43話【これがあたしの異世界ライフ?】
◇これがあたしの異世界ライフ?◇
「……っ!」
自分の周りを囲む女性陣の様子を伺いながら、エドガーは痺れる足の刺される痛みに耐えていた。
エドガーが女性陣に正座をさせられ始めて、早一時(1時間)。
ローザとエミリア、そしてサクラがエドガーを囲むように椅子を持ち寄り、それに座っている。
「――な、なんであたしまで……」
サクラは、完全に巻き込まれただけだった。
事の始まりは、エドガーがサクヤの左眼を気にかけて、《石》の様なサクヤの眼を覗こうとした。
結果的にあごくいをし、二人の唇が触れそうになった(風に見えた)所で、エミリアが強制的に止めに入った。
勿論エドガーにそんなつもりはない。度胸もないだろう。
ローザは無言でドス黒いオーラを放ち。
エミリアはあからさまに顔を赤くして怒っている。
二人の隣に座るサクラは、自分の言い放った《あごくい》と言うワードがローザとエミリアにこの状況を招かせたということを重々承知の上で、二人の間に座っている。空気読みだ。
一方、あごくいをされた当事者、サクヤはと言うと。
「……」
エドガーの目に入る場所、つまりは女性陣の後ろで惚けている。
「……あの、一体どうしたんですか?」
食堂に、作業を終えたメイリンが戻ってきたのだが、重苦しい雰囲気を察知してか、居心地を悪そうにしながらも恐る恐る声をかけて来た。
「あっ!メイリンさん――聞いてよメイリンさんっ!エドがねっ……」
椅子から身を乗り出して、エミリアがメイリンに事の顛末を話そうとする。
だが、《石》や異世界の事を話してはいけないと言う理性は残っていたようで。
「――あっ!……あ~、えっと……な、何だっけ?ローザ……」
エミリアはローザに丸投げした。
「……見ての通りよ」
ぶっきらぼうに返答するローザ。
視線はエドガーから一切逸らされずに、目を細めてエドガーに答えを要求している。
その熱い視線に、この状況が理解できていないエドガーは視線を逸らすことしか出来ず、それがまた女性陣の不興を買ってしまう。
「――わ、私、サクヤさんとサクラさんの部屋のベッドメイクをしてきますね」
メイリンが、丁度いいと言い出しそうな感じでポンと手を叩き、そそくさと二階へ向かった。
エドガー絡みでローザ、そしてエミリアが機嫌を損ねた事だけは、瞬時に理解したメイリンだった。
去っていくメイリンの背中を、悲しそうに見るエドガー。
折角来た助けだと思っていたエドガーは、心の中でガッカリし、それと同時に足の痺れがピークに達したようで、青ざめた顔のまま女性陣に声をかけ始めた。
「あの……僕、何かしたんですかね……?」
エドガーの本心だ。
「――サクラ。説明して」
まったく状況が分からないエドガーと、何故か知らないが怒るローザとエミリア。
巻き込まれたサクラは「はぁ~」と一度ため息を吐き、エドガーの隣にしゃがむ。
「エド君。どうしてこんな事になってるかを知りたいんでしょ?――こういう事だよ」
膝立ちで座ったサクラは、エドガーの顎に手を添え、少し上に上げてから自分の顔を近付ける。
「え……わぁっ!?」
キスされると勘違いをしたエドガーは、頬を赤くしてのけ反る。
「――君はさっきそれをしたんだよ……エド君」
目を見開きサクラを見るエドガーは、咄嗟に心臓を抑えている。
何も言わなくても、訴えかけてくるのが伝わる。
「……」
「……サクラ~」
「い、いや……こうした方が早いと思って。――あはは」
ローザの視線とエミリアの恨めしい声を受けて、サクラは後頭部に手を当てて笑う。
「……そ、そっか……それはダメだった」
足の痺れに顔をしかめるエドガーも、ようやく自分がサクヤに何をしようとしたか気付き、苦悶の表情を浮かべながらも、反省をする。
「そ~いうことだよエド君。軽々しくやっちゃダメだからね……ローザさんとエミリアちゃんも、これでいいでしょ?エド君も反省してるよ」
エドガーに向けて「ねっ?」とウインクするサクラ。
それを理解し、コクコクコクと頷くエドガー。
