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6.8 誰しも隠し事は存在する

 アプリを開くと送信者は神谷だった。


 トーク画面には飾り気のないシンプルな文面で『やっぱり部活で何かあるみたい』とだけ送られてきている。


 その何かが重要なんだけどな。まぁそこまで絞れれば十分か。


 取り敢えず俺は端的に「了解」と「助かる」とだけ返した。すると、瞬時に既読の文字が付き、立て続けにメッセージが送られてきた。


『鈴ちゃんと何か話した?』

『私も希美に聞いてみたけどよく分からないって』


 笠原も分からないとなるといよいよアテがないな。偏にこれも俺の人脈の無さによるものだが。


 少し考えた後に俺が「何か分かったらまた頼む」と送信すると、間を置いて『了解!』と眼をガン開きにした化け猫のスタンプが送られてきた。


 唐突にこーゆー反応に困る事されると俺もどうしていいか分からないんだよ。


「キャラに合わない事すんなよ……」


 時間が経つにつれて、こんなふざけたスタンプを神谷が送ったと思うとじわじわと笑いが込み上げてきた。


「何ニヤニヤしてんの。キモいよ。ここリビングなんだけど」


「お前いつからいたんだよ」


 声に気づいて顔を上げるとそこには虫でも見るかのような目で見下ろす鈴がいた。厳密に言えば身長のせいで椅子に座る俺と目線は変わらない。


 様子からするに笠原とのことは片付いたのか、それとも俺に口出しされないようにわざと何もないフリを装っているのか。


 どちらにせよ今はそこに触れるべきではない。


「目が覚めたから飲み物飲みにきただけ。お兄こそこんな時間まで誰とLINEしてんの?AI?」


「んな訳あるか……いや……」


 完全には否定しきれない自分が惨めで切ない。確かにそんな時期もあったなぁ。AIとしりとりとか何が楽しかったんだろ。


「お前のために色々聞いてやってたんだよ」


「え?鈴の為?なにそれ」

 

 おいおいマジか!もし冗談とか言ったら今すぐ張り倒してやりたい。


「言ってたろ。お前が柏木の様子が変だとかなんとかって。だから神谷達に聞いてみたんだよ」


「おお、それはどうも」


 ペコリと頭を下げて一応感謝を示す。まぁそうなれば次に来るのは……。


「何か分かったの?」


 うん、そうだよね。そうなるよね、普通。でも昨日の今日だからね。そう簡単に情報なんか集まるわけねぇよ。情報屋でもあるまいし、ましてや俺の情報網だし。


「まぁそうだよね……」


 少しの間から察したのか鈴は肩を落として暗い声を出した。


「けどこれは逆にいいことなんじゃないか?これほど近くにいる人間が3人掛かりでも何も分からないんなら多分なんもねぇんだろ」


「でも少し変なのは分かる。上手く言えないんだけど……」


 そうか、神谷もそんなことは言ってた気がする。でもこのまま続けてもこれ以上は全く拉致が開かない気がしてならない。


「神谷達は部活内の問題なんじゃないかって言ってたぞ」


 部活ってのがどれほど問題の起こりやすい場なのかは知らないが、ずっと平和な空気感ではないような気もする。俺もその方向性はなんとなく予測していた。


「ほら、大会近いのに調子が悪いとかそんな感じだったりしねぇの?スポーツのことは良く分かんないけどさ」


「それはないと思う。練習では調子良さそうだもん。ただ、帰る時とかに一瞬凄く辛そうな顔をする時がある」


 鈴は覇気の無い声で不安そうにそう言うと、片手に持っていたスマホに視線を落とした。


 辛そう……か。あ、そういえば俺にも多少なり心当たりはあったな。


「あいつ部活で嫌われたりとかしてない?」


「え、どうして?そんな筈ないじゃん」


 一瞬ムッとし、直ぐに否定してきた。まぁこんな感じの返しが来るとは思ってた。


「そうか……じゃあいいや」


 俺は椅子から立ち上がり、画面を消したスマホをポケットへと放った。


「何それ。なんか知ってるの?」


「いや、知らねぇ。知ってたらとっくに話してる」


 そもそもが間違いだった。


 たかだか数回会話を交わしただけの相手をまるでよく知る友達でも相手にするように詮索した事も、そうすれば難なく全て分かると思い上がっていた事も俺にはどう考えても分不相応だ。


