第31話 ドアマット幼女と二度目の走馬灯
皆さま、こんにちは。
いえ……こんばんは、でしょうか? ちょっと自信がありません。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
わたしはどうやら、二度目の走馬灯を見ているようです。
急な斜面を転がり落ちて、ヘンリーと逸れてしまったのです。足を挫いてしまい、いくらヘンリーを呼んでも声は届かず、『もう、無理だもの……』なんて呟いてしまいました。
寒さに負けて、襲ってきた眠気に抗うこともせずに目を閉じてしまいました。
でも、その時……。
あの日の屋根裏部屋と同じように、見たことのない光景が頭の中に溢れたのです。
* * *
それは、見渡す限りの大森林でした。この辺境の森よりも、ずっとずっと深い森の中です。
厳しくも息づく命の気配に満ちた、濃い緑の世界です。
そして寒い雪の夜も、雨上がりの朝も、蒸し暑い昼下がりも、いつも一緒に犬たちがいました。
記憶の主はショーンという名の少年でした。森に捨てられ、犬たちに育てられた子供です。人間の村で暮らした日々もあったけれど、それは幸せとは言えませんでした。
森での暮らしは過酷でしたが、ショーンは犬と共に森を駆け、寒い夜には毛皮のぬくもりに包まれて眠り、吠え声や尻尾の合図で気持ちを伝え合いました。
ショーンは、犬と会話と呼べるほどのコミュニケーション能力を持っていたのです。
群れには強い絆と慈しみがあり、ショーンの胸には“家族”の灯火が、灯っていました。灯火と絆が可能にした奇跡かも知れません。
その灯火が……今、わたしの胸に、そっと灯りました。
走馬灯が、なぜこの記憶を選んだのか、わかります。
『生きろ』と……『諦めるな』と、そう言っているのだと思います。
わたしの中の灯火は、逞しく森で生きたショーンの強さであり、彼を愛した犬たちの優しさです。
「諦めません。わたしも……!」
出来る。きっと出来る。今のわたしなら川の流れの音なんかに負けない、ヘンリーを呼ぶ“遠吠え”が、出来る!
わたしは立ち上がり、天を仰ぎました。
「アォーーーーーン!」“ヘンリー!”
「アォーーーーーン!」“わたしは、ここにいる!”
初めてにしては上出来です。わたしの遠吠えは、山にこだまして空へと吸い込まれてゆきました。
「アォーーーーーン」“エルシャ、ちゃーん!”
「アォーーーーーン」“今、行くから、そこで待っていて!”
しばらくして、ヘンリーの返事が聞こえました。ちゃんと通じました! ヘンリーの遠吠えの意味もわかります。
やがて、ヘンリーが土煙を上げて斜面を駆け下りて来ました。
「わふっ!」
「えっ、急にいなくなるから、心配した? ごめんなさい……」
ヘンリーがわたしの捻った方の足を、そっと鼻先でつつきました。
「クゥーン」
「そう、落ちた時、ちょっと捻っちゃったの。痛いけど、大丈夫」
心配してくれる、ヘンリーの心まで伝わって来ます。ショーンの能力、すごいです!
「初雪草も採ったし、もう帰りましょうか。また乗せてくれますか?」
「わふっ、わふっ!」
「えっ、ヘンリーも採ったんですか? マフラーの中? あっ、ホントだ! すごいです!」
「わふん」
ふふ! 照れてますね。でも得意そうに尻尾が揺れています。
「クゥーン、クゥーン」
「うん、おばあ様に食べてもらおうね。ああ……おじい様のこと?」
ヘンリーは、おじい様が命を使って自分を助けてくれたことを、ちゃんとわかっていたのですね。尻尾が垂れて、しょぼんとしています。
そして、おばあ様をひとりにしてしまったことで、心を痛めている。ヘンリーは優しくて、繊細な心を持っています。
「おばあ様は怒っていませんよ。ヘンリーのことを、あんなに可愛がっているでしょう?」
「わふーん……」
ほらほら、尻尾を立てて! さあ、帰りましょう!
ヘンリーの背中に跨がり、マフラーをギュッと固く結びます。ヘンリーの毛皮はゴワゴワですが、手を差し入れると奥にモコモコの毛がみっちりと生えています。
「ヘンリーは、あったかいですね」
すっかり冷たくなったほっぺたが、ヘンリーの温もりでジンジンと痛痒くなってきました。
ふと見上げると、白いものが舞っていました。
「雪虫……?」
違います。本物の雪です。今年最初の雪が、ハラハラと静かに舞い落ちて来ます。
「降って来ちゃったね。初雪草、見つかった後で良かった」
ヘンリーと合流する前に降ってきたら、わたしは凍えてしまった……。走馬灯があのタイミングで回ったのは、きっと偶然ではないのでしょう。
ヘンリーが力強く、森を駆けてゆきます。たぶん、わたしは今、ショーンと同じ景色を見ています。
雪が森を白く染める頃、わたしとヘンリーは、牧場へと帰りつきました。
読んで頂きありがとうございます。
ホッとひと息ついて頂けましたか? エルシャ、パワーアップして牧場へと帰ります。
ですが、牧場でエルシャを待ち受けていたのは……?!
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