31話【帝国の火種】
◇帝国の火種◇
エドガー達が【福音のマリス】で、ローザ達が【リフベイン城】で、各々の物語を進んでいる中、西の地、【魔導帝国レダニエス】。
その最北端【ルーノダース】では、帝国皇女エリウスが、その物語の一節を進めていた。
乾ききった大地を踏み込んで、防護服を身に纏った人間が二人、地質の調査をする為に工具を用意している。
「――じゃあリューネ、ここの土壌を調べるわ。土を採取してその“魔道具”に入れなさい。手袋をつけていても、決して触っては駄目よ、キチンとその道具を使って」
「は、はいっ……!」
緊張気味に、しゃがみ込む防護服の少女。
分かりやすく言えば、偉そうなのが皇女で、挙動不審なのが部下のリューネだ。
なんでそんな事を言うのかと言うと、防護服がまったく一緒で、どちらか判別が出来ないからだ。敢えて分けるなら、小さい方がエリウスか。
「ゆっくりよ。慎重に……」
「は……はいぃ」
金具を持つ手がフルフルと震えている。
その姿に、エリウスまでもがつられて緊張してしまいそうになる。
リューネはサラサラと、採取した土を筒状の“魔道具”に入れる。
すると、瞬時に筒の色が変色して、白い容器の筒の色がが、一気に紫に変わった。
「うん。やっぱり、どれだけ調査しても同じよね……」
「はい。そうですね、殿下……」
成功に安心したのか、リューネは肩を落として息を吐いた。
こんな事が、既に三日間に及んでいた。
地質調査、水質調査、空気毒素の観察。
そのどれもが、以前の調査と何ら変わらない、不動変の無意味な調査だ。
「……」
「……」
二人はこの曖昧な任務を受けて三日間。
たった二人、この辺境の僻地を調査していた。
しかしそれも国の為と、皇女エリウスは言い聞かせていた。
「――馬車に戻りましょう。レイスとヘルゲンも、お腹を空かせて待っているわ」
エリウスが可愛がる二頭の愛馬。
黒馬レイスと白馬ヘルゲンは、エリウスが聖王国に遠征している際も馬車馬を務めてくれた立派な仲間だ。
「そうですね。昨日も無理して走ってくれましたし……」
調査の為に移動して、終わればまた安全圏まで戻る。
馬車に乗っているエリウスと、御車をするリューネも大変ではあるのだが、一番苦を強いているのは愛馬の二頭だろう。
特に、黒馬レイスは結構な齢を迎えている、あまり無理もさせたくなかった。
「じゃあ行きましょう」
「はい」
“魔道具”を片付け、専用の鞄に仕舞い。
二人は馬車に戻った。
◇
夜になり、【ルーノダース】から少し離れた安全圏にあるキャンプ地点では、焚き火に薪をくべる音だけが鳴っていた。
疲れ切った二人は話すことも無く、只々身体を休める事だけに集中している。
勿論、従者であるリューネはエリウスの体調面を考慮して、細心の注意をしているが。
「……」
「……」
気まずさにも似た、無言の空気。
流石に三日目にもなると慣れてきてしまって、無言でも困らなくなった。
リューネがエリウスに気を遣い、様子を伺っている事が、逆にエリウスに考え事をさせないくらいにはうまくいっていた。
食事を終え、食器を片付けるリューネ。
近くに川があるので、そこまで持って行って洗うのだが。
そこまで綺麗ではない川で、皇女様が使用する食器を洗う事には気が引けていた。
「私も行くわ」
と、エリウスが入れ物を持つ。
「い、いえ……いけませんよ!これは私の仕事ですからっ。それに川は近いですし」
「近いとは言っても、馬で行けばの話でしょう?」
【ルーノダース】に近い川は全て汚染されて、全滅している。
このキャンプ地点ですら空気がギリギリだ。
皇女を一人残すのも、確かに良くはない。
少し考えて、それもそうかとリューネは納得して、せめて自分から頼む事とした。
「――分かりました……では、お願い致します、エリウス様」
「ふふ……ええ。行きましょう」
部下の配慮に優しく笑い、二人で川に向かったのだった。
