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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
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ヌラリ、ひょん

 それは日常生活に差し込む、ちょっとした不安感だった。

 誰にでもあるのではないか? 平穏に送る日々の中で、漠然としたおぼつかなさを感じることは。

 だが所詮は、根拠のない錯覚に過ぎないのだ。そう思い込もうとした。


「タヂカさん、どうしたの?」

 リリちゃんが、朝食の皿をテーブルに置きながら、俺の顔を覗き込んだ。

 屈み込んだ拍子にはらりとこぼれ髪を、指先でかき上げるリリちゃん。

 その何気ない仕草に、少しだけ大人の女性の艶やかさを感じる。

「何でもないよ、起き抜けでぼうっとしていただけ」

「食欲がないのですか?」

 クリスが何気ない風を装って尋ねる。ここで迂闊な返答をしてはいけない。

「自分の分は、しっかり自分で食べるから」

 きっぱりと答えれば、俺のおかずを狙っていたクリスはがっかりする。

「残念だったわね、クリス」

 フィーが相棒をからかう。口ではそんな事を言いながら、自分の腸詰を半分にしてクリスに与えた。

「ダメよ、甘やかしちゃ。自分の分はちゃんと食べなさい」

 シルビアさんにたしなめられ、彼女は首を竦めた。

 配膳が済むと、シルビアさんとリリちゃんも席に座り、全員で食卓を囲む。

 こうした食卓の光景が、俺は大好きだ。

 とても懐かしく、愛おしく思えた。


「隙ありなのです!」

 脊椎反射で、手にしたフォークを繰り出す。

 コザクラのフォークから自分の腸詰を守りつつ、冷酷に告げる。

「舐めるな、隙などない」

 彼女が隣に座っている以上、一瞬の油断も許されない。

 互いの皿を狙い、おかずを奪い合う、まさに戦場である。

 フォークが絡み合って、ギャリギャリと不協和音を奏でた。

 彼女の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。たぶん俺も同じだろう。

 互いにフォークを引き戻し、必殺の一撃を相手のおかずへと――――


「食事中に騒いではダメよ?」


 俺とコザクラは即座に戦いを中止し、席に座り直した。

 シルビアさんは、俺達の皿から腸詰を没収した。

 嗚呼と嘆く俺達に構わず、それをクリスの皿へと置いてしまった。

 モギュモギュと腸詰を咀嚼し、至福の表情を浮かべるクリス。

 それを恨めしく眺めながら、サラダを齧った。


 朝食を終えてから身支度を整え、宿を出た。

「頑張ってね、タヂカさん、クリスお姉ちゃん、フィーお姉ちゃん」

 今朝もまた、リリちゃんは笑顔で見送ってくれる。内心で不安に思っても、表には出さない

「行って来ます」

 だから俺も余計なことは言わない。少女の信頼に、ただ笑顔で応えるだけだ。

「行ってらっしゃいの接吻は?」

 コザクラにわざとらしく耳打ちされ、リリちゃんの顔は真っ赤になる。

 ほんっとうに、余計なことしかほざかないな、コザクラは!

 試しに頬を差し出してみたら、リリちゃん、宿に逃げ込んでしまったじゃないか。

「ほらみろ、お前がアホなことを言うからだぞ」

「アホはヨシタツなのです!」

「バカなことをしていないで、さっさと行くわよ」

 フィーに冷たく促され、クリスに襟首を掴まれた。

 ズルズルと引きずられながら、玄関の扉の隙間から覗いているリリちゃんに手を振る。

 これもまた、大切な日常の一コマだろう。


「しっかりと稼いでくるのです!」


 だけどどうしてだろう、かすかな不安は胸にくすぶり続けた。


      ◆


 北の森の中層域で、俺とフィーは身体を密着させていた。

 地面に片膝を立ててしゃがむ彼女の背後で、俺はその細い肩を支えた。

 前方に探査を展開し、脳裏に浮かぶ赤い光点を監視する。

 反応からすると、おそらく中級下位の魔物だろう。

 フィーの緊張が、手のひらから伝わってくる。

 魔物までの距離は遠く、茂みや樹木などで視界を遮られている。

 だが、探査によって周辺地域の状況を把握する感覚は、とても独特だ。

 まるで手のひらに収めるような、直接的な感触を覚えてしまう。

 その感覚が、ダイレクトにフィーへ伝達されているのだ。

 不慣れなフィーが緊張するのも無理はない。

 声を潜め、彼女の耳元へと囁き掛ける。

「大丈夫、俺がついているから」

 気休めに過ぎない台詞だが、フィーの肩から緊張が抜けた。

 俺は神経を集中させて相手との距離を測り、障害物の隙間を探した。

 壁に遮られている訳ではないのだ。魔物へとつながる、射線があるはずだ。

 ただひたすら、細い穴をうがつようにその一点を探す。

 そして好機が訪れる。標的が移動し、射線を確保された。

 手に力を込めて合図すると、フィーが魔術スキルを発動した。

 俺達の前に、紅蓮の炎が出現する。

 それは渦を巻きながら漏斗のようにすぼまり、やがて一条の槍と化す。

 以前よりさらに高密度に収束された炎の槍が、異音と共に発射された。


 一呼吸する間もなく、脳内の光点が大きく弾き飛ばされる。


 だが、さすがに中級魔物だ。下級魔物なら致命傷の攻撃にも耐えたようだ。

 それどころか、すぐさまこちらの位置を把握して急接近してくる。

「クリス!」

 俺の叫びに、背後で控えていたクリスが応えた。

 頭上をジャンプで飛び越え、正面に降り立った。

 彼女が剣と盾を構えた時、茂みを突き破って魔物が飛び出した。

 

