62話【ハリセンはMP1】
◇ハリセンはMP1◇
サクラは、ドッ!ドッ!ドッ!と早鐘を打つ心臓を宥めつつ、ローザとサクヤに目配せをして、一階食堂まで連れてきた。
そして、心の底から感じた言葉を叫んだ。
「――ビックリさせないでよぉぉぉっ!!」
「ぬわぁっ!?」
着いた早々、サクラは驚かされた恨みを二人に叫ぶ。
サクヤは耳を押さえながら頭をくら~っとさせて一歩後退りをするが、ローザは微動だにしなかった。
「うるさいわよサクラ。エドガーは眠ったのでしょ?そんなに大きな声を出したら、起きちゃうわ」
それどころか、やれやれと言った仕草で落ち着いているローザ。
サクラは、いったい「誰の所為だ」と思うが心に留める。
「いやいや、あんな所で待ってないで入ってくればいいじゃないですか!別に気にしないし、エド君だってローザさんの事気にしてましたよ?」
ローザとサクヤがエドガーの事を気にして、ドアの前に待機していた理由はサクラにも理解出来る。
だから変な担当制などやめようと、サクラは言いだそうとしたのだが。
「……ダメよ。――私達は敗者、勝者であるサクラには口出しできない」
遠くを見ながら、やたらと演技じみた発言をするローザと。
ようやく耳が落ち着いたのか、それに同意しうんうんと頷くサクヤ。
「――た、確かに。あの時の勝負はあたしが勝ちましたけど」
実はこの三人ともう一人、ここにはいないがエドガーの幼馴染の少女エミリアは。
エドガーがまだ目を覚ます前の数日で、ある取り決め。つまりエドガーの世話をする担当決めを行っていたのだ。
◇
数日前。
『おはようサクラ。エドは?』
眠そうにしながら、それでも朝一で訪ねてきたエミリアは、食堂で朝ご飯を食べるサクラに声を掛けた。
「今日もメイドさんはいないようだ」と、サクラは内心憧れがある、メイドが居ない事を視線だけで確認すると。
『おはようエミリアちゃん。エド君はまだ目を覚まさないよ……今は【忍者】が見てる、行ってみたら?』
藍苺のジャムがたっぷりと塗られたトーストを齧りながら、サクラが答えたが。エミリアは。
『あ、うん……今はいいや』
管理人室(エドガーの部屋)の方をジッと眺め、一頻り何かを考えると。
エミリアはサクラの隣に椅子を引いて座った。
『な、なんで隣に?』
勿論、今日の宿屋【福音のマリス】にも客はいない。
進んで広い食堂の一つのテーブル、ましてや隣に座る理由などないはずなのだが。
『ちょっと提案があるんだけど』
『……ええぇ』
真剣な横顔で話し始めるエミリアに、サクラは嫌な予感しかしなく。心底嫌そうな顔をする。
『そ、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃない……』
サクラは、この世界に来てまだ日が浅いにも関わらず、エミリアやローザの性格を既に把握し始めていた。
⦅絶対面倒臭さい事言う顔してるじゃん……⦆
サクラは心の中で、近い未来を不安視しながら眉をヒクヒクさせる。
そんなサクラに、エミリアは申し訳なさそうに続ける。
『で、でね!考えたんだよ。私さ……エドのお世話をしたいなぁって』
『――はい?』
指をツンツンと合わせてもじもじとするエミリア。そんな突拍子もない発言にサクラは首を傾げながら、聞き流すようにトーストにジャムを追加する。
『いや、だからね。エドのお世話を――』
エミリアは、サクラが話を聞いていないと思いトーストにジャムを塗り込むサクラの右手を掴む。
『聞こえてる、聞こえてるって!……で、どうしたいのよエミリアちゃんは。まさか一日中エド君に張り付いて、色んなお世話を致しちゃいたいとか言っちゃうの?』
と、サクラは笑いながら言うのだが。
『……。……。……えへ』
『――ウソでしょ?』
無言のまま身体を背けて、顔を両手で覆い笑うエミリア。
どうやら完全に図星のようで、サクラは冗談で言ったつもりだったのだが、まさかエミリアがそんなことを本気で考えているなど、性格を把握し始めているとはいえ、想定外過ぎた。
『……だ、だってぇ』
エミリアも、何もかもを世話したいとは言わない。
ただ。ちょっとだけ。ほんの少しだけでも、幼馴染であるエドガーと一緒に居たいだけだ。
例え少しの下心があったとしても。だ。
『だってじゃないってエミリアちゃん……ちょっと考え直した方がいいよ?いくらなんでも重すぎるもんそれ……』
『――何の話をしているのだ?』
『あ、【忍者】……』
サクラがエミリアを冷静にさせようとしていると、エドガーの部屋から出てきたサクヤが、お腹が空いたのかお腹を擦りながらやって来た。
◇
『それはいい案だなっ!』
『――あんたもかいっ!!』
恥ずかしそうに話すエミリアから事情を聴いたサクヤは、すぐさまエミリアの案に乗っかり。手をポンっと叩いた。
その反応にサクラは、学生鞄から取り出したハリセンでサクヤの頭をパシーーンと叩く。
『痛いではないか……というかそんなにポンポンと出してもよいのか?その絡子は』
サクヤの言う絡子とは、サクラの学生鞄の事だ。
サクラはこの二日間、自分の鞄がどれだけの物を取り出せるか挑戦していた。
結果、かなり制限はかかるが、サクラの元居た世界【地球】に存在するものならば、ある程度の物は取り出せることが分かっている。
存在しないもの、有り得ないもの、非科学的なものは、取り出せなかった。
