教団
聖女教団と言う勢力がある。
『教団』と言えば聖女教団を指し、各街には必ず教団の支部・教会が建てられるほどに国に根ざした宗教である。一口に宗教とは言っても、教団において信仰する対象は神ではなく、過去実在した『聖女』であり、その御伽噺にまでなっている聖女の再降臨を願い、信者は日々祈りを捧げているのである。
「報告は受けたかね?」
その教団の本部の奥。教祖と呼ばれる人物のみ立ち入りを許された部屋に二つの人物が在る。一人は純白の僧衣を着た教団において教祖と呼ばれる人物。
「光の柱の件かい?アレなら本部の屋上からでもよく見えたよ」
もう一人は黒の祭服を身に着けた青年。人を見下したような軽薄な笑みを顔に貼り付けたその青年は、聖女の歴史が刻まれた聖書を机の上に投げ置き、教祖の言葉を受ける。
「間違いないと思うかね?」
「間違いないさ、アレは『聖女』の使う蘇生魔法だ」
興奮気味の教祖に、淡々と語る黒の青年。対照的な二人の意見は聖女の降臨という一点において、確かに一致を果たしていた。
「夜に1つ、朝に20いや30か、断続的に発生したそうだね?」
「それら全てが本当に蘇生魔法とは、とても信じられん」
光の柱、それは確かに聖女のみが扱える蘇生魔法の光。
それを目にした信者たちは聖女降臨に喜びのあまり咽び泣き、職員まで巻き込んで教団の機能は完全に麻痺してしまっていた。
「事実さ。教団で養殖した聖女見習いの基準から考えれば、信じられないのも分かるけどねえ」
「失敗作どもか」
黒の青年の意見に、苦々しく言う教祖。
聖女も『英雄』である以上、育成することが可能であろう。そう考えて教団でも聖女の適正のある少女たちの育成に乗り出していたが、その結果は教祖が言うとおり散々なものであった。
ひ弱な少女のこと、狩りや戦場に連れて行くこともできず、ただただ回復魔法を使わせるという気長な方法をとることとなった。捕らえた魔物を傷つけ回復させるという手段を寝る間も惜しんで繰り返し数年。一番適正の高かった聖女見習いを中心として10人からの見習い達が挑戦した蘇生魔法による結果が人の背ほどの光の柱。人は愚か猫を蘇生するのが限界という有様で、しかもそれを使った直後には全員が魔力切れで昏倒してしまっていた。
「失敗作は酷いな。僕が挑戦した聖女のパワーレベリングでも精々30レベル。ギリギリ蘇生魔法が使える程度だったよ。まあ、魔力切れで回復に入る聖女なんて使い物にならなかったけどね」
「つまりは本物ということか?」
「それ以上だね。僕の記憶でも、あれだけの蘇生魔法を連発できるのは知力極振りの聖女くらいしか考えられない。戦闘無しで本当にそんな『英雄』を育てたんなら、それはどんな気狂いだろうねえ」
黒の青年はここではない何処かの世界の記憶で語る。それはつまり、彼がここではない何処かの世界の『英雄』であることを示している。
「『神父』である僕は、呪いや不死者に圧倒的なアドバンテージがある。それでギリギリ育成ができたんだ。回復相手も必要な聖女を回復魔法だけでカンストまで成長させるなんて、正直信じられない」
「だが、確かに聖女様はこの世界に降臨した。ならば、彼女を迎え入れるのが教団としての正しいあり方とは思わないかね?」
両手を挙げて降参する黒の青年に、教祖はニヤリと笑みを浮かべて問い掛ける。
「ここは聖女教団だからねえ」
「そう、それに聖女様に子を為して頂ければ、世界中の支部に聖女様の威光を広げることも夢ではない」
呆れる黒の青年に目を輝かせて語る教祖。その言葉の意味に黒の青年は大きくため息をつく。
「英雄同士でなら子を為せるって帝国の例の実験かい?」
「そうっ、生まれた子供は父親か母親の属性を引き継いで生まれてくる。神父である君と、聖女である彼女が子を為せば、確実に神父か聖女が生まれるという訳だ!!」
黒の青年が語るは帝国が捕縛した英雄同士を使った人体実験の一つ。聖女が召喚できないならば生産できないかと様々な交配実験を行った結果。英雄の男女が性交した場合に限り、妊娠が可能であり、また生まれた子供もまた英雄であることが判明した。
例えば、戦戦男のベルセルクと、戦白女のヴァルキュリアが子を為せば、戦戦男のベルセルク、戦戦女のアマゾネス、戦白男のナイト、戦白女のヴァルキュリアの4パターンの英雄が生まれるのが判明していた。
「まあ、確かに僕らのパターンだと神父か聖女しか生まれないね。でも、能力の問題があるよ?」
「それも問題なかろう。20や30も続けて蘇生魔法を使えるほどの聖女の力。それが十分の一になったところで何の問題も無い!!むしろ本部たるここに座する聖女の力が際立って、更に都合がよい」
続く黒の青年の言葉も帝国の情報。生まれた子を英雄として育成した限界がおおよそ親の一割の能力。一般兵士から見れば遥かに強力な固体ではあるが、その子は不老を失うことと、奴隷扱いしている英雄の子はやはり奴隷である。そんな出来損ないに予算をかけるならば、新たな英雄を召喚すればよいとの考えから、帝国もその手の研究はやめてしまっていた。何より、聖女無しで聖女を作るには、少なくとも神父が必要であり、今現在帝国に神父の英雄は存在しないからだ。