 六臂獣と、看破に表示される。

 熊に似た下半身に、大きく前に湾曲した上半身。

 太い前脚が六本、背負うような格好で生えていた。

 体高は俺の背の一倍半ぐらいか。凄まじい巨体である。

 本来なら複数の前脚を突き出し、獲物に掴み掛かるのだろう。

 しかし左側の前脚は、骨が見えるほどに焼け崩れている。

 フィーの魔術スキルによって三本の前脚を潰されたが、六臂獣の闘志に衰えはない。

 むしろ猛り狂い、鰐のような顎を大きく開いて威嚇してきた。

 種族スキル、《憤怒》により、肉体が限界を越えて活性化する。

 筋肉が膨張し、その体格が一回り大きく見えた。


 しかしクリスは、まったく動じない。

 むしろ落ち着いた足取りで前進する。

 六臂獣が、残された三本の前脚を振るった。指には鋭いカギ爪が生えている。

 一本目の腕が外れ、クリスの足元の地面をえぐる。

 二本目がわき腹をかすめ、顔面を掴みかかろうとした三本目も空を切る。

 三本の腕が、それぞれ別個に狙いを付ける器用さだ。

 これで六本揃えば、相乗的に脅威が増しただろう。

 しかし、回避スキルを駆使するクリスには届かない。

 三本の腕から繰り出される攻撃を、気負いも感じさせずに避け続ける。

 彼女は半円を描きながら、潰された前脚の側へと回り込もうとする。

 相手の攻撃範囲への接近を繰り返しながら、あえて攻撃を誘う。

 何度も挑発され、じれた六臂獣が前脚を大きく振り下ろした。

 クリスが後ろに跳んで、それをかわした瞬間である。

 振り下ろした反動も使い、六臂獣は後ろ脚で地面を蹴って跳んだ。

 巨体に相応しい勢いと共に、鰐のような大顎がクリスに迫る。


 クリスは迫る鋭い牙に対し、鎧蟻製の黒い盾を掲げた。

 偉大な帝母の甲殻が、中級魔物の牙に耐えて受け止める。

 衝突の勢いに逆らわず、そのままクリスは後ろに跳んだ。

 離れ際、その剣の切っ先が六臂獣の眼球を斬り裂く。

 三本の腕が使えない状態で、無理な態勢で攻撃したのだ。

 滑り込むように六臂獣は倒れ、目の痛みに絶叫をあげた。


 大きく開いた顎に、フィーの魔術スキルが叩き込まれた。

 顎の中で炎が暴発する。炎と共に、血と肉と牙が撒き散らされる。

 苦痛にもがく六臂獣。それでもなお憤怒スキルによって戦闘意欲を継続させる。

 ダメージを与えるほど、憤怒スキルは宿主に怒りを注ぎ込んで肉体を強化するようだ。

 そうして六臂獣は、撤退する機会を逸した。

 クリスとフィーに翻弄され、スキルの作用で観察力が散漫になっていた。


 隠蔽した俺が斜め後ろに立っても、まるで気が付かなかった。


 看破によって内部を透視し、慎重に狙いを定める。

 肋骨の間に剣を差し込み、六臂獣の心臓を貫いた。


      ◆


 クリスとフィー、二人を終身奴隷たらしめる、忌まわしい隷属スキル。

 それが何故か【二】に成長していることを知った時、気分は最悪だった。

 成長した原因は不明だが、恩恵をもたらしたことも否定できない。

 彼女達との間に、不可視の経路が確立したようだ。

 具体的には互いのスキルが連結し、ある程度の情報を共有できるようになった。

 一例だが、俺が看破や探査で得た情報を、彼女達も認識できるらしい。

 情報の精度は距離に比例し、密着すればダイレクトに伝わってしまう。


 先ほどのように探査で得た情報を元に、魔術スキルの精密射撃が可能となる。

 クリス達のスキルの状態も感じ取れるようになるなど、隷属スキルの成長に伴う効果は、新たな可能性を数多く示していた。ただ隷属スキルが効果的であるほど、苦々しい気持ちにはなった。

