第28話 ドアマット幼女とおばあ様の咳
皆さま、こんにちは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
昨日の夕方から、おばあ様の具合が良くありません。熱がありますし、咳が止まらなくて苦しそうです。
お医者様によると風邪だということですが、おばあ様は体力が落ちているのです。このまま弱ってしまう可能性があると言われました。
「あ、あの、なにか、わたしに出来ることは……!」
玄関を出て行こうとするお医者様を、呼び止めて聞きました。
「小まめに水分補給を。あとは、無理に食べさせようとしないこと」
「はい」
「そばに居たいのはわかるが、奥様は繊細な方だから。部屋を暗くしてゆっくり休ませてあげなさい」
「……はい」
「君も少し休みなさい。顔色が良くない」
おばあ様の部屋に行くの止められてしまったので、キッチンへと向かいます。
「ソフィアさん、咳には大根飴が良いのです。大根をハチミツで漬けて、その上澄みを飲むの。あと、生姜……ジンジャーは喉にも良いし、解熱の作用もあります。花梨……ローズウッドの実を砂糖漬けにしたもの、くだものなら、梨やリンゴを……!」
全て走馬灯の知識です。民間療法の情報はとても豊富にありました。
「……わかりました。ダイコンというの存じませんが、他は私が責任を持って、全部用意しますから……。お嬢様は少しお休み下さい」
ソフィアさんがわたしの額に手を当てました。先に『失礼ですがしますね』と声をかけてからです。以前、ふとした仕草に反応してしまって以来、気を使わせてしまっています。
「お熱はないですね。お嬢様まで具合が悪くなってしまったら、奥様が悲しみますよ」
ソフィアさんにも、お医者様と同じようなことを言われてしまいました。仕方なしにトボトボと部屋へと戻ります。ヘンリーが静かについて来ました。
わたしの部屋は、『陽だまりのエルシャ』の挿絵の部屋です。挿絵と違うのは、おじい様の手作りのテーブルと椅子のセットがないこと、おばあ様の手作りのクッションが少ないこと、カーテンが違うこと……。どれも、わたしが早くこの家に来たことが原因です。
ベッドに腰掛けて、植物図鑑を開きます。走馬灯の知識と、図鑑の内容をすり合わせます。
「母子草は、この辺りには生えないみたいですね……。大葉子はある! あ、でも春の草です……。あとは……」
ヘンリーがわたしの足元で横になりました。寒くなり、いっそうモコモコです。
「ヘンリー、どうしよう。おばあ様に何かあったら、わたし……」
元々辺境に来る前から、おばあ様の具合が悪いのは知っていました。ソフィアさんたちはお医者様からやんわりと、お覚悟を……と仄めかされてもいる様子です。
けれど、わたしはやっぱり分かっていなかったのです。おばあ様の病気と、おばあ様がいなくなることは、別物だと思っていた。
母様が亡くなった時……。わたしは今よりずいぶんと子供でした。目の前から母様がいなくなっても、何処か他のところにいるような気でいました。
でも、母様は、どこにもいませんでした。もう、二度と会えないのです。
おばあ様もいなくなってしまう。おじい様もいない。
「ヘンリー、わたし……どうしたら良いんでしょう……」
走馬灯の知識に『寄る辺ない』という言葉がありました。河を船で下っていて、岸辺に船を寄せたいのに、その場所が見つけられない……そんな様子が、今のわたしのようです。
「わたし、自分のことばかりですね……。おばあ様を心配しているんじゃなくて、おばあ様に置いて行かれる、自分を心配している……」
ヘンリーが鼻先をわたしに押し付けて、クゥーンと鳴きました。甘えているのでしょうか。それとも、励ましてくれているのでしょうか。
もう一度、植物図鑑を開きます。
苦しそうなおばあ様に、少しでも楽になってもらいたい。その気持ちも、本当なのです。
「初雪草……。やっぱりこれが欲しいです」
ベックさんが村へ行って、ベテランの狩人さんに依頼を出してくれました。ですが依頼が立て込んでいて、すぐに山に入ってはもらえなかったのです。もう、雪虫は飛んでしまったのに。
初雪草の項目は、もう何度も読みました。そらんじて、言えるほどです。
『雪が降ると地下茎以外は枯れてしまうため見つからなくなる。そのため、『初雪までに見つけろ』という意味で“初雪草”と呼ばれるようになった』
窓を開けて空を見上げると、分厚い雲が垂れ込めています。空気もキンと冷えて、吐く息が真っ白です。もう、いつ雪が降って来てもおかしくないように思えます。
「ヘンリー、お山へ、行ってみようか」
ヘンリーが顔を上げて、「わふっ」と吠えました。
「乗せて行ってくれる?」
「わふっ」
ヘンリーは、わたしが声をかけると、必ず「わふっ」と吠えてくれます。でもその時の「わふっ」は、“任しとけ!”とか“もちろんだ!”と、わたしには聞こえたのです。
だってそのあとヘンリーは、“さあ、乗って!”とでも言うように、わたしに背中を向けて伏せたのです。
わたしは急いで準備をしました。
コートにマフラー、手袋、毛糸の帽子。肩掛けカバンには植物図鑑、地下茎を掘るための小さなシャベル。
準備万端です。わたしは伏せてくれているヘンリーの背中に跨りました。
「行こう! ヘンリー! 初雪草を、探しに行こう!」
「わふっ!」
ヘンリーの勇ましい声に励まされて、わたしは牧場を飛び出しました。
読んで頂きありがとうございます。
電子書籍『屋根裏のエルシャ第2巻』(本作の電書版タイトル)の表紙絵が仕上がりました。タレ目のエルシャとヘンリーが可愛らしいです。表紙絵は作者のXで公開していますので、良かったら覗いてみて下さい。透明感のある雀葵蘭先生のイラスト、素晴らしいですよ!




