第134話 いろいろと駄目な人たち/測定不能
-いろいろと駄目な人たち-
「うう……、まだ足がガクガク震えてるよ」
ようやく動きを止めた『魔導船アリア・ノルン』の甲板上で、あたしはどうにか座席から立ち上がる。怖さのあまり、ずっと足に力を入れていたせいか、足元がふらついていた。
「大丈夫か? アリシア」
そんなあたしに、まっすぐ近づいてくるヴァリス。彼はあたしの身体に手を回すように背中を支えてくれた。優しく接してくれるのは嬉しいけれど、できれば人目を考えて欲しかった。
「ヴァ、ヴァリス! だ、大丈夫だから離して」
「む? 嫌だったか? すまん……」
ああ、だからそこでしょんぼりと俯かないでよ……。
「あ、あのね? ヴァリス。その、嫌じゃないんだけど……その、人が見ているところでは避けてほしいの。その、ほら、恥ずかしいからね?」
「……だが、人が見ていることを理由にアリシアを助けず、それでもしものことがあったらどうする?」
「あう……だ、だからその、そのへんは臨機応変というかなんというか……」
「臨機応変? だが、万全を期すなら常に気を配っていた方がよいだろうに」
うう、全然話が通じないよう……。で、でも、ここで諦めたらきっと……
「ひゅーひゅー、お熱いねえ!」
こうやって、レイフィアさんにからかわれ続けるに決まっている。あたしは覚悟を決めてヴァリスに向き直る。
「そ、その、気持ちは嬉しいんだけど……、ほら! あたしだってヴァリスと『真名』を交わしたおかげで大分強くなったんだよ? だから、そんなに心配しなくたって」
「だが、《転空飛翔》の直後でもなければ、治癒能力の向上までは期待できまい」
「そ、それはそうなんだけど……」
あたしが言葉を失って口ごもると、ヴァリスは少し悲しそうな顔をした。
「……はっきり言ってほしい。我がアリシアを護ろうとするのは迷惑なのか? 先ほどから、アリシアは言いたいことを言わずに我慢しているように見える。我に気を遣う必要はないぞ」
うう、なまじ人間の言葉の機微がわかるようになってきているのに、根本的なところがそのままだから、余計に性質が悪くなってるよ……。
嬉しいような、くすぐったいような、そんな気持ちになりながら、あたしはどうにかヴァリスをなだめる。ふとそのとき、服の袖が引っ張られるのを感じた。
「レミル?」
あたしが振り向いて見下ろした先には、真っ白な長衣に身を包んだ黒髪の少女がいる。長い長い黒髪を足首の辺りまで垂らし、曇りのない黒い瞳で見上げてくる彼女は、あたしに何かを訴えかけてきているみたいだった。
「どうしたの?」
そう声をかけると、彼女は誇らしげに胸を張って自分を指差す。ヴァリスの言う《転空飛翔》の直後でもない限り、直接会話することはできない彼女だけど、こうした身振り手振りでも十分話は通じたりする。今回の場合は……うん、そうだね。
「ほら、ヴァリス。あたしにはレミルもいるんだから大丈夫よ。あたしに気を遣いすぎて、ヴァリスや他の皆が危険になっても良くないでしょ? ヴァリスはあたしだけじゃなくて、皆が頼りにしているんだから」
うん、これが一番論理的でヴァリスを納得させやすい言葉かもしれない。実際、あたしの今の【魔鍵】『許容する希望の霊楯』には、これまでよりもさらに強い護りの力があるのだから。
「……なるほど。それもそうか」
うん、上手く行った。どうにか納得してくれてよかった。……と思うのはまだ早かった。
「だが、皆に頼られているとしてもだ。……我はアリシアにこそ一番に頼ってもらいたいし、他の誰よりもお前を護るためにこそ、戦いたいのだ」
「…………」
うう、駄目だ。恥ずかしくて言葉も出ない。
ああもう、どうしてこの人は恥ずかしげもなく、真っ直ぐこんな言葉を口にできるんだろう? まあ、確かにあたしは、彼のこういうところを好きになったんだけど、それにしてもこれはきつい。だいたい、『恥ずかしくて彼から目を逸らしたいのに、それをしたらヴァリスが自分は嫌われているのだと誤解するかもしれない』とか、そんなの一体どうしたらいいのよ!