 この時点で、俺は固有スキルとポイントを除く、全てのスキルを彼女達に明かした。

 俺が彼女達の状態を把握できるとすれば、逆の可能性も予想できたからだ。

 もしスキル情報が漏れているとしたら、隠し続けることはデメリットしかない。

 そう考えての決断だったが、固有スキルとポイントだけは別だ。それとなく探りをいれたが、彼女は感知していないようだ。ならばこれだけは、何としても隠し通さなければならない。

 彼女達に、人の魂を喰らう化け物だと思われたくなかった。


 そうして幾つもの課題を残しながら、本日の魔物討伐を終了させた。


      ◆


「お帰りなさい」

 ギルドに立ち寄って戦果を報告した俺達は、シルビアさんの宿に戻った。

 朝と変わらぬ笑顔で、道の掃き掃除をしていたリリちゃんが出迎えてくれた。

「「「ただいま、リリちゃん!」」」

 俺達は声を揃え、帰宅を告げる。彼女の笑顔で、再び日常が戻る。

 俺は部屋に戻るとまず武装を解き、武器や防具の手入れをする。

 ピカピカになった剣を満足げに眺めていると、リリちゃんがお湯を運んできてくれた。

 お湯と手拭いで、汗と埃と垢をこすり落とす。背中はリリちゃんが拭ってくれる。

 一日の疲れが洗い落される、安らぎの時間帯である。

「いい気なものなのです」

 その癒しの時間が、とある闖入者によって邪魔された。

「美少女に背中を拭かせて、どこの貴族様なのですか」

 ベッドに腰掛けたコザクラは、ブラブラと足を揺らす。

「び、美少女!?」

「こんな贅沢、王様だってかなわないだろうな」

 コザクラのやっかみにシレっと返してやったら、怒ったリリちゃんに背中を叩かれた。

「調子に乗るからなのです」

 やーいと、コザクラが舌を出して喜ぶ。

「ほんとは、うらやましいくせに」

 やり返したら、また背中を叩かれた。痛いよ?

「いいのです、後でリリちゃんとシルビアさんと三人で、拭きっこをするのです!」

 ……………………

「最近リリちゃんは成長」

 リリちゃんが、手拭いを振りかざし、コザクラに襲い掛かった。

 濡れた手拭いは、日用生活殺法の使い手に掛かれば、凶器に早変わりする。

 振ればこん棒、巻き付いては首を締め上げる。

 背後で繰り広げられるドタバタ騒ぎを無視し、黙々と身体を拭き続ける。


 なんとなく、負けたような気がした。



 そして夕餉を終え、クリスやフィーと居間で寛いでいる時だった。

 俺は手酌でちびちびと酒を舐め、クリスとフィーは今日の戦いの反省をする。

 いつもなら部屋に戻り、就寝の支度をする時間帯だ。

 今日はなんとなく、ソファーに座ってダラダラとする。

 何もせず考えず、ただ酒を飲むのも悪くない。

 クリスとフィーの声を聞き流しながら、うつらうつらしていた。

「タヂカさん、お休みなさい」

 寝間着に着替えたリリちゃんが、就寝の挨拶に来た。律儀な子なのだ。

「お休み、リリちゃん」

 クリスとフィーも挨拶をする。

「ヨシタツも、さっさと寝るのです」

 寝間着姿のコザクラが、腰に手を当てて見下ろしてきた。

「いいんだよ。大人にはまだ早い時間なんだから」

「でも、あまり夜更かししないでね?」

 リリちゃんに言われたので、素直に頷く。

「分かったよ、もう寝るね」

「なんなのです、その態度の差は!」

「リリちゃんとコザクラの差だが?」

 何をいまさら。二人の扱いが違うのは当然じゃないか。

 怒るコザクラを、リリちゃんは笑顔で押し止める。

「ほら、コザクラお姉ちゃん、今日も一緒に寝ましょ?」

「ハイなのです! おっさんは放っておいて、仲良く寝るのです!」

 そうか、これから一緒に寝るのか。仲の良い姉妹みたいで結構な―――――――――――


「それだああああっ!?」


 俺は絶叫し、みんなを驚かせてしまった。

 クリスとフィー、リリちゃんとコザクラ、何事かとやって来たシルビアさん。

 全員の注目を浴びながら、今朝から感じていた違和感の正体を突き止めた。

「な、な、なんでお前が、ここにいるんだ!!」

 動揺して震える指先を、謎と驚異に満ちた少女に突きつける。

「昨日からこの宿でお世話になることになった、コザクラなのです」

 床が崩落するような俺の驚きをよそに、彼女は満面の笑みを浮かべる。

 みんなを見渡せば、笑ったり呆れたりと、様々な表情が浮かんでいた。

 しかし誰一人として、意外に感じている様子はない。

「いつ言い出すかと思えば、今頃ですか。鈍いにも程があります」

 クリスがやれやれと肩をすくめた。彼女に言われるのは、微妙に不本意だ。

 俺が呆然としていると、コザクラが一歩、前に出る。



『これからどうぞ、よろしくお願い致します』

 コザクラは寝間着の裾をチョンと摘み上げ、礼儀正しく会釈した。

*

*

座敷童? いいえ、ぬらりひょんです。

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