48話【新皇帝の一手】
◇新皇帝の一手◇
パラパラと雨が降り始めた帝国の空を見上げる、一人の少女。
未だ慣れない真新しい軍服に身を包み、腰には剣が帯刀されている。
そわそわと誰かを待っているようで、手には何かの鍵が握られていた。
◇
私の名前は、ノーマ・グレスト。
誉ある【魔導帝国レダニエス】の騎士よ。
今私は、ある男を待っているんだけど、そいつがなかなか来ない。
そりゃあイライラすると言うものよ。
だって、もう半時(30分)以上よ?
夏が近づいて来て、この恰好だってしんどいって言うのにさ。
まぁ、以前までの鎧兜よりは遥かにマシだけどね。
この黒い軍服は新品で、卸したての革の匂いが、独特の威圧感を出していた。
だって数日前まで、私達帝国の騎士は鎧を着ていたのだ。
新しい皇帝、ラインハルト陛下の発言一つで、重武装が免除されて、この恰好に至る。
“魔道具”【黒銀のコート】。
帝国南部の森に生息する、硬い皮膚を持った狼から取れた毛皮を利用して作られた一品であり、魔力を練って織り込んだ装備だ。
その防御力もさることながら、魔力が織り込まれている事で、装備者の魔力を底上げしているというもので、驚くことにラインハルト陛下は、騎士達全員分を用意していた。
防御力は鎧以上、魔力も底上げしてくれるとなっては、分厚く重い鎧を着込む理由なんてなくなる。
「ラインハルト陛下さまさまよね~」
【魔導車】のドアに背を預けて、私は相方である男を待つ。
ホントに遅い、抗議してやるわ。と、そんなことを考えていたら。
「――わりぃわりぃ!遅れちまったわ」
やっと来た男は、悪びれもなくへらへらして私の隣まで来る。
「へへ……わりぃって言ってんじゃんか、そう怒んなって」
私の顔を見て、すぐに怒っていると判断したのか、この男、バルク・チューニはへらへらしながら謝罪する。
糸目なので余計ににやついて見えるのが、また腹が立つ。
「バルク……あんた何やってんのよ!皇子……じゃなかった、皇帝陛下に言われたでしょ!?私達これから、エリウス殿下を迎えに行くのよ!?」
そう、私達に与えられた任務、勅命だ。
ラインハルト新皇帝は、即位して直ぐに、帝国騎士団の解体を宣言した。
そしてなんと、翌日直ぐに、新しい騎士団が設立されたの。
その名も、【黒銀翼騎士団】。
その名の通り、黒銀の翼をあしらった装備一式を身に纏い、帝国を守る牙となる事を目的とした騎士だ。
創設間もないにも拘らず、ラインハルト陛下は私達【黒銀翼騎士団】に命令を下さった。
それが、皇女エリウス様をお迎えする事だった。
しかし、何故私達に?という事だけど。
それは、実は単なる人手不足だったりする。
「分かってんよ、しゃーねぇだろ?隊長がいねーんだから!」
そう、隊長。前の騎士団の隊長である、カルスト・レヴァンシークさんがいない状態で騎士団が解体されて、そのまま【黒銀翼騎士団】が設立された訳だけど、隊長の信望は厚かったから、従わない人も結構な数いたの。
だから今は、私達みたいな若い人材しかいないのよ。
「それはそうだけど!半時(30分)も待たせるとか、馬鹿じゃん!!」
私は持っていた【魔導車】の鍵をバルクに投げつけて、助手席に乗り込む。
「うへー、こっわ」
バルクも怯えるフリをしながら、運転席に乗り込んできた。
後部の座席には、既に数人が待機している。
そんな【魔導車】が、計十台だ。
総勢80名が、エリウス殿下お迎え作戦のメンバーだ。
「うっし!発進すんぞー」
「うっさい!早くしろ!」
「ホントだよ」
「おせーよ」
「糸目の馬鹿」
部下達は、口々にバルクに暴言を叩きつける。
そう。何せこの、遅れてきて好き放題言われる男、バルク・チューニこそが、この部隊の隊長なのだ。
◇
「お、雨降って来たな……」
【魔導車】を発進させて三時(3時間)、フロントガラスにぽつぽつと、雨がぶつかるようになって来た。
車内で、男達が会話をしている。
「マズイな。雨が降ってくれば、道が整ってないから【魔導車】を走らせられんぞ?」
「いや、それは馬車も同じだろ?スピードはこっちが上なんだし、多少落としても追いつけんだろ」