そんな風にあたしが一人、身悶えていたその時。
「いやあ、とんだタイミングだったね。元老院もあと一日ぐらい動き出しが遅いと思っていたんだけど、血気にはやったルーゲントおじさまが出てくるとは僕も思わなかったよ」
「え?」
その声は、甲板上に設けられた小屋(船室?)の中から聞こえてきた。
「ノ、ノエル? どうしてあなたがここに?」
「やだなあ、シリル。レイミが言っていただろう? すぐに合流するってさ」
船室の扉を開けて出てきたノエルさんは、最後に王城内で見かけた時より随分ラフな格好をしていた。ゆったりとした上掛けに動きやすそうなズボン。革なのか金属なのか見分けがつかない簡易な防具を身体の要所に身に着け、腰には細剣を差している。
「……馬鹿言わないで。あれだけの速度で飛んでいた船に、もう追いついたの? それだけならまだしも、誰にも気づかれないうちに船室内に入り込むなんて、どんなカラクリがあるわけ?」
シリルちゃんは、責めるような口調でノエルさんを問い詰めている。
「怖いなあ、何をそんなに怒っているんだい?」
「あなたのその、何食わぬ顔が気に入らないの。……わたしは本当に心配だったのに」
シリルちゃんが拗ねちゃってる。どんなカラクリがあるにしても、これはノエルさんが悪いよね。
「シリルが怒るのも無理ないぜ。事情はちゃんと説明してもらわないとな」
「そのとおりだ。陛下だって君のために時間稼ぎを買って出たはずなんだぞ」
ルシアくんとエイミアの二人も、シリルちゃんに同意するように頷いていた。ノエルさんは、やれやれといった様子で首を振る。
「わかった。わかったよ。説明する。とにかく船室内に入ろうか? レイミがお茶を淹れてくれているはずだよ」
ノエルさんに促されるままに、あたしたちは船室内へと足を踏み入れる。
「わあ! すごい。なにこれ」
シャルちゃんが驚いている。あたしたちが入った構造物は、白い木材でできた小屋のような船室だったはず。なのに、中の内装は綺麗な壁紙や革張りのソファなど、ものすごく豪華な造りになっている。
「ここはまあ、応接間みたいなものでね。寝泊まりするための部屋や食堂、お風呂にトイレ。その他もろもろの生活空間は下の階、つまり船の内部にあるんだよ」
ノエルさんはそんなことを言いながら、ソファの一つに腰を掛ける。するとすかさず、レイミさんが姿を現す。この部屋には、丸くくり抜いた床が上下するタイプの昇降機まであるらしく、彼女は下の階から上がってきた。
「お待たせいたしました。さ、みなさん。座ってくださいな」
レイミさんがてきぱきと用意するティーセットが並べられた席に、あたしたちはそれぞれ腰を落ち着ける。いつもは立っていることの多いヴァリスも、あたしのすぐ隣に腰を下ろしていた。
「うーん、何から説明したものかな?」
ソファに座ってお茶を一口味わった後、ノエルさんは腕組みをして頭を捻っている。
「わたしが質問するわ」
「え? そうかい。それは助かる」
「……ノエル。あなた、その身体は本物なの?」
「…………」
シリルちゃんの質問に、あたしたちは一斉にノエルさんを見る。
「本物だよ?」
「じゃあ、あのとき王城内でルーゲント団長を挑発していたのは?」
「もちろん、僕だ」
「本物の?」
「うん。でも、『身体』は違うかな?」
「……やっぱり」
二人の間でだけ会話が成立しているみたいで、あたしにはわけが分からない。
「ね、ねえ、シリルちゃん。いったいどういうことなの?」
「……あのとき城にいた『ノエル』は、たぶん【魔導装置】の人形か何かよ」
「嘘だろ!? 本物にしか見えなかったぜ」
「あはは。君は人を見る目がないねえ」
ルシアくんの声に皮肉交じりに返事をするノエルさん。
「っと! なにもそんなに怒らなくてもいいじゃないか。冗談だよ冗談」
ノエルさんは、掴みかかろうとするルシアくんを押しのけながら、けらけらと笑う
「【魔装兵器】『ディ・ラフェイドの魔人形』。対象の【魔力波動】さえ登録できれば、どんな相手にも成りすませる物だよ。【魔力波動】が同じである以上、シリルの“魔王の百眼”でもかえって見破るのは難しいかもね」
「……馬鹿言うな。見た目の話じゃない。どう考えたって、あんたとしか思えない言動だったじゃないか。あんなレベルで思考する人形なんて、【機械兵】の中にだって……いなかったぜ」
「【機械兵】? ああ、『天空神殿』の訓練施設で『ゾル・ラフェイド』が擬態した奴のことだったかな?」
