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乙女ゲームの攻略対象イケメンキャラに転生したけど逆ハーレムエンドは絶対に嫌なんです  作者: ささくれ厨
第二章

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無能者①

 エウフェミアが開いたファストトラベルの境界。

 最初にサクヤが境界を跨ぎ、ブランが続いた。

 最後にエウフェミアが境界を越えてファストトラベルを閉じる。

 フラウェル大陸の北方に位置する秘境のど真ん中。

 ブラン・ジャスマインの本宅がここにあった。


「せっかく戻ってきたしお昼ご飯をこれから作るよ」


 パワーレベリングに行ってきたと言うにはあまりにも早い時間。

 ブランはお昼を挟んでしばらくしてからピオニア王国に戻るつもりだった。


「準備ができるまで適当に過ごしていてくれ」


 ブランはそう言葉を残して家に入る。

 庭に残されたサクヤとエウフェミア。

 エウフェミアはレベルが上った感触以上のもので身を震え上がる思いだった。

 サクヤは物憂げな顔で考えに耽っている。

 エウフェミアは侮っていた。誤解をしていたのかもしれない──とさえ思い始めている。


──無能者


 サクヤ・ピオニアは魔法が使えない。

 初等部に入ってもそれは変わらなかった。

 魔法を使えない王族。

 それでも、王位継承権の筆頭でいられるのは類稀な武芸の才能と、王城勤め近衛騎士たちからの絶大な支持を得ているおかげであった。

 ブランとの模擬戦。

 そして、先程までの魔物との戦闘。

 従兄弟で第二王子のスタンリー・ピオニアから聞いたサクヤ・ピオニアと、エウフェミアが目にしたサクヤの姿とはあまりにもかけ離れていた。

 レベルが上がり、より魔力への、魔素への感応が高まったことでサクヤの真の姿に気が付き始めるエウフェミア。


 エウフェミアは振り返る。

 たった二回の戦闘だったけど、エウフェミアはサクヤへの印象を改めた。

 最初の戦闘は三匹のラクティ・スライム。

 サクヤが主体で戦闘をコントロールし、いくつもの属性の魔法を輻輳させて核だけを露わにしてエウフェミアにトドメをささせた。

 エウフェミアはサクヤが魔法を使うたびに身体が震えていうことを利かない。

 うまく核を壊せずにいたらサクヤから短剣を手渡された。


──そういうことじゃないのに……。


 エウフェミアはそう言いたかったが言葉にできなかった。

 サクヤが開放した魔力はとんでもないもので、エウフェミアはサクヤの魔力にあてられ、何千、何万の鋭い針に身体を突き刺される感覚に陥り、身体が火照り熱を帯び、力を削がれた。

