いてみた。
森の上級魔物の存在がはっきりと確認されたらしい。
実力のある契約パーティーが、たまたま遭遇したそうだ。
不意を襲われたが、スキル持ち達がなりふり構わず奥の手をさらけ出したおかげで、負傷者を出しつつも脱出に成功した。
上級魔物出現の報せは、冒険者ギルドを震撼させた。
この街の上位の冒険者を含むパーティーが逃げ出すしかなかったという事実は、残りの冒険者を萎縮させるには十分だった。
そして放置しておけばそのうち森の奥へ引っ込むだろうという期待まじりの予想は、見事に外れることになる。
ギルドが放った斥候職の冒険者たちがいまだに上級魔物の痕跡を見つけている。
ギルドも事態を看過できず対策を講じたが上手くいっていない。
特別報奨金を出して上級魔物の討伐を募ったが、名乗りをあげるパーティーはなく。
部隊を編成して上級魔物の捕捉・撃滅を目論んだが、指名された冒険者たちは拒絶した。
これは冒険者ギルドがもつ、自由を尊ぶ気風が悪い方向に働いた結果であろう。
冒険者の生死を全て自己責任だとするギルドには、同時に冒険者を強制的に動かす権利はない。
自分の命を危険にさらして稼ぐ冒険者は、当然ながら割りに合わないリスクを冒してまでギルドに従う義理はないのだ。
こうした事態の影響をもっとも強く受けるのは、北の森を稼ぎ場とするクリサリスなど、新人・若手冒険者たちだ。
中堅以上の冒険者は、北の森の入り口を大きく迂回して中級魔物を狩ることが出来るが、若手以下の冒険者には無謀すぎる。
必然的に彼らは北の森以外の地域で下級以下の魔物を狩るしかないのだが、警戒心の強い小中型の魔物などは手間暇が掛かる割には稼ぎが悪い。
中堅冒険者だって、安全な経路を外れて北の森の深層手前で狩りを行うのはリスクが高いのだ。
いまはまだ、深刻な状況ではあるが冒険者たちは事態を見守る余裕がある。
だがこのまま手をこまねいていては、いずれ致命的な状況になりかねない。
最悪のケースとしては、冒険者ギルドの内部崩壊が考えられる。
以上が俺が療養中に進展していた冒険者ギルドの近況だ。
俺は情報をくれたデインさんに礼を言って、喫茶室に向かった。
そこではクリサリスとフィフィアがお茶を飲みながら待っていてくれた。
「・・・・けっこうまずい状況みたいだな」
「すみません、怪我の療養中のヨシタツさんにお話しするのもためらわれて」
クリサリスが頭を下げる。
「いや、気を使ってくれてありがとう。どうせ事前に知っていても、どうしようもなかったし」
「そうそう、わたしたちみたいな下っ端が悩んでも仕方がないよ」
そうだなと俺は苦笑しつつ、たぶんフィフィアの反応そのものが、現在の状況を生み出している原因のひとつだと思った。
「そうすると、俺も南で狩るしかないか」
南の狩場は、大きな岩がごろごろしている丘陵地帯だ。強力な魔物は少ないが視界が利かず、岩場に隠れた魔物から奇襲を受ける可能性が高い場所だ。
森の魔物と違って、地の利を活かす知恵があるのが厄介なのである。
「俺も今日から復帰しようと思ったんだが、身体がなまっているからな・・・」
「・・・なら、どうですか。わたしたちと一緒にパーティーを組むのは」
クリサリスはいまだに、俺とパーティーを組むのを諦めていない。
しつこくはないが、こうしてタイミングを見計らって探りを入れてくる。
「すまない」
「いえ、いいんです。こちらも気長に口説くつもりですから」
珍しく、茶目っ気を見せて笑うクリサリス。
「クリスはこうと決めたらしつこいからね。早々に諦めた方が楽よ」
「フィー!」
きゃあと、わざとらしい悲鳴をあげてフィフィアが俺の背後にまわる。
俺は苦笑しながら考え込む。クリサリスがそこまで俺に固執するのは探査スキルのためだ。
俺としても彼女たちの近接、中距離の攻撃力は頼りになる。
「なあ、提案があるんだが。護衛の仕事、頼めないか」
俺達は喫茶室で打ち合わせた後、ギルドに通して契約書を結んだ。
契約内容は俺の魔物討伐の補助、条件は期間が十日、報酬は銀貨百枚。
狩った魔物の利益は三等分というものだ。
契約前に内容を説明している途中で、フィフィアが首を傾げる。
「それってパーティーを組むのと違うの?」
確かに、獲物の利益はきちんと等分に分配するのだ。
彼女にしてみればさらに別途報酬を貰うので、俺が損をしていると思うのだろう。
だが俺にとっては大違いだ。
「本来の目的は、療養中だった俺がカンを取り戻すことだ。あと、色々と試したいこともある。
つまり、魔物を狩ることが主な目的ではない。獲物を三等分するのは、討伐の補助をしてもらうのに、やる気を出してもらうためだ」
「・・・それにギルドを通して契約するのは、守秘義務を課すためですね」
クリサリスは察しが良い。
「まあ一応、ケジメのつもりだ。ただ、守秘義務なんてものは、信頼できる相手にしか期待できないものだから。
そういう意味では、君たち以上の相手はいない」
少し不機嫌だったクリサリスの表情が緩む。信頼しているからこそ、守秘義務の契約が出来るのだと言われて、悪い気はしないだろう。
それに、クリサリスは俺の能力を自分たちの戦力強化に利用したいはずだ。
だから俺に関する情報をバラしても、周囲からの干渉を招いて彼女に利益はない。
「あとギルドを通して依頼を達成すれば、ギルド内部でのクリサリスやフィフィアの評価につながる」
ひとつの仕事を上手く達成するには、お互いの利益を最大限に尊重することだと信じている。
一方的に不利益を押し付けるのは、将来的かつ広い意味で、自分も損をしてしまうと思う。
護衛の報酬があるとは言え、討伐の利益は未知数だ。
良い条件を提供できるなら、それにこしたことはない。
「いいんじゃないかな?」
「そうだな、親しい間柄でもきちんと取り決めが結ばれるのは安心感がある」
フィフィアは乗り気で、クリサリスにも否やはない。
ならば早々に、準備を整えよう。