◇
汚れが出ない様に、汁ものは食べてはいない。
ソースなども極力使わない質素な食事をしたエリウスとリューネの二人は、川で食器の汚れを洗い落とし、控えめな水浴びだけをして、キャンプ地点に戻ろうとしていた。
しかしそこで、エリウスの様子がおかしい事に気付くリューネ。
「……エリウス様?」
「――リューネ……南を見て……」
「南……?」
エリウスの緊迫した声に、リューネはサッと視線を移す。
「――えっ?」
瞳に映る、南の景色は。
灼熱の――赤だった。
◇
轟々と燃える建物。
植えられていた木々は既に炭と化し、人の亡骸と思われる物体も幾つも転がっていた。
それを、白銀の“天使”スノードロップと獣人の幼女ノインは悲しげに見る。
「――酷い有様ですね……」
「……だね」
遺体に祈りを捧げ、スノードロップは《魔法》を唱える。
頭上の光輪を輝かせて、翼を広げ。
「彷徨える御魂よ……どうか安らかに、【安息を】」
翼から糸のように広がる光子は、この場に漂う死者の魂を繋ぎ、天へ召す。
「――“神”のいないこの世界でも、せめて少しでも多くの魂が、安らげますように」
ノインも手を合わせて、祈りを捧げる。
そんな二人に、声を掛ける人物が現れ。
「――そんな事をいちいちしていたら、祈りは幾つあっても足りないぞ?」
「シュルツ様……」
「シュルツ様っ」
シュルツ・アトラクシアは煤のついたコートをポンポンと掃い、やれやれと天を仰ぐ。
「――まさかラインハルト皇子が、ここまでの事をしでかすとはね……これじゃあ、俺達の計画は頓挫かな……」
「……ええ。皇太子ラインハルトはおそらくは、タイミングを見計らっていたのでしょう。シュルツ様の動向も、皇女エリウスの動向も、全て見越して、クーデターを起こした……そして、その傍にはおそらくあの【魔女】も……」
「ああ。だろうねぇ……相変わらず困ったものだ。十数年の絆は何処に行ったのやら……裏切られた気分だよ」
あははと笑うシュルツ。
「……」
冗談だと分かっていても。今の一言は、スノードロップには不快だった。
「――絆などと言う事を貴方が言うのですか?わたくし達は、利害の一致……それだけでこの十数年を過ごしてきたのでしょう?」
「スノー、落ち着いて」
ノインが窘めるも、スノードロップは。
「……わたくし達はあの方の為に、貴方に力を貸していました……それは、遠くない未来、敵対するかもしれないと理解して……それでも同じ思いがあったからこそ、傍にいたのです。そうでしょう、ノイン」
「それは……そうだけどさ……シュルツ様、誤った方がいいよ?」
「……」
シュルツは視線をスノードロップ達に向けないまま、言葉を並べる。
「……俺の想いは、昔から一つだけだ。俺はあいつの為に、国を捨て家族を捨てて、こうして異国の地で研究を続けて来たんだ。その成就が遠のいたんだ……冗談の一つも言いたくはなるさ……今日、この国は一度終わる。俺達の手ではなく、皇太子ラインハルトの手でだがな……」
それは、シュルツ達の筋書きには無い物語りだ。
帝国の世代交代は、確かに望んでいた事だ。
無能な皇帝を玉座から引きずり降ろし、新たな帝を擁立させる。
その手筈さえ、整っていたと言うのに。
「ですから、そんな冗談を言っている場合ではありませんでしょうに……」
「そうだよ……どうすんの?これからさぁ」
スノードロップとノインは、シュルツを見るが。
「……さぁ、どうしようか?……はははっ」
その覇気の無い返答に、スノードロップの眉間に一本の皺が寄った。
スノードロップは持っていた槍の柄で、シュルツの脇腹を小突きながら言う。
「――笑っている場合ですかっ!これからどうするのです、返答によっては、わたくし達は……」
「痛いって……その槍、俺には刺さるんだからさ……やめてくれよ、スノー」
「……シュルツ様……貴方……」
その声に、強い意思は感じられない。