ノエルさんは呑気に首を傾げている。
「……『身体は違う』ってことは、逆に言えば、あの人形の『心』は、あなただったわけね?」
今度は再びシリルちゃんが、ノエルさんへの質問を続ける。
「うん。あの人形は遠隔操作で操れるんだ。ただ、その間は僕の『本体』が無防備になるからね。この『魔導船アリア・ノルン』の中に隠れていたってわけさ。まあ、本当は昼間に出発した後に、別の形で皆を驚かせようと思っての準備だったはずなんだけど」
「遠隔操作って……つくづく、とんでもないものを造るわね。それがどれだけ凄いことか、あなた自身だってわかるでしょうに。その上でしれっとそういうことを言うんだもの。だから、いらぬ嫉妬だって買っちゃうんでしょう?」
「あはは。嫉妬する側の気持ちなんてわかるわけがないよ。どうしてこんなに簡単なこともできないんだろうって、いつも思っていたもの」
今のは、どうしても彼女に勝てないでいる人が聞いたら、思わず殺したくなるようなセリフだよね。天然なのか、わざとなのか、よくわからないところが始末に負えない感じだよ。
「……そ、それより、じゃあ、その人形の方はどうしたんだい? まさか、あのまま連行されているとか? 今は遠隔操作をしていないんだろう?」
エリオットくんが心配そうにそんな疑問を口にした。するとノエルさんは、意地悪そうにその笑みを深くする。
「傑作だったよ。実はね──僕は連行されながら、ルーゲントのおじさまに『愛の告白』をしたんだ」
「ええ!?」
シリルちゃんが驚きの声を上げる。
「『今までわたしが悪いことをしていたのも、衛士団長であるルーゲントおじさまの気を引きたかったからなの……ごめんなさい』とか言っちゃって」
「おお! それってあたし好みの展開じゃん! それからそれから?」
突然、横から割り込んできたのは、悪趣味全開・野次馬根性満載のレイフィアさんだった。
「うん。『おじさまはいつもわたしの憧れでした。わたしは死罪になるかもしれないけれど、愛するおじさまの手で捕縛されての最後なら、悔いはありません』って言っちゃったりして」
「いいねえ、いいねえ。ナイスだよ。それ。あのおっさんが勘違いして舞い上がるさまが目に見えるみたいだねえ!」
「そうなんだよ。劣等感を抱いていた相手が、実は自分に惚れていた、なんて男のプライドをくすぐるには十分だろう? おじさんも、すっかり狼狽えちゃってさ。『自分がどうにか取り計らってやってもいい』とか言い出す始末だったんだ」
「わかってるじゃん。……で? 最後は、どんなふうに突き落としたの?」
駄目だ、この二人。趣味が悪すぎ。でも、あの憎たらしい団長の人が赤っ恥をかかされたんだとすれば、あたしでさえ少しだけ胸がすっとするような気がしてくる。……なんて考えは甘かった。あたしも、そしてレイフィアさんでさえも。
「うん──爆破した」
「へ!?」
予想だにしない答えに、レイフィアさんの顔が引きつりまくっていた。
-測定不能-
「えーっと、ごめん。あたしの頭が悪いせいかな? 言ってることが全然意味わかんないんだけど……」
レイフィアが顔を引きつらせたまま、ためらいがちな質問を口にする。だが、ノエルの言葉は単純なものだった。当然、意味が理解できないはずもない。理解できないことがあるとすれば、それは言葉そのものの意味ではなく、言葉が表す行動の意味だろう。
「だから、爆破したんだよ。人形をね」
あっさりと同じ言葉を繰り返すノエル。
「……それってつまり、爆破してあのおっさんをやっちゃったってこと?」
やっちゃった、とは『殺した』という意味だろうか? レイフィアの使う言葉は表現が砕けすぎていて、我にはいまいち意味がつかみづらい。
「まさか。せっかくあんなに無能な人が団長になってくれてるのに、それを殺して優秀な後釜にでもつかれちゃったら、もったいないじゃないか」
だが、ノエルにはすぐにわかったらしい。レイフィアの物騒な質問に否定の言葉を返す。しかし、彼女もあのルーゲントという男に対しては、随分と辛辣な物言いをするものだ。
「……もう、びっくりさせないでよね。つまり、【魔導列車】の仕掛けと同じで目を離した隙に証拠隠滅をしたってことなんでしょう?」
「ううん、違うよ。あのスケベ親父が僕の『身体』に腕を回してきたのが気に入らなくて、爆破しちゃった。てへ!」
片目を瞑り、小首をかしげるようにして言うノエル。当人は可愛らしい仕草を意識しているのかもしれないが、結果としては周囲の空気が一段と冷え込んだだけだった。
