78話【魔力の譲渡】
◇魔力の譲渡◇
ローザが操作する魔力の脈動は、サクラの額の【朝日の雫】から魔力をローザに流し。
ローザの右手の《石》、【消えない種火】を中継点にしてエドガーに渡されている。
暖かい魔力の波動は、淡い光となって、エドガーの部屋を包んでいた。
その光景に、何も出来ずにいるサクラは感嘆の声を漏らし、異世界と言う現実を認識させている。
「すっご……ローザさんから溢れる光、まるで炎みたいに赤くて……でも、熱くない。優しい感覚……これが、魔力なのかな……?」
最初の一瞬だけ、吹き飛ばされるような衝撃がほんの少しあっただけで、後はサクラは見ているだけだ。
瞳を閉じるエドガーとローザは、真剣な面持ちで集中しており、サクラも自然と引き締まる。
「……だいぶ……難しいわね、人に魔力を分け与えるって……」
【消えない種火】の効果で普段は汗を掻かないローザだが、《石》を魔力伝達の媒介にしていることで、一時的に効果がシャットアウトされ、頬を玉のような汗が伝っていた。
サクラはそれに気づいて拭こうとしたが、両手が塞がっていることを思い出して、躊躇する。
(……これ、離しちゃダメだよね……絶対)
もう自分が何もすることが出来ないのは分かっているが、ローザがエドガーの為に必死になっていることは非常に伝わっている。
「あれ?……そう言えば、部屋の灯りが消えてる……」
最初の魔力の衝撃。あれで照明が消えたのだ。
電気が通っていない下町では、灯りはランプ等が主流だ。
貴族街ですら“魔道具”を使って電気の真似事をしているのだから、街に電飾塔が登場するのは、当分先の未来になるだろう。
「余計に幻想的……だね」
ローザの《石》から発光される赤い光が部屋中を照らして、“魔道具”だらけの異質な空間を幻想的に昇華させている。
光はさらに発光し続け、赤い光はローザの【消えない種火】から強く輝き、エドガーの左手を包んでゆく。
「――っ!!」
(……キツイ……《石》の魔力は兎も角、私自身の魔力が殆ど残っていない……これじゃあ、回復どころか、共倒れだわ……)
ローザは、少しだけ苦しそうに呻く。
玉の汗が顎を伝い、ベッドシーツにぽたぽたと垂れていた。
サクラの額の【朝日の雫】からも、ローザが魔力を操作しているらしいので、二重苦となって疲労を重ねているため、《石》の魔力上昇効果を切っているローザにとっては、普段の何倍もの魔力消費となっていた。
「……エド君、《紋章》が……」
サクラが繋ぐエドガーの右手の甲に、赤いオーブ状の《紋章》が浮かび上がっている最中だった。
ローザの【消えない種火】を模した、赤い《紋章》だ。
揺れる炎が渦を巻き、円形状に整えられた《紋章》は、ローザの右手の【消えない種火】と同じ位置に浮かび上がっている。
「本当だ……それに、力が入る」
ここ数日の脱力感が噓のように解消されて、エドガーの身体にも力が戻り始める。
サクラと繋ぐ右手に、痛がらない様に加減しながらグッと力を籠めると、何故かサクラが顔を赤らめた。
一段落ついたのか、ローザは「ふぅーっ」と息を吐くと、赤い発光が静まっていった。
「ひとまずはこれくらいにしておきましょう……エドガーの魔力のキャパが思った以上に高くなっているから、一度では無理だわ」
エドガーは異世界人三人分の契約によって、魔力・身体能力が上昇している。
その結果、エドガーは本来の何倍もの魔力になっていた(元が滅茶苦茶低い)。
ローザは【消えない種火】のリンクを再発動させ、掻いていた汗は一気に蒸発した。
すると直ぐに、ローザもいつもの雰囲気を取り戻す。
「サクラ。悪いのだけれど、灯りを点け直して貰えるかしら……」
「あ、はい……」
(あれ……いつもは自分の火で点けるのに)
