一〇話 君の名は
短め
「ほな紹介するで。こちら、インドネシアから来た留学生のシータ・ブラストゥさんや」
そう言って紹介されたのは、身長は一五五センチくらい、色白で、背中の中ごろまで伸ばした茶髪と、猫のような大きな目が特徴的な少女であった。
「シ、シータ、デス。コンニチワ」
たどたどしいながらも日本語で挨拶をしてきたことと、西川さんが告げた直後に挨拶をしてきたことから、それなり以上に日本語を理解しているのが見て取れる。
まぁ、日本に留学してくるならその程度のことはできないと生活に支障をきたすからな。
全体的に猫を思わせる感じや、頑張って勉強してきました! という雰囲気が滲み出ており、人によっては庇護欲を煽られるのかもしれない。
霧谷組のお嬢さんが彼女の頼みを断れなかったってのも、その辺に関係があるかもな。
「で、シータはん、彼らが俺らと一緒に君を護ることになった但馬ちゃんと……」
「……松尾です」
「そうそう、松尾クンや。二人の力は俺が保証する。松尾クンに至っては歳も近いし、俺らよりも話は合うやろ。それに彼は、向こうの護衛に就いとるお嬢ちゃんと繋がっとるからな。もし女だけでナニカ話したいこととかあったら、彼から一声かけてもらえばえぇ、な?」
一見こちらの意思を確認しているようで、実際には断ることができない問いかけをしてくる西川さん。
もちろん但馬さんが正式に協力すると決めた以上、部下である俺がどうこう言うつもりはない。
なので、わざわざこんなあからさまなやり方をする必要はないと思うのだが……おそらくだが、彼は俺がどこまで許容するのかの見定めをしているのではなかろうか?
だって、彼と俺の価値観はまるで違うから。
誰だって理解できないものは怖い。
それが自分ではどうにもできないほどの強さを持っているとなれば、さらに怖い。
きっと彼からすれば、俺はどこに起爆スイッチがあるのかわからない自走式の爆弾のように見えているのかもしれない。
爆発すれば終わる。
爆発しなくても、そこにあるだけで気を遣う。
そんな厄介な存在だからこそ、最低でも起爆スイッチの場所と、そのスイッチがどのくらいの強さまでなら耐えられるかを把握しておきたいのだと思われる。
本音では、自分に被害が及ばないほど距離を置き、関わらないようにしたいと思っていることだろう。
しかし、組織を預かる身として、特大の戦力を無視することはできない。
それが護衛対象の傍にいるとなれば尚更だ。
故に彼は探る。
できるだけ自然な形で接しながら、少しでも俺のことを知ろうとする。
なので、もし今ここで俺がなんらかの条件を付けたり、少しでも嫌そうな雰囲気を出したらすぐに妥協案を出す予定だったはず。
西川さんの狙いは理解している、しかしそれに乗ってあげる義理はない。
「……そうですね。ご紹介にあずかりました松尾です。それなりに戦えると自負していますが、見ての通り若輩者ですので、護衛というよりは話し相手として見てくれると助かります」
「そうだな。護衛は俺らがやるから、安心してくれ」
「……だ、そうや。シータちゃんも安心してオハナシしてえぇって」
「ヨ、ヨロシクオネガイ、シマス」
西川さんは、俺と但馬さんの言葉を聞いて一瞬肩透かしを食らったような顔をするも、それをシータさんに悟らせることなく話を進めていく。
この辺の如才なさは『さすがAランククランを率いる人物だ』と賞賛せざるを得ない。
俺にそう褒められたところで、嫌味としか思わないだろうが。
ともかく、彼が腕っぷしだけの人物ではないとわかったことは収穫だった。
彼を巻き込むことができれば、俺の計画は飛躍的に前進する。
それがわかっただけでも、今回の仕事は当たり確定だ。
で、そうとわかれば西川さんを巻き込むための計画を練りたいところなのだが……今はそれ以上に大事なことが有る。
「ア、アノォ」
そう、上目遣いでこちらを見てくる護衛対象のシータさんである。
一見すれば、西川さんと但馬さんが、仕事の段取りを組むため離れていったせいで、どうしていいのかわからなくなり、残された少年に声を掛けた少女のように見える。
というか、そうとしか見えないだろう。
しかし、俺は知っている。
彼女がただの女学生でないことを。
「敢えてシータさん。とお呼びします」
「ハイ?」
向こうから近づいてくれたのは僥倖だった。
第三者に聞かれないくらいの声量で会話できるからな。
「単刀直入に言いましょう。貴女【ベスティア】の方ですよね?」
「……ッ!」
俺がそう告げると、彼女の瞳から頼りない小動物のような可愛げは霧散し、警戒と敵意を滲ませたモノに入れ替わる。
「どうしてそれを……」
驚きのあまり演技を忘れたのか、たどたどしさを消して流暢な日本語を披露するシータさん。
さっきの視線だけでも十分だったが、これで人間違いではなかったことが確定した。
そう、インドネシアから来た留学生ことシータ・ブラストゥ。
彼女は(書類上)インドネシア大使の娘にして、アイドル志望の留学生であると同時に、インドネシア政府が抱える諜報部隊【ベスティア】に所属する諜報員である。
彼女は自分のことを知っている人間がいることに驚いているようだが、正直に言えば俺も驚いている。
彼女がこの時代から日本で活動していたことは知っていたが、アイドルの養成学校に通っていたことまでは知らなかったし、なによりこうして接触できるとは思っていなかったからな。
ただ、驚いてばかりもいられない。
せっかく各方面から手垢が付く前に接触できたのだ。
有効活用しなければ無粋というもの。
「少し、オハナシしましょうか。もちろん二人で、ね?」
「……わかり、ました」
おや? なるだけ朗らかに話しかけたはずなのに、何故か警戒を強めたような?
まぁ、舐められるよりはいいか。
元より対等な立場であるわけでもないし、なにより、俺と繋ぎをつけることは彼女にとっても悪い話ではないのだから。
閲覧ありがとうございました。
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