ノエルは、そんな皆の反応に少しだけ傷ついたような顔をした。そんな彼女を見て、シリルは呆れたようにため息をつく。
「『てへ』じゃないでしょう……。でも、それじゃやっぱり……」
「いやいや、威力は大したことないんだよ。命に別状はないさ。まあ、本格的な治療装置もない場所で大火傷を負った以上、少しは傷も残ったかもしれないけどね」
「……」
言葉が辛辣、どころの話ではない。ルーゲントとやらはかなり酷い目に遭わされたようだった。
「いずれにしても今日は夜中に起こされて、みんな大変だっただろうし、そろそろ休んだらいいよ。下の階にある寝室には、レイミが案内してくれるからさ」
「そうね。シャルも眠そうだし、そうしましょうか?」
確かに睡眠不足は身体に良いものではないだろう。我には大して影響があるものでもないが、アリシアはそうはいかないはずだ。我がアリシアに視線を向けると、彼女は何かに気付いたように、びくりとその身をすくませた。
何故だろうか? ここのところのアリシアは、様子が変だ。我を避けている、というわけではなさそうだが、奇妙な間合いの取り方をされているような気がするのだ。例えて言うなら、我が一歩踏み込むと半歩後ろに下がる、とでも言うような?
なにはともあれ、気にしていても仕方がない。我らはレイミの案内で昇降機に乗り込むと、階下へと降っていく。降りた先は、前後に伸びる廊下の中央部分に当たる場所だった。どうやらここの床が上下して昇降機の役目を果たしているらしい。
廊下の幅はそれなりに広い。壁面のところどころにガラスで造られたランプのようなものが設置されているが、恐らくは【魔法具】の照明だろう。板張りと思われる床や木目調の壁などは、ここが家屋であるような錯覚を覚えさせる。
「へえ、流石はノエルね。ここまで綺麗な質感を出すには、かなり複雑な術式の【偽装魔法】が必要なんじゃないかしら?」
「いえいえ、このあたりの細工は全部、レオグラフトさんが手配した大工さんたちの手によるものなんですよ。彼女はそれに強化と防腐の処理を【魔法】で施しただけです」
シリルの感心したような声に答えながら、レイミは歩く。廊下の両脇には、いくつかの扉がある。彼女の話によれば、この『魔導船アリア・ノルン』は甲板部分を屋上だと仮定した場合、三階建て構造となっているらしい。
今歩いている廊下は、三階部分の中央通路に当たる。主に乗組員となる我らの寝室や食堂があるとのことで、思った以上に内部は広いようだ。
「貴重な建材を使っていますからね。極力無駄な造りは排除して、中を広くとってあるんです。その分強度は折り紙つきですから、壁が薄くても問題ありません」
レイミがそんな風に解説してくれた。
「さ、それじゃ皆さん。ここに並んでいる扉が皆さんの部屋です。さすがに全員分の個室は用意できませんでしたけど、内装はわたしが整えさせていただきました。右の三つが女の子用の部屋。左の二つが男の子用の部屋です。割り振りはお任せしますので、自由に使ってくださいね」
「あれ? レイミさんとノエルさんはどうするの?」
その場を離れようとするレイミに向かい、アリシアが声をかける。
「わたしたちは上の応接を寝室に変えて使用します。玄関口での見張りと緊急時の舵取りも必要でしょうからね」
「少し意外かも……」
「え? どうしてですか?」
「レイミさんだったら、シリルちゃんとおんなじ寝室にする! とか言い出すと思ったのに」
冗談交じりに、そんな言葉を言って笑うアリシア。だが、レイミの反応は、冗談交じりでは済まなかった。
「……うふふ。残念ながら、それはさすがにできません」
「そうなの?」
「はい。そんなことになったらわたし、……どんなに頑張っても、一晩だって耐えられる自信はありませんから」
「た、耐えるってどういう意味よ!」
たまりかねて叫ぶシリル。
「聞きたいですか?」
「聞きたくない!」
「うふふ。ああ、それから一応、男女別みたいな言い方をしましたけど、そうじゃなくても使い勝手には問題ありません。ですから、アリシアさんとヴァリスさんを同室にする形でもいいんですよ?」
「な!!」
アリシアとシリル、二人が異口同音に声を上げた。何故か二人たりとも顔を紅潮させ、髪を振り乱すように頭を振っている。だが、そんなことより……
「ふむ。確かにそれはいい考えだな」
「ええ!?」
「ちょ、なに言ってるの!?」
再び二人の慌てた声がするが、何をそんなに動揺することがあるのか?
