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5.7 人の本心など簡単には分からない

「そう……穏やかね……まあいいわ……それによく考えたらあんたにすっぴん見られても全くダメージ無さそうだし」


 ふぅー。無事合格を貰えたらしい。


 ようやく話は済んだのか、柏木はソファーへと戻っていく。そもそも最後の問いは何を聞き出したかったのだろうか。


 やっと無駄な緊張感が無くなったので俺は一呼吸置いた後、出入り口へと方向を変えた。


「あ待って!その……」


「ん?」


 一応振り返っては見たものの、柏木は窓の外を見たまま。一体いつまで俺をここに立たせておくつもりだよ。


「まだ何かあんのか?」


「あー……その……」


  ん?さっきまでとは打って変わってなんだか弱々しさを感じる。意図的なのかずっと窓の外を向いているせいで顔はよく見えないが、なにかを話そうとしていることだけは分かる。らしくないにも程があるだろ。

 

「わ、悪かったわね……色々と……」


 刺々しさなど全くない、消え入りそうなか細い声。目の前の道路に車が通ろうもんなら聞こえないだろうってレベルだ。


 俺は対応に困りそのまま立ち尽くす。


「私さ、なんか綺麗事並べて偉そうな事言ってたけど多分違った」


 柏木は依然顔だけを背けながら続ける。


「私にとって友達は凄い大切で……希美もあやも、勿論鈴もね。なのに最近希美もあやもあんたの話ばっかするからちょっと嫉妬してたんだと思う……だからごめん」


ここまで丁寧に謝られると俺も返答に困る。そこまでの実害受けてないからな……。ちょっと怖かったけど。


 俺は取り敢えずこの話を締めるべく、口を開いた。


「まぁ俺には嫉妬とかそーゆーの詳しいことは良く分かんねぇ。俺にはそこまでの友達が居たことねぇからな。だから謝られたとて俺のお前へのイメージはかけらも変わらない。何も変わらず今まで通り凶暴な女王様のままだ」


 言い終えると、柏木の方からフッと優しい声が漏れた。俺もようやく一段落ついた事を確信し、リビングのドアに手を掛ける。


「それよりあんたって、私のことそんなふうに思ってたんだ。なんかムカつく」


「え、あはははは」


 ついつい本音が漏れてしまっていた。こんな空間に2人でいるのは危険だ。多分死ぬ。


 俺は即座にリビングを飛び出した。



***


 休みが終わり月曜日。


 相変わらずの、部活頑張ろうぜ!ムードの中淡々と時間が過ぎていく。先日の柏木との一件から陰キャの俺としては何か変わったのではないかとか考えてしまって居たけど別にそんなことはなかった。強いて言えば前よりも睨まれなくなったくらい。


 そして放課後。


 俺が帰ろうと、教室の出入り口がすいたタイミングを見計らって席を立つと少し離れた席に居た神谷も立ち上がった。神谷は自分のバッグを肩に掛けるとこちらへ近づいてくる。


「一緒に帰ろ」


 相変わらずの真顔で言われた。


 なんだろうな。クラスの女子とかにこんな誘い受けたら動揺する自信しかないのにこいつの場合はなんか違う。むしろクラスの男子に誘われる方がよほど緊張する。


「まあいいけど」




 特に会話もないまま廊下を歩く。


 途中に通る教室には、帰宅部と思われる男どもが頭を突き合わせてスマホをいじっているのが見えた。同じ陰キャといえどあーいった楽しみ方もあるらしい。まぁ陰キャとボッチの二重構造の俺にはそれすら厳しいのだが。


