白の魔女⑥
お師匠様は俺の頭に置いた手で俺の手を取った。
体温が感じられないひんやりした冷たい手。
俺はお師匠様を見上げて遠い目で自身の心臓を見つめる彼女の表情を推し量る。
この大広間は唯一、鮮やかな色彩が残っている。
真っ赤なカーペット。
金色の窓枠。
豪華な装飾が施されたテーブルと絢爛な食器。
薄紅色のカーテンはきっとお師匠様を美しく見せるために新調されたものだったんだろう。
魔界門と呼ばれる漆黒の扉。
赤黒く蠢動するお師匠様の心臓。
大広間は神々しい魔力が禍々しい魔力を打ち消しあって均衡を保っている。
だから、他の場所と違って色彩が損なわれていないのだろう。
大広間の外は聖気が邪気を上回る。
白い城内と市街地はきっとこの聖気を齎したものが白く染め上げたんじゃないか。
それにしても、お師匠様から聞いた話と目の前の事象。
なるほどなるほど。ヒロインにかけられた呪いの伏線がこれだったのか。
作中では語られない呪いの原因。
白の魔女が幼少期のヒロインに二十三歳で死ぬという呪いをかけたというだけだったからね。
魔界門の封印をするその媒体の一つがお師匠様の心臓で、それを維持するためには聖女の権能が必要だった。
お師匠様が二十三歳の誕生日に魔王の呪いをかけられたのが要因で封印を保つのに同等の聖女の権能で封印の効力をかけ直す。
それを千年に渡り、延べ四十人ほどの聖女の命を捧げてきた。
と、思っていたらお師匠様が俺を見下ろして目が合うと色っぽいその唇が動く。
「ここともう一つ、サクヤ殿下に見せておきたいところがあるの」
お師匠様が手ずから俺の手を取って城の中を歩き回ることに。
お師匠様に手を引かれて大広間を出る時、俺はもう一度振り返ってお師匠様の心臓を目に焼き付けた。
大広間から出ると城内は真っ白。大広間に入る前も見たけれど、大広間の光景を目の当たりにしたら違和感がハンパない。
「どこもかしこも真っ白……」
「わたくしがここに住んでいた時は四季とともに景色がうつろう美しい都だったんだけどね。それがあの日、全てが奪われて色を失われてしまったから」
思わず漏れた感想にお師匠様が答えてくれた。
大広間から出てエントランスホールを少し歩いたところ、廊下に出てしばらく先に地下への入り口。
お師匠様は俺の手を取ったまま歩く。
地下一階。
要人の幽閉に使うのだろうか。小綺麗な牢屋。
お師匠様は俺をいくつもある牢屋の一室を見せた。
「ここに、これまで、わたくしが手をかけた聖女たちを安置させてもらっているの」
位置としてはお師匠様の心臓があった大広間の真下。
ここに薄手の生地の白い法衣に身を包んだ聖女たちが長方形の白い棺に収められていた。
ここにいるのは十二人。他の牢屋にも同様に聖女が安置されているんだろう。
しかし、この聖女の遺体と思しきものにはお師匠様のような生気があるように思えた。
「これって──」
「死んではいないはず。本来、わたくしがこうなるはずだったの」
しかし、その場合はほんの一時しのぎにしかならないはずだった。
お師匠様は魔界門を封じながら年齢とともに衰え寿命を迎えるか魔力が尽きるかのどちらかだったはずだ。
でも、死なずにいるのは魔王の呪いによるもの。
「納得言っていない様子ね」
考えていた俺にお師匠様は声をかけて言葉を続けた。
「わたくしは魔王の邪気で魔女に堕ち、このようなことをできるようになったの」
手を離して数歩、前に進んで振り返って手を広げるお師匠様。
お師匠様は魔法で──魔女の権能で聖女に呪いをかけたのだ。
魂を捧げる代わりに魔界門の封印が解かれた場合、または、魔界門の封印が必要なくなった場合に、彼女たちが再び人生を歩むために。
ブラン・ジャスマインは邪気に汚されて魔女になっても、心は聖女のままだった。
いつか、彼女たちが再び人生を歩み出せるように、その可能性を残していたのだろう。
そう考えたら[呪われた永遠のエレジー]のサクヤ攻略ルートで俺がカットシーンでぶっ放した極大魔法で白の魔女とレクティータ城もろとも吹き飛ばしたのが悔やまれる。
