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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
エピローグ 精霊少女の招待状
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第8幕 始まりの地

 そしていよいよ、わたしたちは『ルーズの町』に到着しました。


 とはいえ、『会場』は町外れに設置する予定であるため、街の近くに『アリア・ノルン』を着陸させた後は、会場準備に当たるメンバーとアリシアお姉ちゃんたちを迎えに行くメンバーとに分かれることになりました。


「じゃあ、俺たちはもちろん、迎えに行くメンバーで良いよな?」


「うん。是非そうしてくれ。準備なら、僕の方で大体手配済みだからね。明日の式までには驚くような会場を設営して見せるよ」


 ルシアに問いかけられ、ノエルさんは自信満々な答えを返しています。


「はは! 楽しみにしてるよ。じゃあ、行こうか、シリル?」


「ええ、そうね。シャルも行くでしょう?」


「うん。セフィリアとあの子たちも連れて行っていい?」


「もちろんよ。アリシアと会うのも少し久しぶりだし、なんだか楽しみね」


 シリルお姉ちゃんはすごく嬉しそうな顔で笑っています。


〈我が息子ともいうべき、ヴァリスの結婚式なのだ。当然、我も迎えに行くぞ。なあ、ファラ?〉


〈うう、わらわも来いと言うのか?〉


〈ああ。ヴァリスは今や、ファラにとっても義理の息子のようなものではないか〉


〈うぐ……〉


 顔を赤くするファラさん。もはや二人は、正真正銘、紛うことなき夫婦のようでした。


 結局、迎えに行くメンバーはルシアとシリルお姉ちゃん、わたしとセフィリアとシェリーとリオン。そして、ファラさんと竜王様の八人となりました。


 ヴァリスさんとアリシアお姉ちゃんは、『魔導都市』でのゴタゴタが収まって以降、基本的には二人で『ルーズの町』に居を構え、時々旅行に出かけたりしているらしいのですが、今回はもちろん、自宅で待っていてくれているはずです。


 わたしたちは昔話に興じながら、アリシアお姉ちゃんの待つ店へと向かいました。


「アリシア? いる?」


 シリルお姉ちゃんが店の戸を叩くと、ドタドタという足音が向こうから聞こえ、勢いよく扉が開かれました。


「シリルちゃん! 久しぶり!」


「え? きゃあ!」


 飛び出してくるなり、シリルお姉ちゃんに抱きつくアリシアお姉ちゃん。相変わらずの仲良しぶりですが、初めて見るリオンとシェリーが目を丸くして驚いています。


「ちょ、ちょっと、落ち着いてってば! 久しぶりって言っても、まだ何か月も経ってないじゃない」


「それでも、久しぶりなものは久しぶりなの!」


 声を弾ませながらもようやくシリルお姉ちゃんから離れたアリシアお姉ちゃんは、可愛らしい部屋着に身を包んでいます。


「ふふ! でも、結婚おめでとう。アリシア。わたし、本当にうれしいわ」


「うん! ありがとう、シリルちゃん」


 シリルお姉ちゃんのお祝いの言葉に、満面の笑顔で返事するアリシアお姉ちゃん。


「ごめんね? 明日の準備もあって、家の中はあんまり片付いていないんだけど……ほら、上がってってよ」


 そう言ってアリシアお姉ちゃんは、わたしたちを中へと招き入れてくれたのでした。


「よく来たな。久しぶりに会えて嬉しいぞ」


 奥ではヴァリスさんも出迎えてくれました。かつてのように戦闘用の装備ではなく、落ち着いた装いの普段着を纏うヴァリスさんは、ますますどこかの国の貴公子を連想させるような気品に満ちています。


「よう、ヴァリス! ついに結婚するんだって? やったじゃないか!」


 ルシアはヴァリスさんの姿を見るなり、からかい混じりの声で祝福の言葉をかけました。


「む? あ、ああ……そうだな。ありがとう」


 どことなくぎこちない返事を返すヴァリスさん。少し冷や冷やしましたが、ルシアは特に気にした様子もないようでした。


 と、その時。


「ご結婚、おめでとうございます! 心からお祝い申し上げます」


 セフィリアは急に声を張り上げたかと思うと、アリシアお姉ちゃんに向かって頭を下げました。見ればその両隣では、リオンとシェリーが見よう見まねで揃って頭を下げています。