「まあ、見目の良い英雄を回してくれては居たんだろうけどねえ、隙を見て解呪して逃げ出さなければ、僕は今も種馬扱いだったのかねえ」
「そ、それは気の毒だとは思っている。だが、逃走中の君を保護したのは我々だよ?聖女様と子を為す事位はお願いできないかね?」
どんどんと暗くなる黒の青年の言葉に、神父は興奮しすぎていた自身を反省し、黒の青年へ懇願する。呪いへの耐性と解呪能力を持つ神父である彼、その彼が捕縛された後の件は教祖も本人から聞いている。彼がヒトとしてどれほどの痛苦を受けたかは想像するまでもない。
「そうっ僕の守備範囲は12歳までだ。理想は10歳!!一桁から二桁に上ったギリギリの青い果実っ、それが理想なんだよ!何が悲しくて15を超えたオバサン達を抱かなければいけないんだよ!!」
「あ、い、いやそうだ!!聖女様と子を為せば10年後には理想の少女が出来上がるじゃないか。父親として子を愛するのも悪くはないと思うぞ」
それまでの雰囲気を一変させリビドー全開で声を上げ始める黒の青年に、性癖としては至極真っ当な教祖が冷や汗を大量に流しながらなだめ始める。
「そ、そうだね。僕も教団が保護してくれたことは感謝している。何、目隠ししてでもやることはやるよ。10年後の天国の為に」
「そ、そうか。そういってくれると助かる。それはそうと、帝国に潜りこませていたラルクがここに戻ってくるのもそろそろだろう。聖女様の情報を確認し、これからの教団の動きを検討しようじゃないか」
少なくとも落ち着いた黒の青年に、教祖は小さくため息をつきながらラルクと呼んだ間者の到着を待つ。そんな彼ら二人を、部屋に飾られた聖女の絵画が見下ろしていた。
優しく、慈愛に満ちた大人の女性の優しき瞳で。
「あ~ランダムメイクで奇跡の10歳美幼女とかになってないかなあ」
「そ、それは無いと思うぞ」
***
同時刻。
「くちゅんっ、くちゅんっ、ちゅんっ」
戦闘が続く広場の中。喧騒から離れた一角で、シルクの膝枕で眠りについたレンが小さく可愛らしくクシャミをする。
「風邪ですか?」
「それは無いでしょう。3回だから誰かがレンちゃんに惚れたのかもね」
「総統の世界の言い伝えですか?」
レンとシルク、その二人につき従うように立つ黒尽くめの男の問いに、シルクは微笑みながらレンの頭を撫でる。
「ぶみゅっ、りじゅれーくしょーん」
『またトロルが復活しやがった!!岩男ー!!』
光の柱が天を貫き、一際大きな声が上がる。何度繰り返しても尽きぬ高効率経験値稼ぎ。最高レベル到達者である彼らに意味があるのかと問い掛けたくなる光景に、黒尽くめの男が大きくため息をつく。
「私は参加しなくてもよろしいので?」
「えぇ、彼らの戦闘能力の確認も兼ねてるから。それに、私一人じゃあレンちゃんを守れないしね」
「?」
「100人も居れば絶対に居るのよ。レンちゃんを浚って帝国に下ろうって考える輩がね。国を相手に戦って勝てるわけが無いのは間違いないから」
シルクの言葉に疑問符を浮かべる黒尽くめだが、続く説明を聞いて納得する。先から戦闘に参加せずにちらちらとこちらに視線を送る英雄たち。それが要注意人物だと確認する。
「では、魔封じのアイテムの作成は?私の国の符呪士でも、力のあるものなら作成が可能と聞きましたが」
「それならここにあるけど、今はみんなには秘密。彼らの手っ取り早い訓練もあるし、それにね・・・」
シルクは一つの指輪を弄りながらレンの顔を覗き込む。幸せ一杯に見える小さな美幼女の可愛い顔。右の頬をつつけば単体ヒールが、左の頬をつつけば範囲ヒールが暴発することを発見したことに微笑みつつ、シルクはレンの左頬をぷにっと突く。
「らむとーぴーるむっ」
同時に炸裂する広範囲回復魔法。トロルの攻撃を無理に受け力なく垂れ下がっていたロックの左腕が勢い良く持ち上げられる。同時に、正面から突撃してくるトロルをがっしりと受け止め、そのトロルの背に一斉に攻撃魔法が降り注いでいくのが見える。
「こぉんな可愛いレンちゃんの魔法を封じるなんて、私にはできないわっ!!」
「はぁ、確かにレン様は可愛いですが」
体勢に無理が無ければ頬ずりすらしそうな勢いで顔を振るシルク。総統としての顔と、レンに向けての顔、その正反対ともいえる性格を使い分ける自らの上司の激変に巨大な冷や汗を流しながらも、黒尽くめは疲れた様子で同意する。
「あぁ、そうそう。親衛隊の娘たちに、どさくさでダンジョン内のモンスターも釣ってくるように言ってあるから、はぐれモンスターが流れてきたらお願いね」
『何でゴブリンが洞窟からでてくんだよ!!』
『大きな音立てすぎたからリンクしたか!?』
『つーか、ヘルハウンドは二層のモンスターだろっ!!』
と、シルクが思い出したように言うと同時に、洞窟入り口付近に居た英雄たちが一斉に声を上げる。更に騒然となり始めた広場の様子に目を見開きながらも、黒尽くめの男は静かに自らの任務を了解した。
「はい、この命にかえましても」




