とりにてぃ
「どういうことなの!」
会長の金切り声に、冒険者ギルドの女性職員達は思わず首を竦めた。
リリとの遭遇戦に警戒感を抱いた彼女達は、すぐさま拠点を移動させた。
ここはかつて、ギルドの宿舎として利用された建屋で、頑丈な造りの二階建てだ。
ただ不都合なことがあって、利用する者もないまま寂れてしまっている。
彼女達は二階にある一室で、作戦を続行しようとしていたのだが。
「四番、九番、十番が作戦遂行後に消息不明、偵察に向かわせた六番帰還しません」
淡々とした口調で報告する三番だが、彼女もまた眉をひそめている。
不気味な異常事態に、誰もが言い知れぬ不安を掻きたてられていた。
「リリさんに捕まっちゃったんじゃないの?」
「強いものねえあの子」
五番と八番の意見を、三番が首を振って否定する。
「いいえ。タヂカさんの関係者に発見されたら、すぐに逃げるように指示しました。少なくとも、一人ぐらいは帰還できるはずです」
「じゃあ、八高弟さん達に見つかったんじゃ」
「そうだな、その可能性が一番高いだろうな」
「いいえ、それは大丈夫です」
会長がぼそりと呟くと、二番が目を細める。
「どういう意味だ?」
「…………あの方達は、わたし達の思惑に気付いていませんから」
会長が目を逸らすと、二番がずいっと詰め寄る。
「どうしてそんなことが分かるんだ」
「さ、さる筋からの情報で――――」
「そもそもあんたは、どこから今日のデートの話を嗅ぎ付けたんだ?」
後ろに下がろうとする会長の手を掴み、その目を覗き込む。
「最初から変だと思ったんだ。カティア様とタヂカさんのデートを、触れ回るやつがいるとは思えない。なのにあんたは、やけに詳しい情報を得ていた」
「…………」
「それだけじゃない。状況から考えてこっちの情報も漏れている。そうでなければ五番達が待ち伏せを受けるはずがない」
「――――あっ!?」
七番が素っ頓狂な声をあげ、全員の注目が集まる。
「…………あなた、ひょっとして?」
三番の咎めるような視線に、七番が慌てて首を振る。
「ち、ちがうんです!? 昨日、久しぶりにあの子に会って、お茶を飲んだんです。もしかしたら、その時ちょろっと口を滑らせたかなあって? で、でも大丈夫ですよ! だってあの子は――――」
「あの子?」
「ほら、あの子ですよ、コザクラちゃ――――」
「撤収ですわ!!」「荷物をまとめろ! すぐに逃げるぞ!」
会長と二番が、怒鳴る様に指示を出した。
「バカじゃないの! ザクラっちはタヂカさんのシンパなんだよ!」
「リリさんを手引きしたのはあいつか! だとすると他にも」
「おしゃべりは後にして! 彼女はこの場所を知っているはずです!」
「でもどうする! きっと他の施設にも手が回っているぞ!」
自分の発言がもたらした混乱に、七番が顔面蒼白になる。
「コザクラちゃんは同僚だったんですよ!? わたし達を裏切るはずが――――」
「裏切りますわ、彼女ならば絶対に!」
「必要なら例えかつての仲間でも売る! あいつはそういうやつだ!」
そのまま全員で部屋を飛び出した。廊下を走りながら、会長は自分の迂闊さを呪う。
全てを台無しにする推理力。
もし彼女がこちらを探っているのなら、やがて全てが崩壊するだろう。
会長は身震いする。
彼女はどんな案件でも解決するが、敵味方問わず被害をもたらすギルドの禁じ手だった。
待ち伏せや四人の失踪も彼女の手引きだろうと、彼女は確信する。
そして彼女の介入を知ることができたのは、もはや事態が手遅れだからなのだ。
そのことに思い至った時、彼女は玄関へと続く階段の手前で踏み止まる。
「裏口から出ますわ!」
驚く仲間を促し、来た廊下を急いで戻った。