サクラはふと疑問を抱きつつも、繋いでいたエドガーとローザの手を離し、【スマホ】でライトを付けながら、急いで消えてしまった入り口のランプを点け直しに行く。
「あれ、これどうやって……あ、こうかな……ん?あ、点いた」
少し戸惑いながらも、サクラはランプに火を灯して、それをテーブルの上に置かれたライトに移す。
「はい。オッケーですね」
「ええ。ありがとう……それじゃあ、エドガーはどう?……苦しかったり倦怠感とか、ないかしら?」
サクラから向き直ったローザが、エドガーの額に触れながら質問をする。
ちらりと見えたが、サクラとの契約の証である額の《紋章》はまだ回復していないようだった。
同じくサクヤとの契約の証、左目の《紋章》もまだない。
「……うん。すごく楽だよ、ビックリするくらい」
両手を数回ぐーぱーし、感覚を確かめるエドガー。
「そう。やはり私達の魔力は相性がいいようね……サクラは?だるくない?」
ローザはサクラにも聞く。
サクラからも結構な量の魔力をエドガーに譲渡させているので、多少の疲労が出ててもおかしくないのだが、サクラはケロッとして。
「全然大丈夫ですよ、むしろ力が抜けて楽なくらいですっ!」
どうやら過剰な魔力が抜き取られたお陰で、身体が軽くなったらしい。
何とも羨ましい話だ。
「この世界に来て、一切の魔力も使っていなかったから、溢れそうになっていた分の魔力の吹き溜まりが解消された……ってところかしらね」
もしくは魔力に関して激ニブか、だ。
「そんなことってあるんだ……ははは」
規格外に魔力が高かいらしいサクラに、エドガーは乾いた笑いを浮かべる。
「今後は魔力の使い方を学べば、もっと楽になるはずよ?……実際、【心通話】の受信を自分で切っているのでしょう?それだって立派な魔力の使い方よ?」
「そういうものですか……」
「へー」と、腕組しながら元の席に戻るサクラ。
「今日はこれまでにして、また明日……徐々に回復させていくから、エドガーも。いいわよね?」
「うん。分かってる……もう無茶な行動はしないよ……約束する」
「……よろしい」
ローザは立ち上がって、部屋から出ていこうとする。
「ローザ?」
「ローザさん?」
エドガーもサクラも、立ち上がったローザを気にする。
「私も、物凄く久しぶりに汗を掻いたから気持ちが悪いわ。お風呂に入るから、先に行くわね……サクラ、もう直ぐサクヤがくるから、今日のことを聞いておいて頂戴ね?」
「……あ、はい」
ぱたんと扉を閉めて、ローザは一人大浴場へ向かった。
「エド君、もう動けそう?」
エドガーと二人きりになったサクラは、何とか身体を動かせるようになったエドガーを支えながら、ベッドに腰掛ける。
「うん、何とか。サクラもありがとう。助かったよ……それにしても、サクラがそんなに魔力を持ってるなんて、驚いたな」
「あはは……あたしもだよ……」
ツインテールの片方を指でクルクルといじりながら、照れるサクラ。
「――って言っても、使い方が分からないんじゃ、意味ないんだけどねっ」
「きっと直ぐに使えるようになるよ」
エドガーは、何となく確信している。
サクラは、才能の塊なのでは。と。
近いうちに、魔力を用いてとんでもない事をしてしまいそうな予感が、沸々と湧き上がっていた。
「あっ!そうだ……アプリ!……魔力で使えるって説明にもあったし、やってみようかな」
サクラは、スカートから【スマホ】を取り出して、テキパキとアプリ【異世界ワールド・サポーター】を起動させる。
「うぅ……充電が……」
前回起動時に充電をせず終わっていた上に、先程も明かりを点けていたため、いよいよバッテリーが無くなりそうだった。
ホーム画面のような簡易的な画面から、電池のようなアイコンをタップして、前回と同じ画面までやってくる。
