第33話 その頃、グリーンウッド邸では
さあ、お待ちかねの『その頃……グリーンウッド邸では』です笑
胸糞悪くなったらごめんなさい。苦手な方はスキップして下さい。
エドワード・グリーンウッドは、執務室にいた。
重厚なマホガニーの机の上には、度数の高いウイスキーの瓶とグラスが置いてある。三ヶ月前まではこの机で、書類仕事に追われていた。
喉を焼くだけの、琥珀色の液体を煽る。
キャサリンがごっそりと家財や宝石を持って姿を消した。おそらく不貞相手の下男と逃げたのだろう。
そういう女だ。
その間、置き去りにされたエミリーは、使用人たちに今まで威張りくさっていたツケを払わされていた。この家の使用人はつくづく程度が低い。
エドワードは、キャサリンにもエミリーにも、カケラほどの興味もなかったので捨て置いた。
ところがキャサリンは、金を使い果たして一ヶ月もしないうちに、恥ずかしげもなく戻って来た。
戻るなりエミリーを虐めていた使用人を、酷く折檻して追い出した。自分が娘を捨てて逃げたことは頭にない様だ。
どこまで自分勝手なのかと呆れるが、ある意味羨ましいほどの浅はかさだ。
娘を助けた良い母親のつもりらしい。当のエミリーは母親を拒絶し、侮蔑と憎しみの目を向けているというのに。
エドワードは、あれとよく似た目を知っている。
あの晩……警ら隊に保護されたエルシャは冷え切った目をして、エドワードを“あの人”と呼んだ。
エルシャのことは、あとは捨てるだけの手札だと思っていた。
それなのに、全てをひっくり返して、翼もないのに飛んで逃げた。
エドワードの手のひらは、小さく震えている。酒のせいなのか、それとも何も掴むべきものは思い当たらないからなのか。
「おれは、なにを……」
その先は口にせずに、何とか呑み込んだ。
何を言おうとしたのだろう? 名前すら呼んだことのない娘に憎まれたから、何だというのだ?
後悔など、するわけがない。自分がみじめだなどと、認めるわけにはいかない。
新しい使用人は見つからなかった。評判が悪い上に暴力を振るう平民上がりの女主人がいる家に、勤めたい人間などいないのだ。
屋敷はみるみるうちに荒れていく。
エドワードは、薄闇の中で乾いた喉を鳴らした。全てを手に入れるのは、間近だったはずなのに。
「なにが……」
何が、残っているのだろうか。
自分の手の中に、残っているものは、あまりに見窄らしくて……。
エドワードはまた、グラスを煽った。他にするべきことも、行くべき場所も、ひとつも思い浮かばなかった。
* * *
キャサリン・グリーンウッドは鏡の前にいた。
何もかもが面倒になり、若い愛人と王都から逃げ出した。久しぶりの独身の気分は悪くなかった。
歓楽街を転々としながら、どこかで一山当てて、悠々自適に暮らそうと思っていた。そこで、もっといい男をつかまえるつもりだった。
育ちの悪い愛人も、落ち目の夫も、足手まといの娘も、もういらない。
自分は元々、品の良い貴族の婦人服などより、派手な化粧と露出の多いドレスが似合う女なのだ。
「ふふん。十五はサバを読めるわね。あたしの美貌なら、裏の世界の親分でもモノに出来るわ!」
ところがある朝起きると、荷物と愛人が消えていた。目論見がガラガラと崩れて落ちた。
しばらく残っていた宝石を売りながら酒場でカモを探したが、あまり成果は上がらなかった。
仕方なく、身動きが取れるうちにとグリーンウッド邸へ戻った。ところが屋敷も夫も、見る影もなく落ちぶれていた。しかも、誰にも歓迎されない。
娘までもが、暗い目をして自分を見ている。
「何なの? せっかく帰って来てやったのに」
ふと鏡を見ると、年をとった中年の女が映っていた。
「やだっ、どうして……?」
厚い化粧と不規則な生活は、下り坂の身体には致命的だった。
荒れて弛んだ頬、目尻の深い皺、色の悪い唇。不摂生で身体の線も崩れている。
へなへなと鏡の前に座り込む。
少女の頃から、顔と身体だけを武器にのし上がって来たのだ。他に誇れるものなど、何もない。
「諦めないわ! まだ間に合うはず!」
キャサリン薄暗い化粧台の前で、いつまでも悪足掻きを続けた。
* * *
エミリー・グリーンウッドは自室の勉強机の前に座っていた。
学校に居場所はない。母親は自分を置き去りにしてどこかへ行ってしまった。部屋を出れば、使用人に嫌な顔をされる。わざとぶつかって来ることもあるし、食事を用意されないこともある。
あの頃の、エルシャのようだ。
違う……。エルシャは、もっと酷かった。何もかも取り上げられて、暴力を振るわれていた。
あの仕打ちのひとつひとつに、頭を抱えたくなる。
許されないことだ。それだけはわかる。
しばらくして、母親が帰って来た。何事もなかったかのように猫なで声で擦り寄って来た。
気持ち悪くて寒気がした。母親が得体の知れない生き物のように思えた。
踏みつける側は、大したことだとは思わないのだ。自分が“踏みつけられる側”になって、はじめて気がついた。
『私はエルシャに許されるべきじゃない』
なぜなら、自分は許せないから。
自分を捨てて逃げた母親も、声すらかけて来ない義父も。
教科書を開く。今まで興味もなかった数字を並べ、単語の書き取りをする。
母親のようにはなりたくない。今はそれだけだった。
カーテンの隙間から、薄陽が差し込む。エミリーは、一心不乱に教科書を読んだ。
『せめて、エルシャと関わらないように生きよう。きっと、私の顔も見たくないだろうから』
ページの文字が、少しだけ滲んで見えた。エミリーは袖でそっと目元を拭った。
読んで頂きありがとうございます。作者は読むのはざまぁ大好きなんですが、書くのは苦手です。小心者なので笑
まぁ、でも、これで終わりじゃないんで(意味深)
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