その背中を、ドカンという轟音が叩く。
玄関のドアを蹴破る音が、まるで自分達の陰謀が瓦解する幻聴に思えた。
「ごめんください、殴り込みに来ました」
「クリサリスさんです! 玄関には彼女一人です!」
三番が音響を解析したが、クリサリスが相手では逃げるしかない。
裏口付近には、フィフィアが待ち構えているだろう。しかし、突破できる唯一の可能性だ。
一縷の望みを託した会長は、自ら対決する覚悟で裏口から飛び出した。
「よお! うちの愚弟が世話になったらしいじゃねえか」
双剣ベイルが、鞘に納めた剣で肩を叩きながら笑い掛ける。
呆気なく希望が潰えた。牙を剥く獣のような笑顔を前に、会長は愕然とした。
ベイルの隣では、フィフィアが迷惑げな顔で彼を睨んでいた。
「ベイルさん、こちらが先に目星をつけたんですから、邪魔しないでくださいね?」
「あいよ。こっちは後で、マリウスのことを尋問できればいいさ」
ベイルはあっさり譲ったが、フィフィアの目付きが剣呑になる。
「…………その件ですけど、わたしもマリウス君には、後でちょっとお話がありますから」
「お、おう?」
「下手にかばい立てなんてしないで下さいね?」
フィフィアがわざとらしくほほ笑むと、ベイルはカクカクと頷いた。
「さて、それでは大人しく投降して頂けますか?」
フィフィアの勧告に、会長の膝から力が抜けてへたり込みそうになる。
フィフィア一人なら、なんとかなったかもしれない。
だが八高弟の次兄相手では、どんな抵抗もむなしい。
仲間が怪我でもしないうちに、大人しくお縄を頂戴しようと思った。
意気消沈した会長の腕を、二番が支えた。二人の視線が交差する。
周りを見る。もちろん怯えているが、仲間達は誰一人として諦めてはいない。
「わたし達の団結力、見せてやりましょう」
いつも冷静沈着な三番までもが、そんなことを言う。
そうだ、まだ負けたわけではない。立って歩けるうちは、足掻いてみせる。
ここで挫けたら、カティア様があの男の毒牙に掛かってしまうのだ。
どんなことがあっても、負けるわけにはいかない!
ギルド職員達の意地と決意を悟り、フィフィアは油断なく体術スキルを発動した。
「避けろっ!」
ベイルが叫び、剣を振う。ガシャンと、何かが砕ける音がした。
頭上から、いくつもの瓶が降ってきた。
周囲を囲む建物の窓に、仮面を着けた男達が身を乗り出していた、
彼らは手にした瓶を、フィフィアとベイルの周囲に次々と投げ落とす。
地面に落ちて割れた瓶から、白い煙が噴き出した。
「《魔物避け》か!?」
ベイルが自分とフィフィアの口を押え、急いで後退する。
魔物が忌避する燻煙が、もうもうと辺りに立ち込める。
ギルド職員達も慌てて退避する。逃げ遅れた七番が、刺激臭のある煙を吸って咳き込む。
突然の状況変化に呆然とする会長の背後に、人影がそっと近付いた。
「今のうちに退け」
耳元で囁かれ、会長が振り向く。赤い仮面の男が佇んでいた。
「…………もしやあの方の!?」
「ああ。女帝が神殿に向かったと、言伝を頼まれた」
赤仮面の言葉に、会長が困惑する。なぜそんなことをわざわざ――――
あっと悲鳴を漏らし、彼女の顔色が青褪める。
「させませんわ!! わたし達も神殿に向かいます!」
「そ、そうか? とりあえず我々が囮になる」
会長の凄まじい剣幕に、赤仮面がたじろぎつつも促す。
「感謝いたしますわ!」
礼もそこそこに、会長は混乱する仲間達を叱咤して離脱を図る。
「逃がすか!」
フィフィアが叫ぶと、炎の竜巻が出現して白煙を上空に噴きあげる。
「フィー!」
一気に煙が晴れたところに、玄関から突入したクリサリスがようやく合流した。
