49話【見えてくるもの】
◇見えてくるもの◇
自分の部屋である202号室で、右手の甲に着けられたルビーの宝石【消えない種火】に集中するローザ。
「……」
ここ数日間で、一瞬だけ反応した《化石》の反応。
《魔法》を解除したのか“魔道具”の使用をやめたのかは分からないが、微弱な反応が数度出たのは間違いない。
しかし相当弱い反応の為、追跡どころか、突然来る反応に対処する事すらままならなかった。
だが、あの男が行動を起こしたのは間違いはないはずだ。
だが確証がなく、ローザ自身も自信を持って言えるほどの事ではなかった為、「曖昧な事を言うよりは」と、黙っていた。
「――!……またっ」
足組みしながら座っていた椅子を蹴倒すローザ。
これで何度目の反応か。エドガーとの交流を控えてでも見つけ出したかった《化石》の反応を、またもや《石》が感知した。
今度は逃さないっ!と、気合を入れて右手の宝石を意識する。
自然と舌なめずりをしているローザは、獰猛な笑みを浮かべていた。
この事はローザ自身も気付いておらず、戦いを待ち望む狂戦士の如く目をギラつかせている。
本人にその意思はないが、本能的なものだろう。
「――」
目を瞑って、何もない空間に点だけを置くように意識する。
自分のいる地点に《赤》として点を置き、近くにある二つの反応に、《サクヤの黒》(サクヤの眼)と《サクラの白》【朝日の雫】として、点を置く。
エドガーの家の地下にある無数の《石》の反応が鬱陶しくもあるが、コレは無視する。
「今日のは強いわね……」
これまで何度かあった反応とは桁違いに強い感覚に、ローザは手応えを感じ、自然と笑みを浮かべる。
「……妙ね、隠す気が無い?……それともまさか、誘っている……?」
消えないどころか、どんどん強くなる反応に訝しむローザ。
――その時だった。
――ドンっ!!と床が振動し、机の上に置いてある小物が倒れる。
振動は中々に大きく、ただ立っているだけではふらついて、倒れてしまいそうになる。
「――コレはっ!――くっ……ただの地震じゃないわっ!」
下からの突き上げられるような感覚と、グラグラと揺れる建物。
次第に揺れは収まるが、宿の外で下町の住人はパニックになっているようだ。
窓を開けたローザは外を確認するも、遠目に見える黒い煙を目視して、急いで部屋を飛び出す。
「――エドガー!!大丈――ぶ……」
急ぎ廊下に出て、掃除をしているエドガー達のもとに駆け付けたローザであったが。
「ロ、ローザ……よかった、ぶ、無事で……」
階段付近で、サクヤとサクラに押しつぶされるように重なるエドガー達。
「……何やっているのよまったく。ほら……起きな、さいっ!」
事情が事情なので、呆れたり文句を言ったりはせず、直ぐに行動する。
こういう時のローザは流石頼りになる。
勿論、後でちゃんと痛い目を見るのは、サクヤとサクラだろうが。
「きゃっ!?」
「ぬっ!?」
両手でサクヤとサクラを押しどけると、エドガーの手を取って立ち上がらせる。
(本当に……この子達は油断も隙もあったもんじゃないわね)
「ちょっとローザさん……何も投げ飛ばさなくても!」
「痛いではないかっ、ローザ殿!尻を打ったぞ!!」
投げたつもりはないが、結果としてそうなっていたようだ。
それにしても、サクラも随分頑丈だ。流石は異世界人、なのだろうか。
もしくは、サクラ本人の持つ身体能力か。
「はいはい。悪かったわよ……それよりも今の地震、外はかなり騒がしくなっているし、《化石》の反応もあったわ――あの男が、動いたようね」
「――そうか……探そう!」
エドガーは、神妙な面持ちにも拘らず、直ぐに対応することが出来ている。
その反応に、ローザは半ば感心する。
(この数日で心の準備はできているようね)
「……よしっ、早速――」
「待ってエドガー、外は既にパニックなのよ……準備してからでもいいわ。今外に出たら、人ごみに飲まれてしまう」
飛び出していこうとしたが、ローザに手で制される。
「くっ……分かった。でも、エミリアがまだ……」
今日、アルベールが手伝えないという理由を伝える為、早めに来ていた。
そのせいでエミリアは少し遅れている。
「あの子なら大丈夫よ……合流した時の為に、槍を創っておきなさい」
会話の途中で、ローザはふと一階に下りる為の階段を目にする。
すると、壁際に蹲り、苦しそうにするメイリンが瞳に映った。
「――メイリンっ!あ、貴女……大丈夫?」
ローザは直ぐにメイリンの元に駆け寄る。
階段の踊り場では、身体を震わせるメイリンが顔を青くして屈みこんでいた。
「……あ……ローザ、やっと、起きたのね……よ、よかった」
「そ、そんなこと言ってる場合っ!?――顔真っ青よ!?」
