5.8 人の本心など簡単には分からない
コート内は常に緊迫しており空気がピリついている。俺みたいなのが簡単に立ち入れる隙間など少しもないだろう。
「美香は凄いからね。このチームの中でも主力みたいだよ」
「へーそう」
まるで自分のことのように誇らしげに話す神谷。単に友達とかで括れるようなものではない大層な関係性なのだろう。言われるままにバレー部の練習風景を目で追う。すると、
「あ!そっちは希美」
「うぐっ……」
「ごめん……」
左側のバレー部の練習風景をぼんやり見ていた左頬に突きをくらった。こいつ意外と雑な動きするよな。
俺は神谷に促されるまま、指された先へ視線を移す。
どうやらこちらもゲーム中のようだ。
慌ただしく動く人影。その隙間をボールが行き交っている。
神谷が依然として突き出した指を引っ込めそうに無いので一応俺も笠原を探してみようと試みた。しかし、こんなものを見ても正直誰が誰だかなど分かりそうもない。もっと言えば、俺には笠原を探す理由など無い。
半ば諦めつつ人の動きを目で追っていると俺の眼前数センチの位置にスッと指が飛び出してきた。
「ほら、ちゃんと見て!今ボール持って……あ!今ゴール決めた人!」
「うっ……分かったって」
いつもの静止画のような姿ではなく、珍しく興奮した様子で神谷が俺の肩をど突いて来た。なんだこのテンション?俺にグロい漫画進めてる時以外見たことない。
このままでは永遠に神谷の攻撃が止みそうにないので俺もその笠原と思われる部員を目で追った。
次々とボールを奪ってはゴールを決めて行く。そしてその度に嫌味のない笑顔を溢し緊張感を保ちつつも一瞬だけ和やかな空気が流れる。
助っ人としての笠原希美を見つけるつもりが、すぐそこにいるのはエース兼ムードメーカーのような立ち回りをする笠原だ。チームに溶け込むどころか笠原を中心に動いてさえ見える。
「なぁ、あいつ本当に助っ人で入ってる?」
「希美はね、本当にみんなから好かれる人なの、誰にでも優ししいから…….だってヤナギにも優しいでしょ?」
「お前なぁ……」
ヤナギにもってところが妙に引っかかるんですけど。どうせ無意識で言ったのだろうと横を見ると、神谷も俺をチラチラ見ながらなんかムズムズした様子でいたずらっ子のような笑みを見え隠れさせていた。
「とうとうお前まで俺のボッチいじりし出したか」
神谷は何故か楽しそうにうししと笑った。
あーあ、こいつだけはそれなりに同類だと思ってたのにな。
その後、ひたすらに運動部の練習風景を眺めていると、神谷が何かを思い出したようにハッとし、自分の手首につけた可愛らしい腕時計を確認したのが見えた。
「あ、ちょっとって言ったのに結構時間経っちゃってた。ごめん、ヤナギ時間大丈夫?」
「俺は別に問題無い。……お前はもう良いのか?」
俺の問いに神谷はコクンと頷き、近くに置いていたバッグを持ち上げた。
「じゃあ行くか、お前の電車時間にも丁度良さそうだしな」
「覚えてたんだ」
「俺の記憶力を舐めんなよ。こう見えても去年のテストは学年10位近辺をキープしてたんだからな」
俺は「わー凄ーい」と相変わらずの気のこもっていない神谷の称賛をいただき、そのまま階段の降り口へ向かった。
鉄筋コンクリートの壁に覆われた階段は音がよく響く。それもたった2人の足音なんか尚更だ。
こーゆー人目につかない場所ってカップルとボッチが良く好むよね。だから時々物凄い気まずい現場に遭遇しちゃうことがある。
ほんとやめてくれよ。「最悪」みたいな顔してくるけどこの状況は俺達の方がしんどいんだからさ。
下に着くと、部活動をしていた連中も丁度休憩に入っていたらしく、目の前の冷水機には列が出来ていた。そこかしこからツンとする汗の臭いが漂いいかんせん気持ちが悪い。
素早く通り過ぎようと、息を止めながら早足で大体育館の方へ向かった。後ろからタタタッと小動物が駆けるような音が聞こえるからおそらく神谷もついて来てるだろう。
しかし、少し人混みを過ぎたところで振り返ると後ろには誰もいなかった。
「ったく。こんな短時間でどこ行ったんだよ」
けどまあ、端といえどこんな体育館のど真ん中に立ち止まってもいられないよな、まだ練習を中断していない男子バスケ部の方から微かに視線感じるし。ほんと陰キャって居場所が少なくて大変だぜ。
***
体育館を出てからかれこれ5分程経ち、ようやく神谷が出てきた。
「ごめん待たせて。ちょっと美香達と話してて」
「まぁ俺は全然良いけど……もう良いのか?」
神谷なりに少し急いで来たらしく小さく息を切らしている。しかも片手には何か握り締めていた。いや、さっきから持ってたっけ?
「あの、すぐ終わるんだけどもう一回教室戻っても良い?」
「別に構わんが」
忙しいやつだな。神谷は「ありがとう」と言うとそのまま教室の方へ小走りで向かった。別に俺は待っていてもよかったのだが特にすることも無いのでゆっくり歩きながら神谷のあとを追った。
***
教室には眩しいほどに西日が差し込みグラウンドから聞こえる野球部の掛け声も相まって無駄に放課後らしさを演出していた。
ただ点々と荷物だけが残された室内に神谷が1つのバッグの前で何かをしている。俺がその近くまで行くと神谷は俺に気付きこちらを向いた。
「用事は済んだのか?」
「うん、まあ……」
心なしか元気のない返事だ。あ、でもこいつはいつもこんなもんか?
「どうかしたのか?」
神谷は何も言わず再度俺に背を向けると先程まで触っていたバッグに手を伸ばした。
「これ壊れちゃったんだなーって思って……美香凄い気に入ってたのに……」
神谷の背であまり見えなかったため少し近づいて、その小さい手の中を確認した。すると、そこにあったのは、まん丸いぬいぐるみのストラップだった。
猫?熊?まあ動物ってこと以外よく分からん見た目のキャラクター。その可愛らしいフォルムとは裏腹に顔だけはムカつくほどにふてぶてしい。
「柏木こんなのが好きなのか……」
人の好みってのは分からないものだな。鈴も明らかにブサイクな顔したキャラクターのぬいぐるみ持ってたりするし。
なんだよ「ブサかわ」って。それ人間に対しても導入してくれたら俺の顔も評価上がんのかな。
「ごめん何回も待たせて」
俺がボサッと無駄な考え事をしているとストラップを手放した神谷が俺の方を見ていた。
「帰るか」
何度かの寄り道を挟み、ようやく帰路へ付こうとした時、ついさっきまで神谷のいじっていたバッグの全貌がチラリと目に付いた。
———あれは確か……
幾つものストラップがぶら下がり無駄に派手なバッグ……そして全く意識していなかったが席は教室後方。
「なぁ神谷。それ、柏木のなんだろ?」
「え、うん……間違って自転車の鍵持って来ちゃったから置いて来て欲しいって言われて……それがどうかしたの?」
「あ、いや別に……」
間違いない。ここは少し前にここで見た陰口大会で囲われていた席だ。ものまでは不確かだがこれほどまでのストラップが付いたバッグも他にはそうない。