「二人はギルドのあまっこ共を追え! 俺はあっちを追う!」
「承知!」「分かったわ!」
ベイルが逃げる赤仮面を、クリサリス達はギルド職員を追って駆け出した。
◆
一人の少女がカフェの窓際に座り、外を眺めていた。
彼女の視線の先で、白い煙の渦が上空へ急上昇している。
何事かと立ち騒ぐ人々をよそに、彼女は優雅に紅茶のカップを傾けた。
『それでは、茶会を始めましょう』
彼女はそう告げると、知覚に心象を流し込んだ。
すると現実に重なって、三人の少女がテーブルを囲む光景が現れる。
もちろん他人から見れば変化はなく、一人の少女が席についているだけ。
しかし彼女達にとっては、これもまた現実の世界なのだ。
同じ肉体に共棲し、知識や記憶を共有している彼女達は、必要なら瞬時に意思疎通を図ることができる。
それをあえて舞台を設け、お茶会の真似事をしているのは感傷だけではない。
衣装を違えて個性を強調し、改めて顔を突き合わせて、個々の独自性を保っているのだ。
『ヨシタツと女帝が絆を深めること、それが天啓の示した指標です』
天啓スキルを管轄する少女が、そのように発信した。
諸元を入力すると、天啓スキルは未来に繋がる指標を断片的なイメージや暗喩によって示す。
しかしあまりにも難解過ぎて、彼女達の一人が四六時中、解読に当たっている。
そのため、彼女が表に出られる時間は限られている。仮に彼女を【預言者】と呼称してみよう。
『女帝は他の者達と比較し、明らかに出遅れています』
預言者が手をかざすと、金色に輝く文字の羅列がテーブルに浮かんだ。
特に意味のない小細工で、単なる演出に過ぎない。
【女帝】 【獅子王】 【魔女】 【星乙女】 ――――――――
『彼は大河に打たれた杭のような人。選択の岐路に偶々佇み、運命に押し流されるはずだった彼女達を絡め捕ってしまった。だけど本来――――』
預言者はサッと手を振ると、【女帝】を残して他の文字列は消滅した。
『ヨシタツの傍らに立つのは、女帝ただ一人だったはず』
彼女は指先をおどらせ、現在までの状況を映像や文字情報として空間に投影した。
預言者の趣味は、演出過剰気味らしい。
ヨシタツと女帝の逢引きを目論んだ、紅剣の計画に便乗した。
最大の障害となりうるクリサリスを誘導し、その気勢を殺いだ。
ヨシタツのスキルを封じたのは、彼に警戒心を抱かせないため。
街ごと封じたのは、彼の能力があまりに強力だったからだ。
もう一つ、事前にヨシタツと女帝の情報を漏えいさせない意味もあった。
日用生活殺法を通じて外部勢力に噂を流し、彼らをあぶり出そうと試みた。
だが紅剣が先手を打ち、そのほとんどを取り押さえてしまったが。
冒険者ギルドの職員達を含む、反対勢力が結集したのは予想外だった。
しかし変心したクリサリス達をあてがうことで、追い詰めてはいるようだ
光剣も彼の兄弟子達が取り押さえ、全ては順調に進んでいるかに見えた。
『紅剣が、暴走しています』
紅剣ラヴィが、なぜか当初の路線を逸脱しようとしている。
彼女の心境にどのような変化があったのかは分からない。
しかしそれは、天啓の指標に狂いを生じさせかねないものだった。
『彼女達を阻止するため、最強の切り札を使用します。いいですね?』
彼女達の一人は同意、もう一人は黙認という形をとった。
合意を得られた預言者は、二人に笑いかけた。
『ヨシタツは、どんなセリフで女帝に告白するのかしら?』
プレゼントの箱を開けるのを楽しみにする、無邪気な子供の笑顔だった。
三人の少女の映像は消え、一人に戻った彼女は席を立った。
「御馳走様なのです! お代はここに置いていくのです!」
カフェを出た彼女は、決着の場となる神殿を目指して歩き出した。




