09話【第二王女】
◇第二王女◇
思い返した恥ずかしい出来事。
エミリアは、隣に座るローザがまだ医学書を読んでいても、お構いなしに話しかけていた。
「――でね。そのコノハちゃんが……」
「エミリアちょっと五月蠅い」
寄ってくる虫を払う様に、手でしっしっ!とするローザ。
「流石に酷くないっ!?」
「私だって傷付くんですけど!」と、机をたたいて反論する。
再度言うが、ここは図書館だ。
「いいから早く仕事に戻りなさいよっ」
「今は休憩中です~、休憩中~!」
「――残念ですけど、休憩は終わりですよ。エミリア様っ」
ローザとエミリアの居る座席は二階だが、声は下から掛かった。
その声に、エミリアはテーブルから身を乗り出して。
「レミーユ!もう交代なのっ!?」
「ちょっとエミリアっ。はした……はぁ、まぁいいか」
腹這いで足を上げ、下着丸見えのエミリアを注意しようとしたが、途中でローザは諦めた。
「――んじゃ、またねローザ!私戻るからっ」
「はいはい……お仕事頑張りなさい」
走っていくエミリアに、ローザは息を吐いて見送る。
何度も言うが、ここは図書館だ。
「さてと……次の棚に行きましょうか。《石》の価値がないお国柄上、鉱石類の本は一切置いていないし……医学書も進んでいない……《魔法》に関する書物なんてある訳も無し……はぁ……」
ため息を吐いて、ローザは別の棚に向かう。
「……」
【リフベイン聖王国】の書物類の発展は皆無、むしろローザの時代よりも衰退していた。
医学などの知識の広まりも、同レベル。
何千年も経っているとは思えないほど、この国の進歩は少ない。
当時簡単に治せた病気が、不治の病として書物に載っていた時には、ローザも眩暈を覚えた。
(これなら、エドガーの家の書物の方がまだマシだわ……)
国の中枢である秘蔵図書館に、心の中で愚痴をこぼして、ローザは本を取る。
「……時間は……まだあるわね。五冊はいけるかしら……?」
エミリアとは違い、ローザは仕事まで時間があった。
指南役として入城した手前、ローマリアに王族の作法や勉強を教えてあげなくてはならない。
そんな合間を縫って、こうして調べ物をしているのだが。
図書館で調べ物を開始して、既に15日。
有益な情報を、ローザはまだ得られていない。
◇
【白薔薇の庭園】、薔薇広場。
「――いいんですか?ノエル様」
「あ~、いいのいいの。どうせバレないし」
メイドの恰好をするノエルディアと、エドガーの妹リエレーネ。
彼女もまた、メイドの恰好をさせられていた。
【聖騎士副団長】オーデイン・ルクストバーに。
そして今は、サボっておしゃべり中。
勿論、リエレーネは自分から進んでサボっている訳ではない。
「いや~。後輩が出来て、折角仕事が減ったと思ったらさぁ、ここ数日忙しくて忙しくて……」
「は、はあ……そうですね。確かにお忙しそうですけど……」
ノエルディアの【従騎士】となったリエレーネも、ローザが城に来た時は驚いた。
詳しくは知らないが、ローマリア殿下の指南役として来たらしい。
(ローマリア殿下は、よく【福音のマリス】に行ってるとか……その過程でスカウトしたらしいけど、何だか聞きにくいのよね……)
「――ねぇリエレーネ、貴女のお兄さんって、どんな人?」
「――え。何ですか急に……昨日は突然ノエルって呼べって言ったり、変ですよ?」
ノエルディアはあの日、ローマリアがメルティナをメルと呼んだ瞬間、自分も愛称で呼んでもらおうと考えた。
その足掛かりが、自分の【従騎士】リエレーネだ。
「変とは何よっ。【召喚師】なんて言われて蔑まれてるのに、あの強さは何なのかと思ってねー」
【王城区】と、セイドリック・シュダイハとの決闘で二度見た。
エドガー・レオマリスと言う少年の戦いぶり。
【召喚師】と言う“不遇”職業に就きながら、周りには美女美少女の集団。
おかしいと思うのも当然の事でもあった。
「……そんなこと言われても、私にとってはおに……――兄は兄ですし」
顔を背けて、お兄ちゃんと言いそうになった事を誤魔化す。
(……この子、もしかしてブラコン?)
ニヤリとしながら、ノエルディアはリエレーネを覗き込む。
むすっ――として、兄の事を考えるリエレーネを目撃した。
「なんです?」
「い~や~……別に~」
「ちょっと、何なんですか一体……ノエル様っ!」
サボっている自覚があるのか、二人は声を隠すこともなく堂々と話す。
しかし、真隣に人がいる事に気付かなかった。
ノエルディアがぶつかりそうになる。
「――おっと。これは失礼……。……。……――って!!スィーティア様ぁぁぁっ!?」
ぶつかりそうになったのは、朱色の髪をぼさぼさにした第二王女スィーティアだった。
「……ん~。ああ、ローマリアのメイド……不躾よ~」
覇気のない返事で、第二王女スィーティアはノエルディアに言う。
「――す、すみませんっ!」
「――申し訳ありません!!」
ノエルディアは頭を下げる。当然リエレーネもだ。
「いいわよ~、別に~」
そう言い残して、フラフラと進んで行くスィーティア。
目元には隈が、身体はフラフラで足元がおぼついていない。
もしかしたら、ぶつかりそうになった事すら覚えていないかも。
「クビ飛んだかと思った……」
「……サボるからですよ……副団長に報告しますからね!」
「――ごめん」
泣きそうになる、メイドの恰好をした【聖騎士】だった。
◇
薔薇広場を通り過ぎたスィーティアは、一人愚痴る。
「また消えた……これで何度目だっけ、赤の反応」
感知しては消える、赤い反応。
この城で感知した際、その反応を追って何度も探したが、消えては現れを繰り返すので、とても疲れていた。
もう何日も徹夜で追いかけて、フラフラだ。
しかしこれは、ローマリアが立てた策だったのだ。
ローザが入城すれば、時間がかからずにバレるであろうその存在。
それをカムフラージュする為に、予めローザが魔力を注いだ、魔力の時限爆弾だ。
その爆弾は、一定の位置で魔力だけを発生させ、一定の時間で消えるようにしてある。
ローザは依頼を受けている間、極力《石》を使わないと決めている。
ローマリアと相談して、一番の難関だと言う二番目の姉を欺くための策だ。
その策にまんまと引っ掛かり、スィーティアはここ数日寝不足気味になっていた。
それこそ、ぶつかりそうになった【聖騎士】を咎める事もしないほどに。
宮殿内に戻り、廊下の角を曲がろうとしたスィーティアは。
「――しんどい……眠い……あ、くらくらする……」
寝不足が行き過ぎて、眩暈を起こす。
くらっとし、足元を何かに引っ掛けた。
「――あ」
ぐらりと、視界を揺らがせて。
向かう先は、硬い硬い大理石の廊下。
しかし。
「――おっと……大丈夫ですか?スィーティア殿下」
倒れる直前、王女の身体をガシッと支えたのは、【聖騎士】アルベール・ロヴァルト。
エミリアの兄にして、エドガー・レオマリスのもう一人の幼馴染。
「……確か、え~っと……アルベール……ロヴァルト?」
顔は覚えていたが、名前を出すのに間を置き。
しかしアルベールは。
「ええ。この間振りになりますね、殿下」
「――!」
ニカッと笑う青年の笑顔に、第二王女の心の壁は崩れた。
それはもう、見事に崩れたのだった。




