151話【臨戦態勢】
◇臨戦態勢◇
サクヤが飲用した薬は、思ったよりも早く効き始めて、酔いは直ぐに回復した。
今は、またローザの運転を観察しに行っている。
辛くても頑張る努力家なのか、また具合が悪くなってもいいと学ばないのか、これではどちらか分からない不思議な少女だ。
窓の外を眺めていたエドガーは、ゆっくりと停車する【ランデルング】に、目的地に着いたと言うことを感じた。そんな中でも、右手に描かれた天秤の紋章が気になる。
「……」
(紋章が形を変えるなんて……でも、名残はある)
天秤は赤い。皿は紫で、形も三日月だ。
しかもその皿の上には炎が揺らめいでいる。
どう考えても、ローザとフィルヴィーネの紋章だと理解できた。
「――着いたみたいだな。エドガー」
「――え、あ……そうですね」
フィルヴィーネに言われて、考えを中断する。
これも新しい力だと割り切り、エドガーは心に仕舞う。
「この力は、異世界人を縛る力な気がする」と、不安な気持ちを。
◇
殺伐とした風景だった。
水の補給をした【ルド川】を出発した直後は、まだ多少の緑があった。
しかしもう既に、視界に入る景色に緑は無い。
枯れ果てた木々と大地、割れた裂け目、様々な動物の骨が朽ちて、そこら辺に転がっているのが見える。
「……ここが、【ルノアース草原】、いや荒野か……」
「……だだっ広いな。これなら、多少暴れても確かに平気であろうな、ふぁぁぁぁ~~あ」
フィルヴィーネが、言い終えると同時に欠伸をする。
背伸びをして、眠る(気絶)リザをつまんで胸の谷間に入れた。
それでなくても大きいのに、フィルヴィーネの胸は、サクラが用意した服で更に強調されていた。その隙間に、見事にハマるリザ。
「ぼ、僕はちょっとサクラ達を見てきますね」
「……うむ」
敢えてリザには触れず、エドガーは運転席に向かう。
パシュゥゥ――と自動で開かれた扉を抜けると、ぐったりとしたサクラとサクヤが居た。
「……ふ、二人共、大丈夫かい?」
「……だいじょーぶだよ。疲れただけ……」
「はい、主様……今までこ奴はよくやっていました……褒めてあげてください」
ローザが運転中のここは、どのようだったか。
二人の疲労感を見て察してしまうエドガーは、「ははは……」と笑いながらも、そのローザを伺う。
「ローザも、お疲れ様……」
「ええ。これはいいわね……気分が晴れるわ」
ローザは【ランデルング】のハンドルを撫でながら、エドガーに答える。
なんだかとても軽やかに答えてくれている。
結果的に、ローザのストレス発散にはなったようで何よりだ。
約二名ほど、精神的に参ってしまってはいるが。
「そっか、それなら良かったよ」
エドガーは運転席の窓から外を見る。
後部の部屋から見る景色とはまた少し違い、荒れ果てているのがよく分かる。
フィルヴィーネの言う通り、多少の戦いでは影響もないだろう。
それにしてもこの【ランデルング】は、よく無事に走ったと思う。
普通の馬車だったら、絶対に脱輪していただろうし、ここまで来るのに何日掛かった分かったものではない。
サクラとメルティナに感謝だ。
「これで、今度からは遠出が出来るわよ?それこそ、他国に出かけてみたりね」
背筋を伸ばすローザは、楽しそうに言う。
これは、相当【ランデルング】の運転をお気に召したようだ。
「――はは、それはいいね……」
「でしょう?」
それよりも、エドガーはまず他の街や村に行ってみたいと思っている。
王都から出たことがないのだ。当然の主張だろう。
「……でもさ、本当になーんもないんだねぇ」
サクラが助手席で言う。視線はフロントガラスの向こう側だ。
旱魃した潤いのない大地と、崩れかけた崖やむき出しの山肌が無限の如く広がっている。
「本当だな……わたしの御国も、もう少し豊かであったぞ」
「――いやいや、日本は全然豊かでしょっ……比べられないわよ、あんたの時代だって、田園だらけなんじゃないの!?」
