9.8 思い掛けない繋がりが増える事もある
「よ、よかったねお兄!変じゃ無いって!」
「そうだな」
バシバシと俺の背を叩く鈴に若干ムカつきながらも俺は普段通りの返事でそれっぽく装った。あの無茶振りを素直にやり抜いた点はしっかり評価してもらいたいね。
「ほらもう帰ろ」
俺が切り出す前に柏木が言い、こちらに背を向けた。やけに素っ気ないと言うか俺以外に対してもこの態度をとっているのは違和感を覚えるがまぁ丸く落ち着いて良かった。こんなのは2度とごめんだが。
柏木へと続くように荷物を持った鈴、笠原が追う。残った俺と中澤と神谷はその後ゆっくりと部屋を出た。
「なーんだ。ヤナギ私達には好きな人なんか居ないって言ってたのに……嘘だったんだ」
拗ねたように前を向きながら頬を膨らます神谷。どうやら俺が思っていたより演技は上手かったようだ。俳優でも目指そうかな。
「お前まさかあの流れマジだと思ってんの?」
「え?どーゆー事?」
「だから……」
「あの場で鈴ちゃんが言い出したことに合わせてくれてたんだよ。大江のことが柏木にバレたりしないように」
俺が言うより先に中澤が説明すると神谷は納得の表情を見せる。
「じゃああの話が嘘って事?」
「ああ、そうだ。鈴の扱いにはホント手を焼く」
「良かった。なんか安心した」
神谷は俺に向けて微笑む。その意図が俺には分からず確認がてら中澤を見ると中澤も微笑みながら首を傾げていた。
「何が安心なんだ?」
「だってあの告白とかだって本当っぽかったしさぁ。もしヤナギに彼女が出来たりしたら一緒に帰ったりゲームしたり出来なくなるなぁって」
「なんで?すりゃあ良いだろ。まずその現実味の無い設定を想像出来るのが凄いけど」
俺からすれば別世界の話でもされているような感覚なんだよ。
神谷はムッとしながら俺を横目で見る。
「そーも行かないでしょ」
「まぁ確かにね……あまり気にしないって言うのは柳橋くんらしいけど……」
神谷に便乗し中澤も苦笑いを浮かべた。あれ?俺がおかしいのか?
「それは褒め言葉として受け取って良いやつ?」
「違う。褒めては無い」
「うん……褒めては無いな」
話を終わらせようと軽い気持ちで言ったら瞬時に否定された。しかし、どう転ぼうと実際問題そんな現実はありはしないのだし、俺はそれ以上言及しなかった。
***
その夜。
あたかも自分の策略が大成功を収めたとでも言いたいようにソファからペラペラ話す鈴に時折相槌を打ちながら俺はダイニングテーブルのいつもの椅子でいつも通りスマホに意識を向けている。
因みに今はおすすめ記事に出てきたグラビアアイドルのなんかを見ている。意図して開いたわけでは無い。
「なんかさ、お兄意外と様になってたよねぇ!希美ちゃんなんてね、先に練習って言ってたけど実は本気なんじゃ無いかって思ったって言ってたよ!」
「へぇ……」
「美香ちゃんは驚きすぎたのか帰り全然喋らなかったし!」
「ふーん……」
「ねぇ、さっきから聞いてんの……!?」
「おいやめろ……!」
テキトーな返事に痺れを切らした鈴がソファから俺の座る椅子へと歩み寄り強引に俺のスマホを取り上げた。当然画面を確認し、まぁ予想通りの引き攣った顔になる。
「うわっキモ……」
「うるせぇ返せ」
パシッと無駄にカッコ良くスマホを奪取すると俺は鈴へ向いた。
「あのなぁ、あーゆーのは事前に言ってからやれよ。俺だっていつも調子良く乗るわけじゃ無いからな?」
「それは悪かったとは思ってるけど……いーじゃん上手くいったんだし」
「お前なぁ…….」
この軽さ……。だが、こいつの『終わりよければ全て良し』みたいな考えは俺も指摘出来ることでは無い。そこだけ切り抜けば考え方は俺も同じな訳だ。
返す言葉も見つからずそろそろ自室へ向かおうと試みた時、俺の手の中でスマホがバイブした。
確認がてら開くも、俺は送信者を見て不意に固まる。
「柏木……?」
後ろめたいことは無いが……捉え方によってはなんかあいつを騙しているような感じだからか?妙な緊張を覚える。
しかしどーせ考えても分からないので取り敢えずメッセージを表示した。
『明日暇?』
「……は?」
「なに?お兄」
「いや、何も……」
なんだ?明日暇かって……。俺が暇じゃ無い訳ないだろうって事は置いておくにしても唐突にこれは……。なんか怖いしまず返すか。
「明日は特に予定は無い」
うん。「明日は」と付ける事であたかもいつもであれば予定が入っているように思わせる見事な演出だ。陰キャ諸君は是非使ってみてくれ。色々と応用も効くからおすすめだ。
すかさず既読の文字が浮かび返信が来た。
「じゃあ明日。鈴の誕プレの事。また連絡する」
あー、忘れてた。そーいやあったな、柏木への命令?みたいな奴。確かに鈴の誕生日プレゼントに何が良いか教えてくれみたいなこと言った気がする。
にしてもなんだ……?この端的かつ意味がよく分からない文章。あいつ頭良いんじゃねぇのかよ。
でもここでそんな事を指摘しても俺にメリットは無いだろうから俺は普通に返信した。
「了解」
またしても秒で既読は付いたが、それ以上のメッセージは来なかった。
「もう寝よっかなぁ……」
「珍しく早いな明日なんかあんの?部活?」
「部活は休み。明日は美香ちゃんの誕プレ買いに行くの"さゆりん“に付き合ってもらうの」
「へぇ……」
そこまで詳しく聞いてないんだけどな。てか"さゆりん“って誰?ゆるキャラ?
「あ!鈴の誕プレも期待してるから!」
「はいはい」
図々しい奴め。そんな自分からアピールする奴いねぇよ。
「あと知ってた?美香ちゃんと鈴誕生日一緒なんだよ」
「へぇ。あいつそんな事一言も……」
「お兄に言う訳無いでしょ」
「そうだな、じゃあ最初から聞くな」
意味わからん。その話の一節一節で俺を叩き落とすことの何が楽しいんですかね。
俺の投げやりな対応すらも楽しそうに見る鈴は続けて言葉を発した。
「美香ちゃんにも何かあげるの?」
「いや、おかしいだろ。なんで他人の誕生日まで身銭削って祝わねばならねぇの?」
突然ぶっ飛んだこと言うよなホント。つい最近話す機会があった程度の人になんでそこまでするんだよ。そんな事するくらいだったらおそらく誰からも祝われないであろう田辺先生あたりに缶コーヒーの一本でも買ってあげるわ。
妙にテンションの高い鈴はまだ続ける。
「だって告白してたじゃん」
「お前がさせたんだろ」
「でもこれを機に仲良くなれるかもよ?」
「そんな事求めてねぇよ」
あー疲れる。てか面倒くせぇ。もう俺が寝よ。
立ち上がり今度こそ自室へ向かおうとするとまだ後ろから声がした。
「友達の誕生日くらい祝ったら?」
「俺は柏木と友達じゃ無ぇだろ……おやすみ」
「ハァ……おやすみ」
なんなんだアイツは……。俺と柏木を仲良くさせたいのか?そんなん余計なお世話だってのに。
にしても柏木の言う「また連絡する」って……幾つか候補を教えてくれるだけにしてはなんか大袈裟だな。LINEでURL送ってくれりゃあそれで十分なんだが。