 階段へと差し掛かろうとしたところで、横を歩く神谷の足が止まった。


「うぉっ……!」


右に曲がり階段へ向かう予定だった俺はギリギリのところで立ち止まり、すんでの所で神谷との衝突を避けた。神谷は雛人形のような無表情でチラとこちらを見た。


「急に止まんなよ。忘れ物でもしたのか?」


「ううん。……ヤナギ、ちょっと体育館寄ってもいい?」


「寄るって……コンビニかよ」


「え……コンビニ……?」


 ぽかんと薄い唇を半開きにし小首を傾げる神谷。どうやら俺のツッコミは欠片も通じないどころか意味すら伝わらなかったらしい。陰キャが慣れないことするもんじゃないね。


「なんでもねぇよ……俺は別に構わん」


 コツコツと靴音を鳴らし、俺たちは爆音の反響する暑苦しい地へと向かった。



***


 熱気の溢れる体育館。大会とやらがあるからなのか空気はピリつき、所々で顧問や先輩と思われる怒り声が響いている。


 そんな側を俺は神谷の後ろを壁に沿って進んでいる。このまま行った先にある目的地らしき場所は、奥にある小体育館か体育教師の根城である体育教官室かギャラリーへと続く階段くらいだ。流石にこの神谷が柔道場とかトレーニング室は行かないだろう。


 俺はバシバシ鳴り響くボールの音にビビりつつも上体をかがめて足を進める。しかし、目の前の神谷は意外にも堂々としていて、こーゆーところに日常生活の経験値の差を感じてしまう。


 大体育館を抜け、他教室との繋ぎ目の廊下に到着したところで、神谷は左手にある階段へと方向を変えた。


「ギャラリー行くのか?」


「うん、上からの方が良く見えるから」


 何が良く見えるのだろうか。ふと思いはしたが正直あまり興味もないので黙って後ろをついて行った。



 大体育館上のギャラリーに着くと、神谷はその中央あたりで足を止めた。そして鉄柵に両手を添え下を見下ろした。


 彼女の身長では鉄柵に顎を乗せる程度になってしまっていて、その体勢の不自然さがどうも目に付く。



 俺も特にすることもないので神谷の隣から彼女の見る方向を見た。


 ———なるほどな。


「これ見に来たのか?」


「うん、去年とかは結構来てたから」


 俺と神谷の視線の先にはバレー部とバスケ部がそれぞれ練習していた。それを子供のようにキラキラした目で神谷は眺める。


 多くの人が右は左へと滞りなく動き回り、凄まじい熱気が立ち込めている。そんな中には普段はチャラチャラしているような男子生徒やお淑やかに振る舞っている女子生徒も真剣な面持ちでひたすらに声を上げて動いていた。


「凄いよね……ルールとかよく分かんないけど見てると面白いの」


「そうだな」


 羨望を含んだ眼差しで彼らを見つめる神谷に俺も無意識に共感の意を表していた。まぁ、「だから俺も!」とまでは全くならないけど。


 チラリとバレー部を見ると鈴の姿が見えた。見た感じでは、試合らしきものには入っておらず、コートの外で他のバレー部員と共にボールを使って何かしている。


 そーいや確か「部員が多くて試合に出れないかも」みたいなこと言ってたような。まあ、1年だし仕方のないことなのだろう。雰囲気からしてコートに居るのもほぼ3年っぽいし。


「あ、美香だ」


「ん?」


 唐突に声を発した神谷に少し反応が遅れつつ、細く小さな指の差す方へ視線を流した。すると、そこには鋭い目つきで対峙するコートを睨む柏木の姿があった。


「すっげぇ殺気立ってんな……」


「殺気……確かに」


 言葉の意味と照らし合わせるように柏木を見た後、神谷はくすりと笑った。


「大会が近いから必死なんだと思う」


 


 俺みたいなど素人には細かい技術的なことはよく分からないが、以前の鈴の発言から想像すると柏木の実力はかなりのものなのだろう。


 城北高校の女子バレー部と言えば、普段スポーツを全く見ない俺ですら知っているレベルの強豪だ。そんな中に2年のうちから試合に出るなんてそう簡単ではないはずだ。

50話投稿終わりました。よろしければ評価、感想等お願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のひねくれ感がすごい良いです! 1話から面白くて気づいたら一気に読んでしまっていました! [一言] 続きの話もワクワクしながら読ませていただきます!
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