魔界門だけでなく、生きていたはずの聖女たちの命を摘んでしまっていたということだから。
何だかとても強い罪悪感に苛まれる。
「どうしてボクに見せてくれたんですか?」
「サクヤ殿下になら良いと思ったんだ。キミならここで見たことを忘れないでいてくれて、わたくしたちを救ってくれるんじゃないかって、そう思えたんだ。わたくしの勝手な気持ちで申し訳ないけれど」
見方によっては体良く押し付けているようにしか思えない。
でも、俺には俺(朔哉)の記憶がある。
何れこの封印を壊す力を身につける最後の攻略対象。[呪われた永遠のエレジー]では最強のアタッカー。
だけど、このまま強力な魔法を使えるようになったとして、それで吹き飛ばすなんてことは出来ない──いや、できなくなった。
「お師匠様のためになるのなら、ボク、頑張ってみます」
純朴な少年の俺である。
憧憬を彼女に抱く子どもを利用したとしても、俺はお師匠様が幸せになれるならそれが良い。
答えは最初から一つしか無い。
「ありがとう。サクヤ殿下がわたくしたちを救っていただけるのなら、わたくしはサクヤ殿下に忠誠を誓い、この身の全てを捧げましょう」
お師匠様はそう言うと身を屈め片膝をついて俺の右手を取ると手の甲にキスを落とした。
急な行動に俺は驚いて身動きが取れず。でも、悪い気はしないのに、居た堪れない。
「そ、そんなそこまでされなくても……。それにボク、まだ六歳の子どもでしかありませんし」
「良いんだ。わたくしがそうしたいと思ったのだから」
優しく見守るような微笑みを俺に向けてくれたお師匠様。
俺は思ったね。
やはり俺はまだ六歳の子どもなのだ。早く大人になりたい──と。
「それはどうも……」
きっと俺の表情には悔しさが滲み出て出ることだろう。
俺(朔哉)は悲しいのだ。俺がまだ子どもでしかないことに。
「わたくしたちのこと、受け入れてくれてありがとう。感謝します」
お師匠様はそう言って俺の頬を撫でて反対側の頬にもキスをした。
冷たい唇なのに、ほのかな甘い香りと微かな温もり。
頭がクラクラするほどだ。
子どもながら、俺の顔はさぞ赤いことだろう。
それからお師匠様は立ち上がって再び俺の手を取った。
「他の部屋も見せたい。わたくしたちを一人一人、見てもらいたいのでね」
この部屋も含めて、お師匠様がここに安置する聖女たちの姿を俺は目に焼き付ける。
ゲームでは殺してしまった彼女たちを、俺はリアルになったこの世界では救い出したい。
何故ならそこにお師匠様の想いが込められているからだ。
そうして地下一階の八部屋ある牢屋の四ヵ所の部屋を見て回った。
最初に見た部屋が最も古い聖女たちで最後に見たのが最近の聖女。
どれも二十三歳の誕生日で時間が止まっているそうだ。そして誰もが非常に美しい。
これが一気に目覚めたらすごいことになりそうだ。
お師匠様はご丁寧に一人一人の名前と出自を説明してくれて、呪いをかけたときのエピソードや眠りについたときの状況まで教えてくれた。
その一つ一つが彼女が背負った重い荷物で、強い責任を感じているように思える。
本当に優しくて聖女のような魔女だ。
「サクヤ殿下は覚える必要はないけれど、わたくしが伝えたかったんだ。彼女たちの人生を奪ったのはわたくしだから」
どう考えても六歳の子どもに言うことじゃないし、一人一人の情報を伝えたからと言ってどうにか出来ようはずもない。
大人になったら覚えてないかもしれないのは分かりきってるだろうし。
「お師匠様……」
「そんな顔しないで。わたくしたちはこうしてサクヤ殿下に知ってもらえたことをとても嬉しく思っているよ」
え、俺、どんな顔してたんだろ。
わからない。けど、お師匠様は俺を抱きしめてくれて機嫌の良い声色で気持ちを伝えてくれた。
お師匠様の甘い香りにまた惑わされる。まあ、お師匠様になら惑わされて溺れるのは悪くない。俺が大人になった暁には。
「そう仰ってもらえると気が楽です」
「ふっふっふ。わたくしも嬉しいの。でも、修行はちゃんとするから覚悟するようにね」
心の中の荷物を少しだけ整理できたのだろう。
