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7.1 陰キャは時に陽キャよりも強くなる

 陽キャ界隈ではその場に居合わせた友人とは食事を共にすると言うルールでもあるのだろうか。


 そう思わせる程にごく自然に鈴の隣へ腰を下ろした柏木はさも当然のように食事を始める。


 隣で食事をしているのだ。当然会話も弾んでいる。


「○○高校も○○だよねー」

「○○高校の○番の人も凄いよね」


 恐らくバレーボール関連だろう話題に聞いたこともない人名や用語が飛び交っていた。これは思ったより長くなりそうだな。


 こんな多種多様な食べ物が存在する空間に烏龍茶だけを啜っていれば当然俺にも空腹が訪れ始める。今日はもう使いたく無い思いは山々だが仕方がないか……。


 再度財布の中を確認し、その残金に躊躇いつつ俺は席の近くのドーナツ屋へ向かった。


 


 1つでレジに並びたくは無いと言う無駄なプライドから150円ほどの普通のドーナツを2つ購入し席に戻ると2人はまだ楽しそうに話し込んでいた。すげぇ戻りづらいな。


 いや待てよ。よく考えたら俺が席を外すべきなのか。こーゆー経験は豊富なはずが気が付かなかった。


ふらりと周囲を見渡し近場の2人掛けの席へ向かおうと方向転換した。陰キャたるものせめて空気は読まないとね。


「ねぇ、私も休憩そんな長く無いし別にそこ座ってればいーでしょ」


「そうですか……」


 鋭い声で呼び止められ振り返ると、キリとした目つきで俺を見る柏木。彼女にそう言われてはこちらも返しようもなく素直に応じるしか無い。

 大人しく元いた席に座った。


「にしてもさぁ、あんた達兄妹仲良すぎよね。前からそうなん?」


 視覚的にも邪魔をせぬよう下を向いてドーナツを頬張っていたため、俺に言っているのか鈴に言っているのか分からず反応に遅れると先に鈴が反応した。


「いや……仲良いかな?」

「他を知らないからなんとも言えねぇな」


「仲悪かったらこんな所で2人で居ないでしょ?見たことあんの?」


 よし、この口調は俺に向けてだよな。


「基本外には出ないから見た事はねぇよ。俺が出かけるのはこいつの付き添いか1人でラーメン屋くらいだから」


「何それ。あんたに聞いた私が間違ってたわ」


 俺は謎に呆れ返ったため息を吐かれる。そして柏木の視線は鈴へと移った。


「まぁ今日偶然鈴と柳橋(それ)に同時に会えたから言っておこうと思うんだけど……」


 柏木は僅かに含んでいた口の中身をゆっくりと咀嚼し飲み込む。

俺と鈴はそれを黙って待つ。


「何かしようとしてるみたいだけど大丈夫だから、そーゆー気遣いとか」


「え……美香ちゃん、どーゆー事……?」


 オロオロとする鈴の問いには答えず柏木は俺の眼をじっと見る。


「な、何だよ……」


 本日何度目かのこの威圧。けどこれは今までのとはどこか違う。意図的に発している様な感じだ。


「あんたはなんか知ってんでしょ……けど何もしないで」


「お、おう……」


 よく分からないが俺だけが何か気がついている事に柏木が気づいているらしい。けどそれが何を指しているのかはよく分からない。


 柏木はお盆に乗った味噌汁をグッと飲み干すといつの間にか完食。ふぅっと薄い唇から小さく息を吐き出した。


「ごめん鈴!私もう行かないと」


「え、ちょっとさっきの話って……」


 察していた通りというべきか、柏木に何か隠し事がある事へ不安を顕にする鈴に、柏木はにこりと微笑み頭に優しく手を乗せた。


「鈴は何も気にしなくていい事だよ。私も何も問題ない!」


 なるほどね。神谷が言っていた「俺以外には優しい」ってやつの意味が少しわかった気がする。鈴は友達と言うが実際的な立ち位置は姉の方が近いのかもしれない。


 「またね」と鈴に手を振り俺を真顔で一瞥した後柏木は食器を持って席を離れていった。



***



 5月も終盤に差し掛かりもうすぐ衣替えの時期。


 この中途半端な気温の変化がうざったくて仕方がない。5月病とか言う言葉もあるぐらいだし『うるさい』は『五月蝿い』って書かれるし、1年の中で最もハズレの月なのかもしれないとすら思えてくる。