ということは、【ダイナマイト】や“銃”も可能なのだろうと考えたがが、怖くて出来なかった。
『平気よ。|こんなハリセンくらいなら、MP1で使えるわ』
右手に持つハリセンをペシペシと左手に打ち付けながら、サクラは言う。
『えむぴぃ?……相変わらずサクラはよくわからぬ言葉を使うな』
『精神力みたいなもんよ。エミリアちゃん的に言えば魔力……なのかな?』
『あはは、私は《魔法》なんて使えないけどね』
エミリアは肩肘を付いて自嘲気味に笑う。
そんなエミリアに気を使ってか『そ、そうなのか……』と言いながら、叩かれた箇所を擦りながら椅子に座り、食パンを食べ始めるサクヤ。
ちなみにジャムは付けず、トーストも焼かずにそのまま食べるのが好きらしい。
『……で、エド君はどうだったのよ?変なことしてないでしょうね。あんたは昨日の前科があるんだからね』
『なに?前科?』
昨日【福音のマリス】に来れていないエミリアは、昨晩のサクヤの失態を知らず、気になってサクラとサクヤを何度も見やる。
一方サクラは訝しんだ目でサクヤを見る。昨日の夜にやらかしているサクヤはどうにも信用できないらしい。
『んぐっ!!――な、なにもしていないぞっ、断じてしていない!』
口に含んでいたパンをゴクリと飲み込んで、サクヤはサクラに向き直って否定する。しかしサクラは気が付く。
『あんた……目が泳いでるわよ』
⦅あたしと同じ|癖⦅くせ⦆なんだよなぁ⦆
完全に黒なのだろう。忍びとしてそれはどうかとも思うが、サクヤがどこか抜けていることは、サクラもエミリアも、おそらくローザやエドガーも既に百も承知のはず。
今更何かを言ったりはしないが。
『……なんでそんなに表情を隠せないのよ。【忍者】でしょ?ローザさんを見習いなさいよ』
冷静沈着なローザを引き合いに出して反省させようとしたが。
当の本人は。
『ロ、ロ、ローザ殿と同じくするでないぞっ!!』
わざわざ足を椅子に上げて反論する。
本心なのであろうが、そんなことを聞かずにサクラは畳み掛ける。
『ほらそういうとこ!メイリンさんに見られたらまた怒られるんじゃないの?』
テーブルに肘を付いて、ニヤリと笑いかけるサクラ。
『……うっ!』
メイリン・サザーシャークは、ここ宿屋【福音のマリス】の従業員で、あのローザですら反論できないらしい存在だ。
それはサクラやサクヤも同じらしく、叱られる事を想像して顔を青くするサクヤに、サクラとエミリアは笑う。
『そんなに苦手なの?メイリンさんの事。すっごくいいお姉さんだよ?』
『そ、それは重々承知だが、何故かこう……畏怖の存在と言うか……何というか』
しどろもどろするサクヤに、面白がったエミリアは。
『あ、メイリンさんおはようございます』
『おはようございます。メイリンさん』
サクラもノリで挨拶をするので、反射的に背筋が伸びる。
勢い良く振り向き頭を下げるサクヤ。
『――おはようなのだ!メイリン殿!今日はまだ何もしておらぬから……』
今の事を聞かれたのではと勝手に思い込んだサクヤ。
簡単なエミリアの作戦に引っかかっていた。
『……――いないではないかぁっ!!』
『『あははははっ!!』』
両手を上げて、ぶわっと叫ぶサクヤに。
エミリアもサクラも笑って返した。
『まったく……子供か、お主等は』
安心して、ドカッと椅子に座り愚痴を言う。
叫んで喉が渇いたのか、エミリアが淹れてくれたコーヒーを飲むサクヤ。
『うう……苦い』
『どっちが子供何だか……あ。所でさ、エミリアちゃんが言った提案なんだけど、結局どうする?』
話を戻そうと、サクラがエミリアに話しかける。
『ああ、うん。何か対戦でもしない?……ちゃんと公平なものでねっ!』
物理的な事では、完全に一人有利な女がいるので、エミリアは直ぐに公平を付け足した。
それだけで、エミリアと異世界人、戦いに特化していないサクラも平等に戦えるはずだ。
単に負ける確率を減らしたいだけとも言う。
『別にいいけどさぁ……』
⦅エミリアちゃん、絶対自分が負けた時のこと考えてないよね⦆
『でしょっ!?よし決まり!――メイリンさんが出勤してくる前に決めちゃおうよ、メイリンさんも病み上がりで遅いんでしょ?』
メイリンは、【大骨蜥蜴】との戦いの前に倒れている。
ローザが言うには、《化石》の魔力に反応して、【魔石】に一度操られた身体が拒否反応を起こしたのではないか、と言う事だった。
翌日にはピンピンとしていたが、エドガーが目を覚まさない事もあり、少し仕事を減らしているところだ。
『それじゃあローザさんを起こすのは、言い出しっぺのエミリアちゃんね』
『――えっ!?』
突然の宣告に固まるエミリア。
そうだ、エドガーのお世話決めをするには、ローザを起こさなければならない。
いつもはメイリンがローザを起こしてくれているのだが、今日はまだ居ない。
今日あのズボラなローザを起こすのはここにいる誰か。と必然的になるわけだ。
『ふっふ~ん。じゃ、よろしくねエミリアちゃん!あたしと【忍者】はここで待ってるから、その代わり公平な戦いができるものを考えておいてあげるね』
サクラに先手を打たれたエミリアは、口を開いたまま項垂れて。
『うう……分かったよ、行ってくる』
トボトボと二階に上がっていくエミリアの背中を笑顔で見つめ、ヒラヒラと手を振るサクラに。
『お主は鬼畜だな……』
と、昨日ローザを起こしに行ったサクヤが。
実感がこもった顔をサクラに向け、げんなりしながら言った。