「アリシアを護るには、同室の方が有難い。無論、シリルやエイミアの力を侮るつもりはないが、不意打ちで近接戦に持ち込まれた場合を考えれば、やはり我の方が良いのではないかとも考えたのだが……」
「うんうん、そうだねえ! まったくもって、そのとおり!」
レイフィアが身を乗り出すように同意してくる。どうしてそこまで嬉しそうなのかはともかく、ここまで熱心になってくれるとは、彼女もアリシアがさらわれた件については責任を感じているのかもしれない。殊勝なことだ。
「ぷ、くく! ぶは! あははははは! だ、駄目だ、おかしい……」
「エイミアさん……気持ちはわかりますが、こらえてください。後でアリシアさんに怒られますよ?」
エリオットが例のごとく、エイミアをたしなめている。
「うう……みんなして、あたしをからかって……」
何故かアリシアが涙目だ。一体どうしたと言うのだ?
「ア、アリシア? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよう……」
そんなことを言われれば、ますます心配になってしまう。
「まあ、そんなに心配するなよ。まったく、仕方がないな。お前にはもう少し相手との距離の測り方なんかを教えてやらなきゃ駄目そうだな……」
ルシアはそう言いながら、動揺する我の肩に軽く手を置いた。
「む、むう……よくわからんが、よろしく頼む」
どうやら悪いのは我らしい。ならば、改善策を検討する必要がある。距離の測り方というのが何かは不明だが、ルシアが協力してくれるというのは願ってもない話だ。この男は、これでなかなか頼りがいのある助言をしてくれるのだ。
「と、とにかく! そ、そんなの駄目に決まってるでしょう!」
今や耳まで赤く染めながら、シリルが否定の声を上げる。
「何故だ?」
「何故も何もないの! とにかく男女は別! 人間の世界の常識! わかった?」
シリルは恐ろしい剣幕でまくしたててきた。これを人間界の常識というのは納得がいかない部分もあるが、改めてルシアに肩を叩かれ、我は渋々と引き下がった。
それから、男女別の組に分かれた我らは、各々の部屋へと入ったのだった。
「……ふむ。窓から外の景色が見えるというのは良いものだな」
部屋に入るなり、我は真っ先に目についた奥の壁にある窓へと近づく。
窓の外には、流れる雲と瞬く星々の光が見えた。飛行する船の側面に設けられた窓。そこからの景色だ。不思議と気分が高揚してくる。
「でも、空からの景色なら『ファルーク』の上からだって見てたんじゃないか?」
寝台の傍で寝支度を整えていたエリオットが訊いてくる。我は振り向いて窓に背中を預けた。室内には中央にテーブルと椅子が置かれ、両端の壁に寝台が一つずつ設けられている。他に簡易式の寝台も出せるようだが、この部屋には二人しかいないので、その必要はないだろう。右側の寝台に腰かけるエリオットに視線を向けると、我は軽く息をついた。
「そうかもしれん。だが、【魔導列車】の時もそうだったが、なぜかこの手の乗り物に乗ると、心が昂ぶってくるような気がしてな」
「……ヴァリスって、思った以上に人間臭いところがあるんだね」
「そうか? なら、いいのだが」
「え?」
我の言葉に、驚いたような顔をするエリオット。なにかおかしなことを言っただろうか?
「ふうん。そうか。随分と君にも変化があったみたいだね。アリシアさんと『真名』を交わして、さらに強くなったんだろうし、今度手合わせでもしてみないかい?」
「望むところだ」
言いながら、我も自分用の寝台へと腰を下ろす。実のところ、我自身にも今の自分の状態は計りかねているところがある。【竜族魔法】については、特に強力なものは《転空飛翔》使用直後でもないと使えないらしい。
これまで発揮できないでいた『竜族』としての【種族特性】が、通常のままでどこまで使用可能なのかは、確かめてみる必要があった。
「レイミさんの話じゃ、下の階には訓練施設も用意されているみたいだし、明日にでも行ってみようか?」
「ああ」
そんなやり取りの後、我は就寝することにした。