お師匠様の表情が少しだけ軽い。
「はい。頑張ります」
「ん。よろしい。では、次に行こう」
重苦しい地下一階から更に下る。
二階分下がったとこに大きな扉が見えた。
「ここはレクティータ城の禁書庫。昔は王族しか立ち入りできなかったけど今はわたくしの血で封印したからわたくし以外では開けられないの」
お師匠様はそう言って扉の取っ手に魔力を流し込む。
すると扉の縁がぼんやりと光って扉が解錠されて二枚扉の片方がゆっくりと奥に動いて開いた。
「すごい……こんなにたくさんの本があるのは見たことがない……」
ピオニア王国の王城にある書庫より何倍も大きい。
これほどまでのものは見たことがない。
俺(朔哉)の記憶でもここまで本が揃っているのは大型書店以外に見たことがないほど。
これはすごい。
「ここの書庫には前史時代から続く書が納められているの。中にはもっと古い書物があるかもしれない。わたくしも時間を潰すのに何度か来て読んだけど全て読みきっていないくらいね」
と、千年以上かけても読みきれない量らしい──というよりお師匠様はそれほど多くの本を読み込まないからだろうけれど、それでも千年という時間を使っても読みきれないというのも納得の量。
「サクヤ殿下にもここに自由に出入りできるようにしましょうか──」
俺の血を使うそうだけど、これなら吝かでない。
とはいえ、自由に出入りできたとしてもファストトラベルを使えない俺にはあまり意味がないかもしれない。
それでも出入りできるようになりたいと興味を唆られた。
「はい! お願いします」
俺は喜んで腕を差し出して血を捧げる──つもりだったけど、お師匠様は俺の指先に触れてヒュッと傷をつけたと思ったら瞬時に傷口が消えてほんの少しの血液だけ抜き取られた。
それからお師匠様は俺の血を触媒にした扉に魔法をかけて、直ぐに完了。
俺でもこの禁書庫への出入りができるようになった。とはいえ、ここに来るのはお師匠様の家に来たときだけだろうけれどね。
「では、ここにはまたそのうちに来れば良い。時間はたっぷりあるからね。他も見て回ろうか」
この壮大なレクティータ城。
隅から隅まで見たわけじゃないのに見て回ったら昼を有に過ぎていた。
謁見の間など要所を巡り、王太子の婚約者として使用していたお師匠様の居室まで見せてもらえた。
部屋の中は真っ白だったから色が着いたらどう見えるのか気になったけど仕方ない。
お師匠様の部屋だからお師匠様の匂いがするのではと思ったけどそうでもなかったのが残念。
「他にも見たいところはある?」
お城を一通り見てからのお師匠様の言葉。
六歳の俺は遠慮しない。六歳だから遠慮しない。
「ボク、お師匠様の家が見たいです」
ここならきっとお師匠様の足跡を覗けるのではと思った。
そうくると思っていなかったのだろう。
お師匠様は一瞬、眉がピクリと動いて戸惑いを見せた。
「い、良いだろう。少し歩くけど良い?」
「もちろん。お師匠様の家が拝めるならボク、いっぱい歩けますから」
俺は満面の笑みをつくって見せる。
「そうまで言ってくれるなら、連れて行くよ」
お師匠様は「さあ」と言って俺に手を差し出させた。
手を繋いで歩く。
まるで親子のように。
こうして手を繋いで歩くのは母上ともそうそう無い。
だからなのか、たとえ繋いだ手が冷たくても俺には温かみが感じられた。
あらためて考えると、俺は淋しかったんだな。
まだ六歳だもんね。もっと母親と一緒に過ごしたい年頃のはずだ。
なのに母上とは一緒に過ごせないし、ほとんど自室でひとり──使用人のマイラがいるけど──話し相手も気にかけてくれる人も身近にいない。
そんな中でお師匠様が俺に寄り添って親身に接してくれるものだから絆されるのは当然か。
で、お師匠様に手を引かれて城門前広場を歩く。
なお、お師匠様のご実家はとても近い。
城門を出て直ぐの屋敷だった。
公爵家の長女って言ってたもんね。
もともと王族に近い家柄なのだから王都の邸宅がそうそう悪い場所にあるはずがないのだ。
この辺りの考えは今も昔も国を違えど同様のものらしい。