「第一、殿下が攫われたと言っても、馬車とは限んないんじゃないか?」
「いや、異世界人ってやつが二人ほど宿で目撃されてる。なんでも“天使”様らしいぞ?そいつらがエリウス殿下らしき人物を連れて馬車に乗り込むのが、バッチリ監視“魔道具”に映ってる。商人の荷馬車だ、かなり小さいから見逃すなよ?」
後ろの席から、運転をしているバルクに次々と話しかける男達。
「わーってるよ。つか運転してる俺に言うなよ!隣で眠りこけてる副隊長に言えや!!」
「……すこー、すこー」
「だってノーマちゃん気持ちよさそうに寝てるし……なぁ?」
「だな。だからお前に言うのは当たり前だろーが!」
「その通りだ!きりきり働け馬鹿隊長!」
「――んだよお前らー!俺隊長だぞ!泣くぞしまいにゃ!!」
三人の部下に次々に言われて、バルクはアクセルを踏む。
魔導機関に魔力を注ぎ、エンジン全開だ。
眠っているノーマに腹が立ちつつも、バルクは素直に従うのだった。部下の言葉に。
◇
【帝都ガリュガンツォ】、【レダニエス城】謁見の間。
新たな衣装に袖を通し、新皇帝ラインハルトは、肘をついてため息を落とした。
そんな姿を見守るのは、一人の老人。
名をボーツ・オル・マドローと言う。この男は大臣の一人で、初めからラインハルト派だった人物だ。
「お疲れですな、陛下……」
「ボーツよ、どうしてこの国の騎士達は、いつの間にこんなに腑抜けになっていたのだ……」
ラインハルトは呆然としていた。
帝国騎士団を解体し、新しい騎士団を設立したが、解体に納得がいかない騎士が挙って辞めていった。
その数、なんと数百。その全てが、前隊長であるカルスト・レヴァンシークを慕っていたのだ。
ラインハルトも、これには想定外だった。
辞めていった騎士の大半が、隊長クラスの指揮を執れる人物だった。
残ったのは、新兵だった若い騎士達ばかり。
それでも、実力者は大勢いる。
隊長に任命したバルク・チューニもその一人であり、素行面はともかく、魔力量は尋常では無かった。
副隊長のノーマ・グレストも、何故かかなりの人物に慕われていて、事実上の隊長は彼女とも言える。
それ以外も、実力者は大勢いる。しかしその大半が、十代の少年少女であるという事だ。
ラインハルト自身、未だ十代の若輩だと認識している。
しかし、その野望は大きく計り知れない。
十代が多いのはいい。若い力が集まれば、それこそ老害として排した前皇帝の理念とは相反する未来が見える。
しかし、指揮や指導を出来る者がいない。
それは、育成が進まないという事でもあった。
「隊長に据えたバルク……あいつは天才だ。しかし、どうも阿呆だ……それに副隊長のノーマ、やる気があるのはいい。だが、阿呆だ……」
「ふむ、確かに困りものですな……」
頭を抱えたくなった。
これなら【魔女】に洗脳してもらった方が、まだ役に立つと言うもの。
しかし。
(いや……それではダメだな。それでは、いざという時に役に立たない。俺が求めるのは、国として覇者に成る事だ……独りよがりで世界を制したところで、それでは老害と同じ……愚者だ)
ラインハルトは立ち上がり、玉座を後にする。
「騎士達のもとに向かわれるのですか……?」
「ああ。数人は残っているだろう、指導者が出来るものが……」
少なかろうが、指導者は必要だ。
一気に若返りを果たした騎士団を、真の意味でまとめてくれる人物が。
カルスト・レヴァンシークが相応しいのは分かる。だが彼は、エリウスの部下であり、エリウスの信者だ。
きっとあの放送も、どこかで聞いていたはずだ。
ならば、カルスト・レヴァンシークが向かう先は二択。
逃げたエリウスのもとか。騎士隊長として己の責務のある、ここ帝都かだ。
「もう一つの騎士団も決めねばなるまい。帝国を守る……牙をな」
「はっ……陛下。残っている者を招集いたします」
ラインハルトの言葉に、ボーツ大臣は一礼をし別方向へ向かう。騎士の選別に行ったのだろう。
【魔導皇帝】ラインハルトの見る未来は、覇道か王道か。
しかしその先に、【召喚師】との邂逅がある事を、【召喚師】は知らない。




