3.9 運動会の雑用も楽では無い
「知らねぇよ……」
朝から準備に追われ、脚を酷使していたようだ。万年帰宅部の体には本日の活動限界が来てしまったので俺は速やかに控え場所に腰を下ろした。
次の準備が始まるまでもう動く気はない。まあ、あんな読み違え2度は無いだろうし。
ふと、プログラムに目を通す。これの次は……玉入れ、綱引きで昼休憩か。午前はギリギリ持ちそうだな。あとは午後次第。
──と、後ろから何やら騒がしい音が近づいてきた。
「あー疲れた!もう5回以上走ってるよ~!」
ヘロヘロと膝を抱え、息切れをする笠原だった。その後ろには鈴と中澤も同じような姿勢で体を揺すっている。
「私も……」
「俺も結構走ったなー」
やはり彼らは小学生の格好の的となっていたのか。人気者の宿命だ。せいぜい頑張りたまえ。
「克実さん、神谷さん。俺らは不人気ですけど前向きにいきましょうよ!」
「……勝手に哀れむな」
うんうんと軽くにやつきながらトンと肩に手を置かれた。だからなんでそんな可哀想な奴扱いすんだよ。
「それにしても、俺と神谷さんは分かりますけど何で克実さん人気ないんですかねー?」
「案外高嶺の花的な存在なのかもな………………嘘だよ、俺に聞くな」
びしびしと突き刺さる視線が痛い。特に鈴と神谷はドン引きしてるし。
俺の気まずさを察してか、中澤が口を開いた。
「……表情、とかじゃないかな?……全員柳橋くんのこと知らないわけだし……近づき辛さは少なからずあると思う」
いいぞ、初めてお前がいて良かったと思ったよ。……けどな、
「そんなにしっかり分析すんなよ。──ほら、もう次のが来てるぞ」
手元に大きく『イケメン』と書かれたカードを持った少女がわざとらしく目の前をうろついていた。そんな彼女に、中澤は疲れを全く見せない笑顔で「行こうか!」などと明るく対応する。まあこんなことされたら男でも惚れるわな。
俺はふぅと謎の一息を吐き出す。ふと、真横に退屈そうな顔で砂を触っていた剛田が目に入った。
「お前も顔だけなら中澤といい勝負してるのにな」
「いやー、まぁ俺もモテはしますけど優也さんみたいな人気は無いんですよねぇ。爽やかとかそういう部類ではないんで……」
普通に肯定された。普通は「そんな事ないですよ」とか言って取り敢えず否定するものだと思っていたが人によるらしい。やっぱこいつの自信は並みではない。
「剛田は何で子どもに不人気だと思うの?……あと私のことも……」
ずっとぼやーと何か考えていた神谷が真剣な眼差しで口を開いた。確かに数分前に剛田が言ってたな。
「多分小学生からしたらイケメンって印象よりも厳つさが勝るんですよ、俺の場合。そんで神谷さんはその逆で、小学校高学年の男の子からしたら年上のお姉さんってよりも同級生に近いから恥ずかしくて誘い辛いんですよ」
「なるほどな……まあ剛田のはなんとなくわかっていたが神谷はそう言うことか」
小学生から見て明らかに美形のお姉さんって感じの笠原と鈴は逆に声かけやすいってことか。
確かに背丈、顔立ちから幼く見え、同世代と言われてもあまり違和感のない神谷と手を繋いでゴールまで走るとなるとそれなりに恥ずかしさはあるだろうな。
「じゃあ私……小学生に見えるってこと?」
やや不満げに頬を赤らめながら俺に問うて来た。
「え、そこまでいかなくても……中学生くらいには見えるのかもな」
俺からしてもまず高2には見えない。
神谷は、はぁ、とため息を吐きトラックへと向き直った。
そして気付けば借り人競争が終わり、人気者組も額に汗を浮かべながら戻ってきていた。
***
午前の部が終了し、全体で昼休憩に入った。俺達は飲み物は配られたものの、当然昼食など出るはずもなく、田辺先生いわく「それぞれその辺で買って食え」だそうだ。
「近くにコンビニあるからそこでお昼ご飯買う?お金は田辺先生から5000円貰ったよ」
生徒会長の西宮さんが慣れた口調で俺たちの方へ尋ねる。
へー、あの人にもまだそんな優しさが残っていたのか。8人で5000円っていうところはあの人らしいけど。
すると、中澤が口を開いた。
「でも、全員で行くのは流石に邪魔になりそうですよね、あそこのコンビニあまり大きくないですし」
「確かにそうだね。うーん……代表を3人くらい決めて適当に買ってきてもらおっか」
「そうですね、それが良いと思います」
鶴の一声と言うのか、会長の言ったことが順々に承認されていく。やはり生徒会長という肩書きは伊達じゃないみたいだ。知らなかったけど。
結果、じゃんけんで決めることとなり、俺、中澤、生徒会副会長の神宮寺という最もなりたくなかった組み合わせで買い出し。ちゃっちゃっと済ませて帰ろ。
先頭を神宮寺、その後ろを中澤、そして俺。当然会話などない。神宮寺は未だ俺に対して敵意むき出しだ。知られていなかったことが余程ショックだったのだろう。
「ホント今日は部活並みに汗をかいたよ。午後も結構忙しそうだよな」
沈黙が苦しかったのか、中澤が俺の横へ並ぶように速度を落として話しかけてきた。
「そうだな。お前達は結構走ってたし」
悪いな、つまらん返ししか出来なくて。
ゴオゴオとアスファルトを擦る自動車の音だけが耳の奥に残る。
比較的交通量の多い道を歩いていることもあって、この程度俺にとっては気まずい沈黙を感じない。
すると再び中澤が切り出した。
「そう言えばさ、この部活が出来てそこそこ経つしグループライン作ろうって話を笠原としてたんだけど……」
「好きにすれば良いだろ……いちいち俺に確認して来なくていい」
「そうか……」
無理に話続けようとしてんのがバレバレなんだよ。中澤はもう少し『陰キャマニュアル』を身に付けるべきだ。
その1、不用意に話しかけない。
その2、突然優しくしない。
その3、仲間意識を持たない。とかな。
その4以降の項目をボサーッと考えている俺の横で、中澤は手早くスマホに指を滑らせていた。直後、俺のスマホがポケットでバイブする。
中澤が意味ありげな視線を向けてきたので、仕方なくポケットから取り出すと『相談部』というシンプルな名前のグループから招待メッセージが届いていた。
「……この前から聞こうと思ってたけど、お前何で俺のLINE持ってんの?」
別にこいつとの繋がりが嫌だとかそんなことではないが、どんなルートから手に入れたのかってことくらいは知っておきたい。
しかしなぜか中澤はきょとんとした顔を返してきた。
「……別に言いたくなきゃ言わんでいいけど」
「いやそうじゃなくて……1年の最初に直接交換したよね……」
「え、そうだっけ」
マジか。全く記憶にない。そもそも相談部に入る前にこいつと話した記憶すらない。
「ほら、初日のホームルームの後にさ……」
なんとか思い出そうと顎に手を当て考える俺を助けるように中澤も言葉を続ける。
初日のホームルーム……あ、1人居たな。陽キャ同士のLINE交換が盛り上がる中俺の方に歩いて来た奴。高校はこういう場所なのかと思って勢いで交換しちゃったやつか。その時顔ほとんど見てないから完全に忘れてた。
「あー、あれって中澤だったのか」
「あ、思い出した?俺もつい最近気付いてさ、柳橋くんがあの時の人だって」
なるほどね。この繋がりは1年前から始まってたってことか。