 鈴や神谷、笠原も知らないような柏木の事など俺がどうこう出来るはずもない。


「そっか。……このままただの勘違いなら良いんだけど」


 鈴の弱い声に応じる事もなく俺は静かにリビングを出た。


 

***



「それで私のところへ来たと……」


「はい、大体はそんな感じです」


 田辺先生は呼吸と溜め息の間のような音を出し息を吐き出す。


 開けた1階フロアに点々と並べられた円テーブルには3年と思われる生徒が黙々とシャーペンを走らせている。


 そんな中俺と田辺先生はまるで面談でもするかのように向かい合って腰を下ろしていた。


「教師として言いづらい事ではあるが、実際私も柏木の異変ってのには気が付かなかった……あんな感じの子だしどこか勝手に大丈夫だろうと思ってたんだよな」


 ふむ、と顎に手を当て考え込む。


 そして、何か思い付いたようにふらっとこちらに視線を向けた。

 

「この件はお前に任せてみるか」


「え……?」


「うん!それが1番良さそうだ!」


 謎に勢いよくそう言うとニカと微笑んだ。この人また……。


「いや、だからそれが無理そうだからわざわざここに来たんですけど」

 

 じゃなきゃあこんな暑苦しい人の相手などしに行かない。俺なりの最終手段だ。


 既に話は終わったと言うように田辺先生は教材をまとめ、椅子から立ち上がる。


「あのなぁ柳橋。そうやって人任せにするのは良くないぞ」


「あんたが言うか…….」


「なんか言ったか」


「いえ、何も」

 

 どうやら俺の選んだ最終手段は1番のハズレだったらしい。


 そろそろ周りで勉強している方々の視線も気になり出したので、俺も深くため息を吐き席を立った。


「まぁなんでも経験だ。お前のやり方でやってみろ。いざとなれば私がなんとかする」


 もうその「いざ」と言う時のような気もしますけどね。どの道聞く耳も持たないだろうから言わないけど。


「俺の諦めは早いですよ。多分すぐに先生の出番来ると思うんで」


 田辺先生は一段上から見下ろすようにふふんと鼻を鳴らす。俺は取り敢えず「さようなら」とだけ告げ足を進めた。


 結局何も解決しなかったな。俺のやり方でって言われてもそんなものは知らない。今までこんな経験もないんだから。


「あ、柳橋!一つ聞いても良いか?」


 パタパタと小走りで追いかけて来た田辺先生に声を掛けられ俺も反射的に振り返る。


「ダメです。帰りたいので」


「そうか、まぁいい。あの周囲の人間全てを突き放すような目で見ていたお前が突然そんな相談なんて何かあったのか?いつになく彼女を気に掛けてるようだが」


 あ、俺の答えはスルーの方向ね。じゃあ聞くなよ。


 しかし、そんな疑問を持たれるのも致し方ないのは自覚している。それもよりによって相手が柏木となれば尚更俺なんかが気に掛けている事自体おかしな話だ。


「俺も相談を受けた身なので俺の意思じゃないです」


 あくまでこれは鈴の相談に乗ったまでのこと。他意は無い。


 田辺先生は、そうか、と納得しきってはいない顔で答えるとそのまま続ける。


「相談部らしくなって来たじゃないか!お前は私のところに来たが……お前も既に考えはあるんだろ?」


「別にそんな特策的なもん無いです」


「お前がどうするのか、楽しみにしてるぞ!」


 再び俺に向かって無駄に明るい笑顔を見せる。そんな期待されるようなことは出来ないってのに。自分に期待することなんてとっくに辞めたんだ。

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