「え? えっと……セフィリアちゃん? あ、うん。ありがとね」


 戸惑いながらもお礼の言葉を返すアリシアお姉ちゃん。わたしは突然のことにびっくりして、セフィリアの傍に近づき、彼女の耳元で声をかけました。


「ちょっと、いきなりどうしたの?」


「え? だって、シャルが礼儀を守って常識的な行動をしなさいって言うから……前に読んだ本を参考にしてみたんだけど……」


「あ、そっか。うん。ちょっと脈絡がなさすぎたけど……でも、いいことだよ」


「うん。シェリーとリオンにも教えたんだよ? 偉いでしょう?」


 セフィリアの左右では、二人がどうだとばかりに自慢げな顔をしています。


「ふふ! そうね。偉いね」


 などと、わたしたちがやり取りを続けていた、その時でした。


「……シャルちゃん。すごい! この三年で随分お姉さんらしくなったんだね!」


 アリシアお姉ちゃんに感心したような声を掛けられてしまいました。もっとも、三年間と言うより、この子たちと出会ってからの短い期間で鍛えられたような気もしますが。


〈ヴァリス。めでたいことだな。我はきっと、いつかこんな日が来ると思っていたのだ〉


「ありがとうございます。竜王様の御恩には、何と言って御礼を申し上げるべきものか……。すべてはあの時、竜王様が我の心の内を察し、アリシアと同行するよう指示してくださったからこそです」


 声のした方を見れば、竜王様とヴァリスさんの二人が、何やら感極まった様子で言葉を交わし合っています。


〈いいや、ヴァリスよ。汝がルシアたちを守ってくれたからこそ、こうして我はファラと共に過ごすことができるのだ〉


 しっかりとファラさんの身体を抱き寄せ、笑顔を浮かべる竜王様。抱き寄せられたファラさんは、不機嫌そうな顔をしながらも抵抗する気はないようです。恥ずかしさのせいか、頬を赤くしつつも、されるがままになっています。


「今日は皆、泊まっていってくれるんでしょう?」


 アリシアお姉ちゃんの問いかけには、もちろん、全員が頷きを返したのでした。


──けれど、その日の夜。


 わたしは寝床からゆっくりと抜け出し、皆に気付かれないよう外に出ます。


〈このあたりは【風の聖地】に近いから、風を操って飛ぶくらいならわたしに任せて〉


〈うん。お願いね〉


 フィリスに風の制御をお願いすると、わたしの身体はフワリと宙に浮かび上がります。


「約束どおり、来てくれているかな?」


 わたしは空を飛びながら、独り言をつぶやきます。わたしが向かう【風の聖地】には、最後の『招待客』たちがやってきてくれるはずなのです。


〈そうね。彼女たちならともかく、彼はひねくれ者だし、わざわざこんな場に来てくれるかどうか……〉


 心の中でそんな会話をフィリスとしながら空を飛び続け、ようやく【風の聖地】ラズベルドに辿り着きました。


「……すっかり、綺麗な景色に戻ってる」


 降り立った場所は、険しい山々に囲まれた盆地でした。爽やかな風があたりを吹き抜け、空に輝く月の光が鏡のような湖面に映り込み、まるで夢の世界に立っているみたいです。夜の月明かりに照らされた草原には、大小無数の草花が咲き誇り、耳を澄ませば小さな虫の声も聞こえてきました。


「……良かった。わたし、ここのことは、ずっと後悔してたから」


 ふと、背後から聞こえる声。


「え? セフィリア? うそ? どうやってここに?」

 

 驚いて振り向いた先には、短めの金髪を風になびかせる一人の少女。ノエルさんの母、ミレニアさんにしつらえてもらった可愛らしい寝巻に身を包んだまま、穏やかな顔でこちらを見つめています。