今にも倒れてしまいそうな、生気の無い表情でローザを心配するメイリンの姿に、いつもは冷静なローザも狼狽している。
「サクラ!メイリンを運ぶわ……手伝いなさい!」
「だ、大丈夫よ……一人で、歩ける……から」
手摺りを掴んで立ち上がろうとするメイリンをローザが支える。
「分かりました、今いきま――ぅわっ!?」
サクラが返事をし、階段を下りてこようとした瞬間にまたグラグラと揺れが発生し、メイリンは後ろに倒れそうになる。
「――とっ……」
ローザが支えたため身体を打つことはなかったが、意識を朦朧とさせるその姿は、実に痛々しかった。
「ローザ!……揺れてるけど大丈夫っ!?」
上にいるエドガーとサクヤ。
階段の手摺りに掴まるサクラ。
「今度のは結構大きいね……震度3……くらいかな?――あ、ローザさん大丈夫ですか?今行きます」
意外と平気そうなサクラは、収まりかけた揺れの中で、ローザとメイリンの元へ行った。
「サ、サクラは平気そうだね。地震……」
「確かにあやつ、随分慣れていましたね……わたしの国でも地震は多かったですが、もしかしたらあやつの国も地震が多いのでは?」
(むしろ、わたしと同じと言ってもいいが……)
サクラの順応性の高さに驚くエドガーと、腕組みしながら何かに納得しつつ、うんうんと頷くサクヤ。
「二人は……メイリンさんを運んでいったみたいだね。大丈夫だといいけど」
エドガーも、心配してローザと共にメイリンの所に行こうとしていたのだが。
最初の揺れの振動でグラグラとしていた、踊り場に置いてある花瓶が今にも落ちそうだったため、押さえていた。
「その花、メイリン殿が毎日水を変えているものですね」
「――うん、そうだよ。これが落ちて割れていたら、もっと具合が悪くなっていたかも……」
今エドガーが持つ花瓶は、メイリンのお気に入りの花瓶だったはずだ。
ローザもそれが分かってか、エドガーではなくサクラを呼んでいた。
花瓶を押さえたのが他だったら、エドガーを呼んでいたはず。
メイリンの唯一の趣味と言ってもいいこの花は、アルベールが自分で育てた花だった。
先日来た折にプレゼントしていた物を、ここに飾ったのだ。
「……外が騒がしいですね、主殿。わたし、様子を見てきます」
「えっ、ちょっ……――アレっ!?サクヤ!?」
「ちょっと待って」と言おうとしたエドガーだったが、既にサクヤの姿は無かった。
「――どこ行った!?い、いや……と、取り敢えず……」
エドガーは花瓶をキチンと床に置いて。
ローザがメイリンを運んだであろう部屋、一階階段に一番近い部屋である109号室に向かった。
◇
サクヤは、宿の屋根の上で外の状況を見ていた。
ここ【福音のマリス】は、下町でも中々に大きな建物で、平地にある下町ならばある程度は見渡せていた。
「……コレは酷いな。全く統制が取れていないぞ……」
地震が少ないこの【リフベイン聖王国】で、先程の様な地震が数度も続けば、パニックになることは仕方がないかも知れないが。
「余りにも酷い……」
住民は我先にと逃げようとし、住民を守ることが仕事の警備隊や騎士達も、慌てふためいて混乱している。
「そんなに大きな地震では無かったがなぁ」
サクヤやサクラの世界【地球】。特に日本は地震が多い。
現に先程サクラは、然程も驚いてはいなかった。
精々、習慣なのか手摺りに摑まる程度だった。
「――やはり、サクラは……わたしの……」
振る舞いや、サクラ自身との会話の中で、それらしい発言は多々あった。
照し合させてみれば、サクラはきっと服部家の血筋だとわかる。
「……コノハ……」
“召喚”される際に聞いたあの異質な声の主は。二人を《同じ魂》と言った。
同じとは、同一人物と言う事ではないかと、サクヤは感じている。
そしてそれは、二つに分かれた姉妹も、同じなのではないかと。
「――むっ?……アレはエミリア殿ではないかっ!?何を一人で……避難誘導をしているのか?――いや、それにしても」
遠くで人混みに声を掛ける、馴染みの金髪少女がいた。しかしサクヤはがっかりする。
「折角エミリア殿が混乱を収めようとしているのに、なんなのだあの男は……」
必死に住民たちを落ち着かせようとするエミリア。
しかし、慌てふためいて聞く耳を持たない住民たちは、エミリアを無視して北の門を目指しているように見えた。
順番など完全にお構いなしで、女子供を突き飛ばしてでも逃げようとする男。
エミリアはその男に詰め寄るが、後ろから来た別の男に羽交い絞めにされた。
「――なんと卑劣な!」
サクヤは装束の中から【赤い仮面】を取り出し、口元だけが隠されたそれを装着すると、屋根の上から瞬時に消え去った。