(折れてしまったのですか……こんなにも容易く、あっけなく……一度の……いえ、もう、何度目でしょうか……)
気だるげに語るシュルツには、もうスノードロップ達と同じ意思は無いように感じ取れた。
その痛ましい視線を感じたのか、シュルツは。
「分かっているよ。スノー……確かに、今俺は参っている。注意していたとはいえ、皇太子にこうも簡単に裏をかかれるとは、思っていなかったんだ……ポラリスにもね」
「……それはそうでしょう。わたくしもです……ですが、わたくしは一人でも行動します……貴方がここで止まっても、わたくしは……」
「いやいや、アタシを忘れないでよスノー!アタシだって、早くご主人に逢いたいんだから!」
両手をブンブン振りながら、獣耳をピンと立たせて。
ノインはスノードロップに抱きつく。
「――ちっ!……そうですね」
そして“天使”の舌打ちである。
「なんで舌打ちっ!?」
「ははは……そうか。分かったよ……じゃあ、最後にポラリスを探そうか。皇太子と共にいるのなら、城だろうね」
「……ええ。そうでしょう」
シュルツは先行して、城の方へ歩いて行く。
そんな背中を見ながら、ノインはスノードロップに聞いた。
「……いいの?スノー」
「……仕方がありません。彼の意思が重要なのですから……彼女に逢うことが、シュルツ様の目的。ここで別たれたとしても、目的地は同じ……道は違えど、結局はあそこで再会する事になるでしょう」
「それもそっか……それじゃあアタシ達は」
「ええ……【魔女】を探したら、行動を開始しましょう……目的は……――皇女エリウスです」
現在離れた場所にいる、この国の皇女。
“天使”が助言したものの、しかし皇帝によって遠くに追いやられた哀しい娘。
異世界人に対して最強の特効を持つ少女を、スノードロップは待たねばならない。
しかしその異能を扱う為のは鍵は、皇帝が握っている。
どの道。この場にいる事が出来なかった時点で、スノードロップの助言も、“送還”と言う異能も、全ては意味の無くなっている事象だった。
◇
一人先を行くシュルツは。ブツブツと虚空に向かって。
「やれやれ……皇子のせっかちにも困ったものだ。大方、ポラリスに唆されたのだろうが、まさかクーデターとはね……しかも、これだけの戦力を集めていたとは……流石に驚いたよ……それに、誰一人としてそれを止めようとしないなんてね……」
皇太子ラインハルトのクーデターは、一瞬のうちに行われた。
夜闇に紛れ、一度着いた火種は瞬く間に広がった。
しかし、それを抑える為の兵士達も、軍の上官も大臣も、全てがラインハルトの味方となっていたのだ。
「【魔女】の《魔法》があるにせよ……これだけの人数を手玉に取りながら、俺達をも欺くとは……まったく、底知れないな……」
呆れるシュルツ。
ポラリスの《魔法》の一つ、【誘惑】。
性交した人物を操ると言う、実に直球染みたものだ。
そうなれば皇子もそうなのではないかと勘繰りたくもなるが、ポラリスの執着ぶりを見る限り、ラインハルト皇子には《魔法》が効かなかったとみるのが正しい。
だからこそ皇子に固執するりのではないかと、シュルツは思っている。ポラリスは、相当皇子を気に入ったのだろう。
「……まぁ、俺のやる事は変わらないさ。そもそも、無能な上が代わってくれるなら何でもよかったんだ……皇帝が代われば国も変わる。そうなれば……戦は目の前だ……」
一人、楽しそうに含み笑いを見せる。
もう直ぐ、戦が始まる。
そんな不吉な予言が、夢想を描いて離れない。
自分の思うままの筋書きでは無いものの、最終的な終着点は同じだと言い聞かせて、シュルツは城を目指す。
例え、それが旧知の仲である異世界人達との決別であろうとも、シュルツ・アトラクシアの目的は変わらない。
「――もう直ぐ……もう直ぐ逢えるよ……○○○……」
呟いた名は、突風と崩れる建物の崩壊音で、掻き消されていった。