「ん? ……走って?」


「……そんなわけがないでしょう?……とは言わないわ」


 わたしは『ゼルグの地平』で彼女と会った時の会話を思い出しつつ、溜め息を吐く。


「わたしだってノラには早く会いたいもん。だから、追いかけてきちゃった」


 恐らく空を飛ぶわたしの後を追いかけてきたであろう彼女は、息ひとつ乱していないのです。人跡未踏の高山地帯を走破してきたとは、到底思えませんでした。


「まあ、いいわ。とにかく、もうすぐ約束の時間のはずよ。このまま待ちましょ?」


「うん!」


 それから二人で【聖地】の中を散歩して回ることしばらく。


 視界の端に、突如として紅い線が走るのが見えました。


〈やっほー! 呼ばれて飛び出て、やってきました! 待っててね! お姉様! わたし、向こうの世界のあれやこれやをルシアとヴォルハルトに押し付けて……もとい、しっかりちゃんと片付けて、お姉様の元に馳せ参じますわ!〉


 静かな月明かりの下に広がる幻想的な景色。そんな雰囲気を台無しにしてくれる勢いで飛び出してきたのは、結婚式用と思われるパーティードレスを身に纏った黒髪の美女でした。


「あ、あはは……お久しぶりです。アーシェさん」


 乾いた笑いで応じるわたしに、アーシェさんはようやく気付いたというように、手を振りながら駆け寄ってきます。


〈シャル! 呼んでくれてありがとね? うふふ! ちゃんとお姉様には内緒にしておいてくれた?〉


「え、ええ。もちろんです。ノラから連絡を受けた時にはびっくりしましたけど……」


 世界の境界を限定的に斬り開き、強引に声だけを届かせるという手法でノラがわたしに連絡をしてきたのは、一か月ほど前のことでした。


 その時に聞いた話によれば、アーシェさんとフェイルたちは二年前、ルシアのいた【異世界】を支配する【ヒャクド】を、ついに破壊したとのことでした。さらには、システムに組み込まれていたルシア・マーセルとヴォルハルト・サージェスを解放することで、氷に覆われた世界を救ったのだそうです。


 その後、彼らはノラの中の『ジャシン』を説得しながら解放し、【異世界】の調整役を担わせることにしたとのことです。そうすることで彼らの存在意義を生み出し、世界に馴染ませていくこの試みも、ほぼ完了間近だということでした。


「ノラは? ノラは元気?」


〈え? ああ、随分と元気な子ねえ。あなたがノラの言っていた『セフィリア』かしら?〉


「はい! あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでした。……わたしはセフィリアって言います。よろしくお願いします」


〈ご丁寧にどうも。わたしはアレクシオラ・カルラ。呼ぶときはアーシェでいいわ〉


 突然割り込んできたセフィリアに嫌な顔一つせず、アーシェさんはにこやかに応対してくれました。


「それで、ノラはどうしたんですか?」


 わたしが改めて尋ねると、アーシェさんは何故かウインクしながら笑います。


〈もちろん、来るわよ。ただ、彼女の恋人さんが素直じゃなくてね。結婚式にはカップル同伴がお決まりなのに、来たくないってごねているのよ〉


「カップル同伴って……」


〈まあ、あの子もこの三年でさらに丸くなったから、明日までにはノラの『泣き落とし』に負けてやってくるはずだわ。心配しなくても大丈夫よ〉


 向こうの世界でのフェイルの『扱われ方』が、目に浮かぶような言葉です。


 しかしこの時、ここで再び激しく反応したのは、セフィリアでした。


「ノラ、とうとう本当にフェイルと恋人同士になったんだ!」


「え、えっと、セフィリア? 多分、アーシェさんが脚色して言ってるだけだと思うけど……」


「嬉しいなあ! だってノラ、ずっとフェイルのことが大好きだって言ってたもの!」


 喜びのあまり、くるくると躍るように駆けまわるセフィリア。そんな彼女には、流石にそれ以上声をかけることもできません。


〈ふふふ。あながち脚色ばかりじゃないわよ?〉


「え? 本当ですか?」


 耳元で囁かれたアーシェさんの声に、わたしは思わず声を大きくしてしまいます。


〈ええ。まあ、少なくとも明日やってくる二人の姿を見れば、誰だって恋人同士に違いないと思うんじゃないかしらね〉


 アーシェさんは、そう言って意味深に笑うのでした。

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