 受け取った短剣で核を突き刺して何とかトドメをさせたが、おかしくなった身体の感覚で、階位素子──経験値が身体に流れ込んでいたことに気が付かない。

 戦闘が終わっても、サクヤが体外に放出した魔力はエウフェミアの身体に強い刺激を与え続けた。


──熱い……ッ。


 その余韻が冷めないまま、次の戦闘がすぐに始まる。

 ラクティ・ラットの群れとの戦闘だった。

 戦闘中に仲間を呼ぶ性質のあるラクティ・ラット。

 サクヤはそれを利用してパワーレベリングを効率的に進めることを選んだ。


「お師匠様、エウフェミア様。ネズミは一匹だけ残しておいてください。それ以外はエウフェミア様が刈り取って良いですから」


 サクヤはその言葉の通りにトドメを刺せる状態のネズミを凍結状態にして、そうでないネズミは足だけを凍らせて動きを封じるという見事な魔法を披露。

 これにはブランも驚いた様子で見ていて、エウフェミアもサクヤの戦闘に慣れた身のこなしに脱帽する。

 そもそも、氷を扱う魔法は詠唱魔法の中では上級魔法とされ、限られた魔道士にしか扱えない代物だった。

 サクヤはそれをいとも簡単に繰り出している。

 強烈な魔力を放ち、大胆に魔法を行使した。

 サクヤから放出される魔力が強烈な圧となってビリビリと身体を焼かれる想いのエウフェミアにとって長い長い時間に感じられる。

 サクヤが凍結したネズミの頭に短剣の切っ先を振り下ろすだけの単調な作業。

 二時間以上繰り返して、エウフェミアはもう限界だと訴えた。


「もう、腕が上がりません……」


 エウフェミアは自分が情けないと感じた。

 大量の階位素子が身体に流れ込み大幅に上がったレベル。

 すると、これまでと異なる感覚がエウフェミアに宿った。

 そして、その瞬間からサクヤへの見方が大きく変わる。

 レベルが上がる前より、魔力や魔素への感応が高まったエウフェミアは、サクヤの異常性に気がついた。

 エウフェミアがファストトラベルを開いて、サクヤが移動した直後。


「レベルが上がって変化はあった?」

「はい……」

「サクヤ殿下、凄いだろう? あれがキミの思う無能者の姿だと思う?」

「以前の私ならサクヤ殿下を無能者だとお答えするところですが、今は全くそう思えません。まるで神様か悪魔のようで……」

「くっくっく。レベルが上がって魔女の権能を扱えるようになったみたいだね。サクヤ殿下のおかげで時間に余裕が出来たし、今日から早速、修行を始めよう」


 エウフェミアはサクヤが無能者である──という思い込みが強かった。

 だから自分の婚約者になるのだと知り、嫌悪感もあったし、家のために仕方ないと諦念し、ならばと思い彼を想える努力をしようと考えた。

 エウフェミアはまだサクヤがどれほどの人望を集めているのかを知らない。

 それで、自分が好ましいと思える王子に──国王に育て上げようと気負っていた。

 だがそれは杞憂で、エウフェミアが魔女の権能を引き出せるレベルに到達したことでサクヤが身の内に潜める魔力を識り、無能者とはただのレッテルだと気付く。

 エウフェミアはファストトラベルを跨ぐブランの背中を見送り──


「──殿下には申し訳なくて合わせる顔がないですね」


──と、一つ呼吸を置いてファストトラベルを跨ぐ。

 エウフェミアはサクヤを無能者だと蔑んでいたことを後悔した。


 そして、話は戻り、サクヤとエウフェミアは地下室で本を読んでブランを待つ。

 エウフェミアは本を開いても、ここにある本はすべてマトリカライア王国時代の言語で書かれているため読むことが出来ない。

 サクヤが作ったメモで何とか読み進められているが、とても理解できるとまでいかなかった。

 真剣な顔をして魔導書に没頭するサクヤの横顔をエウフェミアは見詰める。

 サクヤは一年と少しでマトリカライアの言葉を覚えて不自由なく読めるようになったと言う。

 サクヤから借り受けたサクヤがマトリカライアの言語を覚えるために作ったメモは彼の努力の証跡だった。

 こうして一つ、サクヤについて見直すきっかけが出来たエウフェミアだったが、自責の念で口を開くことができないまま時間が過ぎてブランが地下室のふたりを呼ぶ。

 昼食のお誘い。エウフェミアは彼女の手料理を初めて食べた時、それはとても美味しいと思わず声を漏らした。

 ブランは魚介類の料理が多い。エウフェミアはまだ数えるほどしかブランの手料理を食べていないが、サクヤはブランの手料理を何年と食べている。

 ピオニア王国は海に面しておらず新鮮な魚介類が手に入らない。

 そのため、魚介料理が発達しておらず、とても味が良いものとはいえないものだった。

 ブランは肉料理より、魚料理を好んでいる。

 マトリカライア王国が北に海岸線を抱えていることもあり、魚介料理が発達した。

 ブランの家の地下室にある料理の本も魚介料理が多い。

 前世の記憶のあるサクヤは肉より魚介を望んだこともあって、ブランは魚介料理を中心に振る舞うことになった。

 今日もブランの手料理は魚料理。

 この日はニシンのマリネとクリームとサーモンのパスタ。

 ブランの真正面に座るエウフェミアはブランの食事の作法を観察しながら食事をとる。

 行儀が悪いとわかっていてもどうしてもブランの作法を確認したかった。


「ん? わたくしの顔になにかついていたか?」


 エウフェミアの視線に気がついたブランが訊く。


「いいえ。ブラン様のお食事の様子がとてもお美しくて見惚れていました」

「そうか。それはありがとう。わたくしはそれほど人と食事をすることがないから、エウフェミア様にそう言ってもらえると嬉しく思うよ」


 エウフェミアの褒め言葉にブランはホッとした。

 ブランは公爵家の娘だったとは言えそれは千年以上も昔の話。

 魔女として現世に取り残されたブランは人目を避けて生きてきた。

 時にはその時の聖女と歓談をしたりしたこともあったが、基本的にその時代の聖女以外との関わりを取っていない。

 それで少女時代の厳しい教育で身についた作法を頼りにサクヤの側仕えとして従事しているが、これまで大きな齟齬を生じたことがないから、この時代でもマトリカライア王国時代に身に着けた作法は通用すると実感している。

