83話【嫌悪の行方】
◇嫌悪の行方◇
夕刻を過ぎた時間帯、再びセイドリック・シュダイハの調査をしていた【忍者】サクヤ。
シュダイハ家の屋敷から急ぎ帰ったサクヤは、真っ先に主であるエドガーの部屋に突撃した。
「主殿ぉぉぉっ!大変ですっ!すぐに身支度を!」
バンッッッ!!
「――うわっ!サ、サクヤ……!?」
身体を休める為、転寝をしていたエドガーは、サクヤの大声で飛び起きた。
今度は寝ていただけで良かったと、心の中で安心する。
今日のエドガーは客観的に見ても、随分と動けるようになっていた。
昼には無かったサクラとの契約の証である《紋章》が、額に回復していた。
「――どうしたのっ!?サクヤ……すっごい汗だけど」
「わたしはいいのですっ……それよりも本当に身支度をしてください!城に参りますぞ!!」
「し、城!?城って……【リフベイン城】に!?」
「そうそれ!それです!そう言っておりました……これから城に向かうと、花嫁をこの目で見ると!」
「――!……まさかそれって、エミリアの……」
「はいっ!エミリア殿の夫となってしまう可能性がある男……です」
随分と含みを持たせた言い方をするサクヤ。
しかしエドガーは、その言葉で背中に一気に汗が湧き出るのを感じた。
セイドリック・シュダイハが、エミリアと会うために王城へ向かうという事ならば、エミリアは。
「じゃあ……もしかしたらエミリアも?」
「恐らくは……しかしながら、兵を用意するとも言っていました、強引なことも考えられます……」
「――分かった。準備をしながらでもいいから、その時のことを聞かせてくれるかな。あと、ローザとサクラを呼ばないと……」
「それはわたしが……」
「頼むよ。サクヤ」
エドガーは着替えを始める。時間はないのでコートを羽織るくらいだが。
それでも、戦いがある可能性がある以上、装備は整えなければならない。
サクヤは、自室で休んでいるであろうローザとサクラを【心通話】で呼びつけた後、エドガーに先ほどあったシュダイハ家での事柄を話し始めた。
◇
少し前。約束事などは特に取り付けてはいない。
だが、一度入り込んだことで忍びやすくなっていた。
『……ルーリア。いないのか?』
屋根裏部屋に侵入したサクヤは、この部屋の主ルーリア・シュダイハをこっそり呼ぶが、姿は見えない。
『気配もないな……まあ当然か、約束したわけではないしな』
辺りを見渡し、相変わらず埃だらけの室内に嫌な顔をするが。
【赤い仮面】を取り出してそれを身に着ける。
『さてと……大将は何処かな……』
今回のターゲットであるセイドリック・シュダイハを大将と定め、サクヤは屋敷の探索をする。無論、屋根裏を通って。
『ここは二階か……普通、大将は何処に居るか……あからさまに変な趣味をしているしな、簡単に見つかるだろう』
楽観視して、セイドリックの部屋を探し始める。
『ん……ここは……?」
屋根裏に開く小さな穴から真下を覗くと、贅沢な扉が見えた。
豪勢に金銀があしらわれており、扉の傍には裸の少女像が置かれている。
『……反吐が出るな』
ぼそりと呟いて、サクヤは屋根裏から飛び降りた。
誰もいない事を確認して扉に耳を当てる。
――すると。
『……父上、これはどうしますか……?』
『ん?なんだ?……それは』
『先ほど城から届いたのですよ……第三王女の印も押してあります』
『……中身は、確認したのか?』
『ええ。まぁ……エミリア・ロヴァルトが登城するらしいですね』
『ロヴァルト……ああ。お前の嫁になる娘か……』
『そうですよ、父上』
『確か、騎士学生だったな……しかし、ロヴァルト伯の娘か……』
ぺらりと紙を捲る音が、サクヤの耳にも聞こえた。
『王城の西に兵を多数用意してある。そなたの嫁になる者を見ておいてはいかがかな、セイドリック殿好みの美女であるとの事、会っておいて損はないと思うが……自分の婚約者に会っておけ、という事でしょうね。この内容的には』
『……行くのか?』
『ええ。そのつもりですよ……ふふふ。美女と言われれば、父上だって興味はあるでしょう?」
『……ぐふふ、確かに』
⦅確かに。では無いっ!そもそも、一国の姫がそのようなことを言うかを怪しめっ!!⦆
サクヤは、声が出そうなほど阿呆な会話にツッコミを入れつつ、耳を澄ませる。
『兵を用意してある……という事は、エミリア・ロヴァルトが城に向かうのを邪魔をしろってことでしょう?つまり、そのまま連れて……いえ、お招きしても……?』
