十二話 怖いものは怖い
本日、二巻の発売日になります。
(なんか胡散臭いのに接触されたんだけど……この場合はどうするのが正しいんだろう?)
胡散臭さを醸し出す少年こと松尾篤史に接触された際、シータが最初に抱いた感情は、警戒でも恐怖でもなく、ただひたすらの困惑であった。
そもそもシータが日本に留学している理由は、篤史が想定している通り、人脈作りと日本が行っているダンジョン運営のイロハ――特にギルドの在り方――を学生の立場から見て、学ぶためだ。
これらは両方とも国家ぐるみで行われている計画であるため、潜入捜査を行っているのはシータだけではない。
それこそシータと同じ学生だったり、就労実習生だったり、ビジネスマンだったり、外交官だったりと、多角的な視点で以て情報収集を行っているのが実情だった。
その上で、【ベスティア】がシータのような子供に強く求めたのは、子供であることを利用したギルドの調査……ではなく、人脈作り、つまり若い世代同士で繋がりを作ることであった。
今はただの学生でも、五年後には一廉の探索者になっているかもしれない。
一〇年ないし二〇年後にはギルドやダンジョン省のお偉いさんになっているかもしれない。
そうなったとき、インドネシアに対して融通を利かせてもらうために、シータらは今のうちから種を蒔いているのだ。
ただ、ギルドや日本政府とて馬鹿ではない。
普段は隙だらけな彼らも、一度既得権益が絡めば、非常に狡猾で残忍な存在となる。
そんな残忍で狡猾な彼らは、国外から来る面々の狙いを理解した上で、その動きをコントロールしようとしていた。
具体的には、ダンジョン産物資の販売に制限をかけたり、研究内容を公表する際に情報を絞ったり、将来的に上に行く可能性が高い人物と接触させないよう手配したり、無許可でダンジョンに入った工作員を送迎したりと、表裏問わず様々な手を打っていたのである。
当然、これらの影響はシータら学生にも及んでおり、彼女らは常に自分が監視されているような感覚を味わっていた。
(さすがにそこまで甘くなかったか。こんな状況じゃあ、もう連中が仕向けてきた子供と接触するしかないね)
一応人脈作りには成功しているし、ギルドのやり方も簡単には見せてもらえる。
それをそのまま報告すればいい。
(自分の立場ではこれが限界)
そう諦めていたのも数カ月前のこと。
(え?)
シータは、突如として自分を監視していた”目”が消えたことを感じ取った。
その感覚をありのまま上司に報告してみれば、上司もまた自分を監視している存在が消えたことを自覚していた。
この日から、彼女らは活発に動き始めた。
同年代の少年少女との接触はもちろんのこと、上級生とも積極的に絡んだ。
流石にギルドや省庁のお偉いさんを親に持つような相手とは接触できなかったが、代わりに民間の有力者、それも国内に数えるほどしかないAランククランである鬼神会を擁する霧谷組の息女と接触することができた。
彼女とて自分がそれなりの立場にあることは自覚していたようだが、所詮は学生。
それも『アイドル養成と探索者育成の両立』という、他国の人間が見たら「舐めてんのか!?」と叫ぶこと間違いないふざけたスローガンを掲げている学校の生徒如きが、物心ついた頃から諜報員としての訓練を受けてきたシータの手練手管に抗えるはずもなく。
結局、シータが本気で動いてから一カ月もしないうちに、こうして――護衛という条件付きではあるものの――一緒にダンジョンに潜るほどの仲になっていた。
(ヨシ! このままAランククランの人員と接触して、情報や物資を譲ってもらえるような関係を築こう!)