前回はここで諦めて【スマホ】を投げ出したので、試すことすらしていなかった。
まさか自分に魔力があるなんて思いもしなかったので、試すなんて事を思い浮かびもしなかったのだ。
「赤い魔法陣を、音が鳴るまで長押し……」
画面のど真ん中に表示された、安い作りの赤い魔法陣を人差し指で押す。
上に表示されたゲージが少しずつ増えていき、数秒でピコンと音を鳴らす。
「おっ?……え、これでいいの?」
高速充電も真っ青の速さで、サクラの【スマホ】は完全回復を果たす。一瞬だった。
電源を入れたまま新しいバッテリーに交換したのではないかと思える感覚だ。
「もう終わったのかい?……すごいね、何が何だかわからないけど」
ベッドに座ったまま、エドガーもよく分からないまま感心する。
「あたしもよくわかんないけど……多分これでいいのかな、充電は百パーセントだし……ん?」
これで終わりかと思った瞬間、【スマホ】に表示される文字。
『充電が完了しました。お支払いは魔力にて決済されます。よろしいですか?NOの場合、自動的に充電はキャンセルされます』
【YES/NO】
「……イエス」
不信感を抱かぬまま、サクラは“YES”をタップする。
『決済は完了しました。ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております。』
「――えっ……?」
瞬間、サクラは急激な眩暈を起こし。
崩れるようにエドガーのベッドへ倒れ込んだ。
「サ、サクラっ!?」
◇
一方、シュダイハ子爵家の捜査から帰宅したサクヤは、まるで誰かに追われているかのように、コッソリと宿の裏口から入ってきていた。
以前、メイドのナスタージャが取り付けたベルがチリンと鳴って、一瞬ビクつくが、誰もくる気配はなかったので、胸をなでおろす。
「……ローザ殿もサクラも、まだ主殿の回復中だろうか……」
裏口から食堂を見渡し、誰もいない事を確認すると、従業員用の細い通路からロビーに出る。
当然誰もいない事は承知しているが、若干の寂しさがあった。
「そう言えば、今日はメイリン殿も休みであったか……う~む。どうするかな、邪魔してサクラにうだうだ言われてもなんだし……風呂にでも入るか」
既に夕刻。食事の準備をしてもいいが、如何せん“魔道具”【アイエイチ】の使い方が分からないので、心の中で直ぐに却下した。
「うむ。風呂にしよう……入っているうちに誰か来るかもしれぬしな」
そう言って、サクヤは大浴場に向かう。
「おっと……手拭いがないではないかっ!」
タオルがない事に気づいて、サクヤは二階の自室へ赴くが。
「……ん?ローザ殿、か?」
自室近くの廊下で、壁に凭れ掛かる様にダウンするローザを発見し、急いで近づく。
「ローザ殿っ!どうしたのだっ……」
「……五月蠅いわよサクヤ……頭に響くでしょう……」
既に顔は真っ青で肌は冷たく、いつもの熱が感じられない。
「いやしかし……【心通話】が途中で通じなくなったと思ったら……主殿とサクラは……?」
「……エドガーなら大丈夫よ。それよりも、肩を貸してくれない?」
「それは構わぬが……説明をだな……」
小柄なサクヤは、ローザの脇に頭を通して腕を掴み、肩を貸す。
「――お、意外と軽いのだな。ローザ殿」
意外と、と言うワードに腹を立てたのか。
ローザは指でサクヤの装束から出ている生足を抓る。
「痛っ……くはないが。本当に大丈夫なのか?」
本来のローザの力で抓られたら、青タンでは済まない事はサクヤも分かっている。
別人のように非力なローザに、余計に心配になってしまった。
「……取り敢えず、お風呂に行くから……連れて行きなさい」
「そんな状態で、なぜ上から目線なのだ……まったく」
サクヤはローザに肩を貸しながら、共に大浴場へと連れ歩いていった。タオルを忘れたまま。