自分の地元を思い浮かべて、サクヤにツッコむ。
日本の古き良き田舎風景が容易に思い浮かんだ。
「どうだろうか……わたしの知る【ミカワノクニ】は、まぁまぁな田舎であったぞ……」
「ほらね!三河って愛知じゃん!同じだよっ!うちは服部家――あんたもそうなんでしょ!?」
「――!!――!?」
「え――なに?あたし変な事言った?」
「……あ、いや……わ、わたしも思っていたのだっ」
二人はこの世界に来てから、あえて名字を言っていなかった。
お互いに勘付いて、気付いていても言わなかったのだ。
そういえば、自己紹介の時も名前だけだった気がする。
二人は、特にサクヤは自覚する。やはり自分達は、同じ存在なのだと。
出身地も、名字も同じ、育った環境と時間軸が違うと言うだけで、別の世界の同じ人間なのだと。
「「……」」
睨み合っているのか見つめ合っているのか。
少なくとも、いがみ合っている訳ではなさそうだ。
「……」
(やはり……同じ。このサクラは、わたしの……)
サクヤの心に芽生えていた疑惑は、この時確信に変わった。
「――ほら二人共……そろそろ降りるわよ。ここに来た目的は、私があの“魔王”と戦う事が目的なのだから……なんだったら、二人も戦う?」
サクラは首をブンブン振るい。
サクヤは少し考えて。
「――いや、今回は……見学させていただくとしよう」
自分なりの考えがあるのか、サクヤは断った。
ローザは「そう」と一言だけ言い残して、先に運転席を後にした。
「……僕たちも行こうか」
「うん」
「……はい」
これから起こるローザとフィルヴィーネの戦いに。
エドガー達は、不安に駆られながら下車するのだった。
◇
エドガーがローザの後をついて【ランデルング】を降りると、既にローザが身体を動かし始めていた。
フィルヴィーネは大きな岩に腰掛けて、リザと会話をしていた。デコピンから目覚めた様だ。
「……」
無言でフィルヴィーネを見るローザ。
視線で何かを起こしてしまうのではないかと冷や冷やしてしまうエドガー。
ローザはもう、臨戦態勢だ。
「ローザ、もう準備しているんだね」
「ええ、いつでも行けるわよ」
「き、気が早くないかな?」
着いて早々だ。正直言って少し見て回りたい気持ちがある。この【ルノアース荒野】を。
ローザの思いも、それはもう十分に理解しているが。
エドガーのそんな気持ちを感じたのか、ローザは。
「……あの子達と見て回ってきていいわよ……私はあの女と一戦交えるから」
「い、いや……そういう事ではなくてね」
苦笑いを浮かべて、ローザの背中を押す。
「――ん……ありがとっ……」
ストレッチをしながら、ローザはドンドン気合を入れていく。
エドガーとローザ、その二人のその様子を見ながら。
「――見てよ【忍者】……あれがエド君の、誑しの部分だよ。見た今の!あんなにスムーズにローザさんの背中を触ってさぁ……ねぇ。女慣れしてないとは思えないんだけど……」
「た、確かにな。主様は、ああいうところがある……ジゴロと言うやつだな!」
二人は見合って笑う。結構酷い事を言っているが、聞こえているエドガーは否定しない。いや、ジゴロは否定した方がいいと思うが。
「……我は構わぬよ、エドガー。精々手加減してやるさ」
フィルヴィーネが余裕を持って言う。
――ピキッと、ローザの眉間に怒りの皺が浮かんだ。
「……ふんっ。大丈夫よ、エドガーに心配は掛けないわ」
しかし、事前にエドガーに言われた事もあるので、ローザはフィルヴィーネの挑発には乗らなかった。
「ふぅ……」
(よかった……)
ローザが思いとどまってくれたと、この瞬間だけは思っていた。
何故ならば、右手の天秤の紋章、【真実の天秤】は、何も反応を示さなかった。だから、エドガーは安心してしまっていたのだ。
まさかローザが、自分を騙して、噓を隠し通す精神を持っているなんて、想像もできなかった。