「ホントに?」
エミリアはジト~っと、顔を横向けに傾けながらエドガーを見る。
「ほ、本当だよっ!……全然気が回らなくて。ごめん、二人共」
そもそもの問題、エドガーは謝る必要はあったのだろうか。
エミリアの長年の好意は、エドガーが気付いているかも怪しい。
その上で、ローザがエドガーに対してこの様な態度をするとは。
エドガーも、エミリアやサクラも予測はできなかっただろう。
何せ本人でさえ、何故自分が怒っているのかが、サクラの説明を受けるまで分かっていなかったのだから。
「……まぁ、いいんじゃない」
椅子から立ち上がったローザは、そっぽを向きながらもエドガーに手を差し伸べる。
エドガーはその手を取り、立ち上がろうとしたのだが。
「――いっだぁっ!っあ!?」
サクラの間近に迫った顔で、足の痺れを忘れていたエドガーは、ローザに引っ張られるままに、そのままローザを押し倒す形になってしまった。
――ドタン!っと。
ローザを下敷きに、エドガーはローザの胸に顔を埋める体勢で。ローザはそれを抱きかかえる体勢で二人は倒れた。
「なっ……なにしてんのぉぉぉっ!?」
エミリアが叫んでも、ローザは抱え込んだエドガーの頭を離さず、モガモガと苦しそうにするエドガーの有り様を見ている。
「ちょっとエド!ローザ!は~な~れて~!!」
エミリアはすぐさま二人を引き離そうとしてエドガーの腕を引っ張る。
エドガーを抱きかかえるローザは、心底嬉しそうな顔をしていた。
「――ローザっ!どさくさに紛れて何してるのよぉ~!ふん、ぬぅぅぅぅっ!」
ローザの至福の表情で理解したエミリアは更に必死になる。餌を捉えた野生動物の様なローザから、エドガーを取り返すべく躍起になる。
「……うん。もう許してあげる」
一頻りエドガーを堪能したローザは、エドガーを抱えたその腕を急にパッと離す。
「――ぶふぁっ……おぁぁっ!!」
ローザから解放されたエドガーも、やっとまともに空気が吸えると顔を上げるが。
エミリアが先程から引っ張り続けていることもあって、その反動で今度は後ろに倒れこむ。
「きゃっ!……いったぁ~――!!えっ!?」
「んなっ!?」
エミリアに引っ張られるままに倒されたエドガー。
今度はエミリアに覆い被さる形になっており、直ぐに退こうとするが、身体が動かない。
何故かと確認する為に、首を回して後ろを振り向くと。
ローザがエドガーの背中に足を乗せ、押し潰す様にしていた。
「「ちょっ!!ローザっ!?」」
エドガーとエミリアの二人は、綺麗にハモりながらローザに苦情を入れる。
「これでいいでしょう……?」
「何のことっ!?」
ローザの言葉を理解できないエドガーは焦って叫ぶが、エドガーの下にいるエミリアは。
「そっか……そうだよね。そういうことかぁ。仕方ない!受け入れようエド!」
と、何かに納得している模様。
「な、なんでエミリアは納得してんのさっ!……ぐぅ」
エドガーが退こうとしても、ローザの脚力の方が上回っており。
更に押しつぶされて、遂にはエミリアとくっついてしまう。
その体勢はまさに危ないもので。両足が開かれたまま倒れるエミリアの間に、エドガーがすっぽりと挟まっている。
「うわ……えっろ」
サクラが思わず口にするのも無理はなく。
顔を赤くして口元を隠すエミリアと、歯を食いしばり何かを我慢しているように見えるエドガーは、正直ヤバい。
いよいよ我慢の限界かと思われたエドガーだったが。
「お主達……それはわたしの《あごくい》?よりも過激ではないか……?遠目から見ればまぐわいだぞ……?」
「――それもそうね」
冷静を取り戻したサクヤの一言で、エドガーは解放される。
何かにトリップしていたエミリアも、急に恥ずかしくなったのか、無言のまま俯いてしまった。
一人ずっと冷静だったサクラは。
「はぁぁぁぁぁぁ~」
(もしかして、こんなことがずっと続くの……?)
と、大きなため息を盛大に吐き。
エドガーを取り巻く女性環境に、そして自らの異世界ライフに、危機感を募らせていた。