 しかし最下位争いにはこれから来る6月も捨てがたいのだ。何せ、祝日が1日もないどころか梅雨入りしたら最悪だ。

毎日アスファルトから湧き出る臭いに苦しまされる日々になる。『ペトリコール』とか言うオシャレっぽい名前してんじゃねぇよ。バサバサバサバサ永遠に外がうるさいのも気が休まらない。雨音がロマンチックだなんて言ってるやつの気が知れない。こりゃ祝日も無いわけだ。


 そして今日も梅雨入り前の雨。窓に映る澱んだ空を見れば重いため息の1つも溢れる。


「ため息吐くと幸せが逃げてくよ」


 棘のないふんわりとした声でスマホを眺める小柄な少女が口を開いた。


「逃げ出すような幸せ元々持ってねぇよ……あとため息は身体に良いらしいぞ、自律神経がどうとか?って」


 俺の豆知識にはカケラも興味を示さず無反応。


 電気を付けてもなお薄暗い室内のソファーに対角線上に座る俺と神谷。何をしているのかと言うと何もしていない。


 相談部はまだ活動休止中なのだが今日は神谷がメールを確認したいと言う事で来たのだ。そしてこれと言ったものは無く、今に至る。


「なぁ、お前いっつも何見てんの?」


 時間を持て余している俺はおもむろに神谷へ言葉を投げた。最近はこいつに話しかける事も暇つぶしの一つになってきている気がする。


「今は漫画だよ。え、興味あるの?」

 

「いーや、そんなに。……ゲームとかはしねぇの?」


 スマホゲームって言うと男子ばかりがハマっているイメージが強いが案外そうでも無い。今はアニメ系のゲームもオタクだけがするものではない程に浸透しているものも多い。


 どちらかと言うとオタク寄りの神谷ならゲームの1つや2つは嗜んでいてもおかしくない。


「ゲーム……あ、1つだけ少しやり込んでるのはあるよ」


 神谷は素早くスマホに指を滑らせ横向きに持ち替えた画面を俺の目の前に向ける。


「分かる?ちょっと前に流行ってたんだけど」


「あー…….まあ分かるけど……」


 画面に写っていたのは確かに1年くらい前に男子生徒の中で流行っていたFPSゲーム。比較的狭いマップ内で銃撃戦を行うものだ。


「こーゆーの好きなんだな」


「うん、楽しいよ」


 こいつの趣味嗜好を知った上でこの発言を聞くとなんとも複雑だが。


「これなら俺もやってたな」


 俺は自分のスマホを操作し、しばらく開いてもいなかったアイコンをタップ。アルファベットの並ぶタイトル画面が映った。


「ほら、そんなレベルもランクも高くねぇけど」


「へー、私は結構頑張ったから……最近はずっと触れてなかったけど」


 神谷のスマホには、ホーム画面に仁王立ちする厳重装備の男。左上には『ぽん』と書かれたプレイヤー名。


「ぽん……なにそれ」


「飼ってるインコの名前」


「……インコに銃握らすなよ」


「じゃあヤナギのそれはなに?」


 俺のプレイヤー名は『Mr.克実』になっていた。何故これにしたのかはさっぱり覚えていないが俺なりに面白いと思ってつけたんだろうな。クソダサい。


「みすたーかつみ……面白いね」


「無理に言わなくて良いぞ。虚しくなる」


 神谷はくすくすとおそらく名前では無い部分で静かに笑った。


 かと言って今更変える気にもならないしこのままでいいか。俺はふと目の前に出されていた神谷のスマホを見ると、プレイヤー名の隣に書かれたプレイヤーレベルが目に入った。


「は!?それレベル最大だろ?ランクも俺の何段上なんだよ」


 いや確かにやり込んだとは言ってたけどまさかここまでとは……。俺だってリリース当初はそこそこ時間を費やしてそこそこレベルも上がっていたのに一気に見せづらくなったわ。


「うん、頑張った……勝負する?」


「誰がボコられるって分かってて戦うんだよ……まぁ別に良いけど」


 どうせ暇なんだし。俺だって平均的に見れば下手くそでは無い筈だ。

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