『うむ。いいだろう。どうせ嫁に来るのだ、数日早かろうが、別段文句は出まいよ』
『ですよね♪……それにしても、王女殿下はロヴァルト家の人間がさぞかしお嫌いなのですかね?』
『さてな……公の公務はなされていないお方だ。実際、ワシも会ったことはないからなぁ』
『……』
とうとう言葉まで出なくなり。
ここから去りたい気分に苛まれるサクヤ。
『こ、こ奴らの阿呆のせいで、あと数日あるはずの期限が狭まるぞ!?』
もしもセイドリックがエミリアを気に入り、そのまま屋敷に持ち帰ろうとすれば、この二日も、残りの日数も何の意味もなくなってしまう。
『では、父上。私兵を貸してもらってもいいですか?』
『ん……?構わんが、今すぐ用意できるのは五十くらいだぞ……?』
『十分ですよ。城からも兵が出ているのでしょう?……これだけいれば、小娘の一人くらい簡単ですよ。いくら相手の爵位が上でも……ね』
『……これは……まずいか?』
セイドリックはエミリアを連れて行く気満々だ。
これでは七日あった筈の期日は効力を失ってしまう。
『と、とにかく……主殿に知らせねばっ』
『エミリア・ロヴァルト……僕好みの美女、か……ぐふふ。きっとこの像のように綺麗なのだろうなァ』
『……ワシはボンキュッボンがいいのう……』
『はっはっはっ。駄目ですよ父上、少女は僕の為に存在しているのですから』
部屋の中からカタンと何かを置く音が聞こえ、サクヤは嫌な予感に、首をギギギっと横に傾ける。そこには、少女の裸婦像が置かれていた。
『……ま、まさか』
その少女の像は、どう見ても幼い少女だった。
この像がエミリアに見えてしまうくらい、部屋の中の阿呆の会話は決定的であった。
サクヤは、無意識のうちに屋敷を抜け出していた。
途中、屋根裏でルーリアらしき人物に声を掛けられた気もしたが、早く行動に移さなければと相手にしなかった。
何よりも、先行してエミリアと合流をしなければならない。
その為にはエドガーを、ローザとサクラを連れなければ、エミリアの貞操が危ういと、サクヤの警報が鳴る。
『くそっ……一対一ならば何とでもなるが……!五十人は流石に……』
サクヤは自分の強さを、個人技での戦闘ならば優位であると認識している。
しかし複数、それもかなりの人数になると別だ。【魔眼】で動きを止められるのは自分の範囲の精々数人。
話に聞いた五十人など、到底相手にできない。
『魔力?が万全であれば、忍術次第でどうにでもなるが……わたしもローザ殿の事を言えないくらいには、疲労がたまっている……――むっ!……あれは、エミリア殿……!?」
現在、サクヤは【貴族街第四区画】を抜けて、【貴族街第一区画】まで来ていた。
偶然にもロヴァルト家の屋敷を通りかかり、馬車に乗り込むエミリアとアルベールを目撃する。
『おーいっ!エミ――っ!!――あぶっ!』
声を掛けられれば簡単だったが、迎え(オーデインとノエルディア)が居た為、慌てて口を塞ぎ、断念せざるを得なかった。
『ちっ、ならば……急がねば!』
サクヤは急ぎ、【下町第一区画】へと向かった。
「……と、言う訳でした」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!な……何それ!キモイキモイキモイキモイィィィィっ!!」
自身の身体を擦り、鳥肌を治めようとするサクラ。
サクヤが話しているうちに、サクラとローザもエドガーの部屋に来ていた。
「王室の事情も知らない貴族がいるとはね……どこまでも快楽街にご執着なわけね……」
ローザも、呆れているのか怒っているのか、少し顔を暗くしていた。
「……準備は出来た。行こう」
エドガーは静かにそう言い、鞘に入れた赤い剣の柄を握る。
まだ全回復ではない魔力を抑えつつも、しっかりとした造りの剣だ。
(あ、主殿……怒っているよな……?)
(そりゃあそうでしょ……エミリアちゃんがそんな男に取られたら……って言い方は変か……)
(とにかく急ぐわよ……計算上、恐らくは王城の近くで鉢合わせするはずだわ、その前にエミリアの乗った馬車を止められればベストだけれど……間に合うかしら)
サクヤがサクラに寄り添い、小声で話す。
すぐ後ろからローザも混ざり、二人に伝える。
「行くよっ……三人とも」
「う、うん!」
「……承知です!」
「……ええ」
そうして、【福音のマリス】一行は出撃した。
夜になる聖王国で、一人の少女の運命は転がり始めていく。