そう考えていたときに現れたのが、件の少年、松尾篤史である。
その少年は、一言で言えば『変』だった。
見た目は自分と同い年くらいにしか見えないのに、醸し出している雰囲気と胡散臭さはベテランの諜報員と遜色のないモノだったし、身に纏う装備品もおかしかった。
ぱっと見た感じでは少し珍しい和風のローブのようなモノにしか見えないが、よくよく目を凝らせば、それは極めて精緻な技術を有した技術者が、見たこともない希少な素材と膨大な手間をかけて作った逸品だとわかる。
そうとわかれば、腰に佩いている棒のようなモノに対しても違和感を覚えたのも必然と言えよう。
じっくり見れば、ただの木の棒ではないのは明らか。
ただの棒でないのなら、それはダンジョン産のアイテムだ。
(見たことないけどね)
インドネシアのダンジョンにも、木の姿をした魔物はいる。
と言うか、トレントと呼ばれるその魔物は、今ではインドネシアの産業を支える魔物としてその名を知られている。
それだけポピュラーな魔物なので、シータもその枝を加工して造られた木材や、装備品の頑丈さはよく知っていた。
しかし、諜報員となるためにそれなりに知見を広げてきたシータも、自国産の素材から造られた武器から、件の少年が持つ棒のような圧を感じたことはない。
それが意味することは一つ。
その棒は、シータが見たこともない高レベルの魔物が落とした素材から造られた武器ということ。
(市場に出る素材を目を皿にして追っている私たちが見たことも聞いたこともない素材ってことは……少なくとも三五階層よりも下、ですよねぇ)
日本という国は、世界中で需要が高騰しているポーションを始めとして、三一階層以降でしか手に入らない鬼の金棒や、それを溶かして加工した黒鬼刀なる装備などを、民間の探索者に向けて販売している魔境である。
――ちなみに、現在インドネシアに於いて三〇階層以下を探索している探索者は、特殊部隊の精鋭を集めて編成された一部隊六名のみであり、その精鋭部隊の最高到達階層は、三二階層であり、そこで得られたドロップアイテムは精鋭が装備するか研究所送りになるため、市場に出ることはない――
インドネシアの精鋭部隊が日本の建築業者に負けていることに関しては、あえて触れないことにして。
そういった事情から、シータら日本に派遣された面々には、下層由来のアイテムが売りに出されたらできる限り買い占めるよう指示が出ていたりする。
尤も、これに関しては世界中の諜報員に同じ命令が出されているので、下層由来のナニカが市場に現れた時点で手を出さないと他の組織に持っていかれることが確定しているため、シータらは常日頃からダンジョン産の素材については目を光らせていた。
そんなシータが見たことも聞いたこともない素材となれば、それは必然的に市販されていないモノ。
つまり”魔の三五階層”以降でしか得られない素材となる。
これほどの素材を使った武器を持つ相手が、見た目通りの少年なはずがない。
さらなる確信を抱いて観察してみれば、胡散臭さの中に潜む圧倒的な『暴力』の気配に辿り着く。
諜報員としての訓練を受けてきたからこそわかる。
上司なんて比較にもならない。
エリート部隊の隊長ですら届かない。
抗うことなど考えもしない、死の権化。
そんな明確な強者から『お前さん。諜報員だよな? 何をしにきた?』と詰問されたのだ。
(あぁ)
この時点でシータは悟った。
コレが自分たちの敵だ、と。
監視が緩んだのは自分たちを泳がせて狩るためだった、と。
だからダンジョンへの同伴も赦されたのだ、と。
私はここで終わるんだ、と。
結論から言えば、全部勘違いなのだが、このときのシータにはそうとしか思えなかったのだ。
だから、まぁ。
「ふ、ふぇぇぇぇぇ」
彼女が泣いたのは仕方のないことなのである。
いかに諜報員として訓練を受けていても、怖いものは怖いのだからして。
その結果、自分が泣いていることに気付いた先輩が駆けつけてきて件の少年を叱ったり、叱られた少年が途方に暮れたり、少年を叱った先輩に対して護衛の少女が目に見えない圧力をかけて空気が死んだりしたのも仕方のないことなのであった。
閲覧ありがとうございました。
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本日10/16日、拙作の二巻が発売となっております。
書き下ろしや短編などもありますので、興味のある方はお手に取っていただければ幸いです。
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