 そんなブランに公爵家の令嬢として教育を受けて育ったエウフェミアの褒め言葉は、ブランが身に着けている作法がこの時代でも通じてるという実感を確信に変えた。


 食事を終え、サクヤが地下室に籠もると、ブランはエウフェミアに魔女の権能について教える。


「さて、エウフェミア様は魔女という権能を持っているけど、ご自分の能力をどれだけ把握してるだろうか?」

「私、物心がついた頃から少しだけ魔力というものが見えました。それが人とは違うことなんだと気がついてはいたんですが、確証が得られなくて誰にも言えませんでした」

「ん。そうだろう。周りの誰もが知らないことを自身が知ることは難しい。しかし、ここ最近で思うところはあったのではないか?」

「はい。特にサクヤ殿下については学園に入学してから驚かされることばかりです」

「それは彼が無能者だから……と呼ばれはじめていることと関係があるのか?」

「そうです。少なからず、サクヤ殿下が無能者ではないのかと囁かれ始めてることも耳にしていますので、私もサクヤ殿下は無能者だと思っていました。ですが、私が気になることがありました。それは学園でサクヤ殿下が魔法を使おうとしたときに魔力の塊が霧散することでした。魔法を使えない者は、詠唱をしても魔力が動くことはありません。それは、従兄弟のスタンリーが火属性魔法や風属性魔法を使おうとした時のように魔力が全く働かないということを何度も目の前にしてわかっておりました。サクヤ殿下の魔法が発動しないのはそれとは異なるものでしたから」

「サクヤ殿下の魔法が霧散する──と、言うのはこういうことだろう?」


 ブランはそれを再現して見せた。


「──ッ! それです! でも、どうして、サクヤ殿下と同じようになるんです? ブラン様なら難なく魔法を使えると思いますが……」

「術式はその性質上、詠唱式に載せられた魔力で魔法が発動する。今のエウフェミア様では問題ないだろうが、いずれ魔女として成長し、魔力量が増えたときにこれと同じことを起こせるようになる。術式が詠唱者の魔力の出力量に耐えられずに暴発して霧散する──それが、サクヤ殿下で起きている」


 そう言って、ブランは同じ魔法を今度は難なく発動させる。


「だが、わたくしたち魔女の権能を持つ者は、術式に干渉する特技がある。魔力操作というものでね。魔素(マナ)魔力(オド)への感応が高く、その操作をできるのがこの権能さ。ついでに言えば、権能がこの特性の制御を最適化して知らず知らずのうちにできるから自覚のないまま大人になるのがほとんど──というより、この時代の人間は権能をあまり理解していないというのが正しいが……」


 ブランの言葉に、エウフェミアは自身でも魔法をいくつか試した。

 詠唱魔法で魔力や魔素がどう動くかを見たかったからである。

 レベルが上がったエウフェミアは自身の魔法でも魔力の流れや魔素の動きをより細やかに見ることができた。

 そうして、思い起こすサクヤが魔法を使用したときの魔力。

 鮮明に身体に焼き付いた感覚に身震いする想いだった。


「それではサクヤ殿下は……」

「最初に言っておくが、サクヤ殿下は権能を持っていない。だが、膨大な魔力を有し、一つ一つの魔法が強大──だからなのか、詠唱魔法では術式が耐えられず暴発して発現しないまま霧散する。殿下もわたくしたちに近い魔力への感応をしている様子だけど権能が補助をせず、彼が無意識のうちになのか自身の感覚として身につけたものなんだ。そんなことをできるのは──」

「──まるで神様か悪魔かのよう……」

「そうだろうね。それが魔女としてサクヤ殿下を見たときの反応だと思うよ」


──だからこそ、わたくしにとってサクヤ殿下はただ一つの希望なのだ。

 サクヤを初めて鑑定したとき、ブランは驚いた──と、同時にサクヤの将来を嘱望する。

 彼の人生を利用するようで申し訳ないという気持ちを持ったが世界を維持し続けるために犠牲を払い続けるよりはずっとマシ。

 それに、サクヤ自身の才能に惚れ込んだ自覚もあった。

 何があってもこの子の成長を見届けたい──と、サクヤはブランに思わせている。

 ブランはそういったことを言葉にこそしないがサクヤがブランたち──聖女たちの救いになることを望んだ。

 ブランの言葉にエウフェミアは思い直すことが多かった。


「サクヤ殿下のことを心の中で無能者だと蔑んでいたことを心苦しく思います。サクヤ殿下を前にして、私こそが無能者なのではないかと──」


 レベルが上がり魔力への感応が強まったことで識ることができたサクヤの本当の姿の一つ。

 エウフェミアはスタンリーの言葉を鵜呑みにしてサクヤを蔑み心の中で罵ったことを悔やんだ。


「わたくしはサクヤ殿下を無能者だとは思わなかったが、わたくしの力量が今のままでは足りないと知ることができたのは良い経験だったよ」


 千年を生きる魔女のブラン・ジャスマイン。

 力を持つ魔女だから万能感で見失っていたものがあった。

 サクヤという絶対的な才能を前にしてブランは自身の研鑽に励むということを思い出した。

 数百年と読まなかった書物を読み、これまでの歴史を再認識。

 ブランが料理をするようになったのも、研鑽の一つとして。


「ブラン様がそう思われるのでしたら、私は何れ、サクヤ殿下の妻となりますから、隣に並び立てる女にならなければなりませんね」


 エウフェミアはサクヤと、そして、自身の人生の目標を改めた。

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